第三部署特戦課機捜隊レディＭ――最強戦士、ここに降臨――

第１話 恐れられた頭文字、再び（６）

　　　　　　２　戦士たち

　警察署内部には、地下深くに設けられことで外部との接点を遮断した部屋があった。所謂どこにも所属しない内密の機関と言える組織が存在していたのだ。
　そしてその場には、既に三人の人影がテーブルを囲んで待機していた。
「何！　死んだ」
「ああ、あの後研究所に着いて間もなくな。だが心配するな、お前のせいではない」とレディの驚きに工藤が答えていた。
「何故です？」続いておクウの問いかけが聞こえた。
――その面々とは、作戦会議を行っているレディたちであった――
「研究員の話では急激な細胞変異で臓器が耐えられなかったらしい。まあ一種のショック死だ」とすぐに工藤の返答を耳にする。続いて彼は、その場に用意していたスライド映写機を点け、投影画像をスクリーンに映し出した。
　そうしたところ、目の前にあの化け物とよく似た米兵の屍の画が現れた。工藤はそれらを見せながら改めて説明し始める。
「これは米軍の一等兵だそうだ。どう見ても同じ症状だからな、同様の薬物が使われたと見て間違いないだろう」
「薬物？」
「ああ、これも米軍から得た資料なんだが、ある機密施設で新薬『ＨＹ９』と、呼ばれるウィルスを使ったヒトゲノム改造兵器が試験投与されていたらしい。何でも、レトロウィルスは生物の細胞に浸透し遺伝子の一部と結合する機能があり、それに改良を加えたためこの新薬は迅速に生物を強靭な肉体へと進化させる物になったということだ。けどな、幸いにもこのウィルスは特異の性質を持っていて、最初に薬で感染した宿主から別の人間に伝染することはないそうだ。つまり感染力が極端に弱く、二次感染がほぼないと言うんだ。例え宿主の血を浴びても平気だとさ」と工藤はメモを読みつつ、次のスライド画に映る、円筒形のガラス容器に緑色の液体が入った写真を見せた。それから彼なりの解釈を踏まえて「要するに、アメさんは最強の超人部隊を生み出すつもりだったんだ。しかし、進化なんてのは何万年もかけて起こる代物だろ。それを数分か、または数日か知らんが、短時間で起こそうなんて、体が拒否反応を起こすのも無理ないわな。結局、死人が出た以上米軍はこのプロジェクトを続けられず、後はお決まり通り闇に伏せたみたいだ」と言って話を端的に締めくくった。
　ここで、さらなるおクウの質問が飛ぶ。
「でも、何で日本に同類の化け物が現れたのですか？」と。
　すると工藤は、「その化け物だが、そいつのズボンのポケットからこれが出て来た」と言って、カードを取り出し彼女たちに手渡した。
「学生証か」それはごく普通の青年が写っている顔写真の入った学生証だった。レディはそれを見て、「白菊学園、二年Ｂ組、立石正樹、この男があの化け物。……だが、どうして一般の学生が薬を打った？　それとも打たれたのか？」と呟くように声を漏らす。
　その後、スライド画像の方は次々と変わり、中年男が車に乗り込むシーンを捉えた写真――周りをＳＰらしき男たちに囲まれたもの――や、車内での面相を映した画が表示され始める。
　どうやらある程度、目星を付けているのだろう。それに合わせて工藤が、核心を突いているかのごとく話を続けた。
「この男の名は北条靖忠ほうじょうやすただ、元防衛省大臣だ」
「へえ、元防衛省大臣のおじ様ですか」
「まだ、断定はできないが……。つまり、防衛省ならこの薬のことも知っていて、入手も可能ではないのか。しかも奇妙な接点も見えてきた。北条は白菊学園の理事長だ」
「なるほど、こいつが黒幕か」
「しかし、証拠がある訳でもない。立石の死にも因果関係を立証するには無理があるしな。それに奴はかなりの権力者だ。知っての通り俺たち、機捜隊は影の組織として結成され、この世に存在しないことになっている。だから何をしようと上からの圧力もない。強みと言えば強みなんだが、その代わり他の警官からの協力は皆無だ。警察が動けるのは確実な証拠があってのことだしな。それまでは、俺たち単独で捜査するしかしょうがねえ。そこで今回の任務だが……Ｍ、お前は白菊学園で何が起こっているのか、内部に潜入し裏を取ってくれないか」
　ところがレディは、その声を聞いた途端、沈黙したまま下を向く。彼女には解決すべき事柄があったため、当然迷いが出たという訳だ。そもそも今でさえ調査の進展が一向に進んでいないのに、またも新たな難事件に駆り出されてはさらに時間を取られてしまうことになる。どうしても躊躇ちゅうちょせずにはいられなかった。……とはいえ、彼女に選択の余地がないことも知っていた。何故なら自分の目的を貫徹するためには、常に身を戦いの場へ置いておく必要があると予感していたからだ。
　彼女は葛藤の末に、止む無く決意を固める。顔を上げて真正面を見据えた。
　次に工藤は、おクウに向かって言った。
「お前は北条が何を企んでいるか調べてほしい」と。
　片やおクウの方は、「分かりましたわ。工藤デカさん」とまるで遊戯事であるかのように楽しげな表情で答えた。
　そして、ちょうどその会話が終わった後、突如横の壁が左右に動き出し、地下施設の全貌が明らかになった。
　即ち、この場所こそが彼女たち第三部署機捜隊の本部なのである。建物の通路に沿って各室には科学課、機械工学課、通信技術課、等々の少数精鋭で組織された、戦闘員をバックアップする体制が整えられていたのだ。
　次いでそんなうしろ盾を得ている戦士たちは、迷わず奥の射撃練習場になっているホールへと進んだ。
　奥へ入るに連れて、ボウガンを一心に撃つ娘が見えた。すぐにその娘は、馴染みの顔で振り向き、「久しぶりね。……Ｍ」と声をかけてきた。
　その言葉に、「お前もまだいたのか？　セブン」レディは素っ気無く答える。彼女も機捜隊の仲間の一人だ。名前は羽倉七恵はくらななえ、通称〈セブン〉、ボウガンの名手であった。
「…………」セブンはレディの言葉を耳にしても黙っている。ひたすらじっと見つめるだけの無口な性格だった。
「さて、これで全員揃そろったな」工藤は練習場の端にあるテーブルに向かって歩きながら、「お前たちに新しいオモチャを用意しておいたぞ」と言った。続いて机の前で立ち止まり、その上にかけられた覆いを取り払う。
　するとそこには青と赤の印がついた円盤状の金属、直径十センチメートルぐらいの物体が数個とそれらを収納すると思えしホルダーベルトが置いてある。
　工藤は青の円盤一機を手に取り、ポンとＭに投げ渡して、
「新しいシューターだ。改良を加え二十パーセント破壊力を強めた。まあ、お前の腕力なら三十メートル先の相手でも骨を砕けるだろうよ」と言った。
　けれどレディの方は、「違うな、五十メートルだ」と即座に反論した。
　それには、「ふふ……そうかい。相も変わらずＭさん、強気だねえ。だが分かっているだろうが、相手の急所だけは狙うなよ。それと赤い印の円盤は、いざという時のために火薬入りのシューターも用意した。相当な破壊力だから扱いは注意してくれ」と工藤は皮肉混じりに返した。
　このシューターとはレディの武器、超硬合金の飛び道具だ。一度ひとたび放たれたら敵のダメージは計り知れない。悪人にとっては恐怖の円舞を踊る羽目にもなりかねない代物だ。
　さらに工藤はもう一つの覆いも取り、今度はおクウに向かって言った。
「おクウ、お前にも新型だ」その場には超合金仕様のヘッドバットサポート。
　それを見た彼女は、「やったわ、おニュウのティアラ、うれしいー！」と大いに騒いでいる。
　対照的な二人の反応。……一方、もう一人の戦士、セブンは？　と見れば、彼女はただ沈黙を通しレディたちの様子をじっと見守っているだけ。まるで天使のように。
　そうした中、レディは、ふとある物に目が留まった。彼女にとっては見逃せない存在とでも言おうか、遠目に置かれた――排気量千二百ｃｃはあるかもしれない――クールな大型バイクだ。
　そのため、「あれは何だ？」と彼女が口にしたところ、何故か突然エンジンがかかり、誰も乗っていないのにそのバイクがゆっくりと近づいて来た。
　驚くレディたち。
　しかしそれを尻目に、「ようこそ、お嬢さん方。我が機械工学課が開発した自動運転システム搭載車のお出迎えだ」と言って、工藤は腕時計型のコントローラをレディに渡した。
　これで装備は整った……
　遂に戦いの幕が、切って落とされようとしていた！