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第四部:貴族になること
聖女の祭り
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「人が多くないか?」
「多いですね」
門から入ると、広場っぽいところが人でごった返していた。混み具合は王都の門の近くよりもひどいかもしれない。
何か騒ぎでもあったのかと思って周りを見たら、そこかしこに垂れ幕や横断幕のようなものが見えた。
「んんっ? 『聖女エミリア輿入れ記念祭開催中』って、お前の祭りか?」
「こんなの想像していなかったですよ⁉」
エミリアが周りを見て焦り始めた。でもすでに俺たちは町の中だった。どこを見てもエミリアの結婚を祝う祭り一色。そんなところにこの馬車はいる。
町の中では馬車は人が歩くよりも遅い。しかも人が多いからいつも以上にノロノロ運転になる。いくら歩行者が邪魔でも踏んで進むわけにはいかない。そうすると人に囲まれることになる。
俺たちの乗っている馬車にはラヴァル公爵家の紋章が貼り付けられている。すでにだいぶ前に途絶えていた家だから、少し前までは見たことがある人はほとんどいなかっただろう。
ところが俺がラヴァル公爵になり、俺の顔写真と一緒に紋章もデカデカと日報紙に載った。つまり王都や近くの町で暮らす人たちが最近一番よく見たデザインなわけだ。
電話やネットがあるわけじゃない。情報伝達はそんなに速くない。でも勇者の話で王都は盛り上がり、その日報紙はこのボンにも運ばれてるとなれば、どれだけがうちの紋章に気づくか。そう、あっという間に気づかれた。
大人が振り向く。子供が指を差す。もし身柄を確保されてパトカーに乗せられたら、こんな感じで報道陣に囲まれるんだろう。もしくは不倫が発覚した芸能人とかな。善悪は全く逆だけど、注目のされ方としてはそんな感じだ。
さすがに馬車に寄って掴まろうとするヤツは誰もいないけど、遠巻きにかなり見られている。近づいたら失礼という考えでもあるんだろう。次第に周りにいた人たちが馬車から離れた。その代わりに旗が振られる。「おめでとうございます」という声が聞こえる。
前をエドとカンタンが歩いて歩行者を下がらせてるから少しずつ進んでるけど、ホントに少しずつだ。馬車に向かって頭を下げる者もいれば拝む者もいる。拝んでも何も出ないからな。
しばらくすると率先して交通整理をする者が現れて、少し進みやすくなった。でも相変わらずノロノロ運転で、歩いた方が早いだろう。
「エミリア、みんながお前を祝ってくれてるぞ。ほら、こうやって手を振ってみろ」
「さすがに恥ずかしいですよ!」
交通整理の影響か、進む先にいる歩行者が左右に分かれて人垣に変わった。その真ん中を馬車が進む。後ろを見ると旗を振りながら住民たちが馬車の後ろを行進していた。
「今回だけだろうけど、なかなか盛大な歓迎だ。でも訪問の予定は伝えてなかったんだよな?」
「はい。帰れるなら近いうちに一度帰るとは手紙に書きましたが、それだけです」
町に入ってから一時間くらい経ったか、無事にエミリアの実家に到着した。家というか店舗兼住宅だ。エミリアの実家はクレマン商会という商会を経営していた。
「ボンの町では中の下から中の中くらいだと昔は言っていました」
「何事も堅実が一番だ」
俺が言うべきことじゃないけどな。
「調子に乗って大失敗しそうな両親ではありませんので、そこは安心しています」
エミリアは店の前で待っていた両親を見ながらそう言った。
◆◆◆
「公爵様、娘をよろしくお願いします」
「礼儀だけは身に付けるようにと教え込みましたが、失礼なことはしておりませんでしょうか?」
「いやいや、エミリアには召喚の直後から大変世話になっている」
応接室に通され、エミリアのご両親とゆっくりと話をすることになった。父親のジョスさんと母親のアンナさんは普通の人という印象だ。こんな両親がいるなら子供が真っ直ぐ育つだろう。一目でそれが分かるようなご両親だった。
「こちらこそ急にこういうことに決めてしまって申し訳ない。本来なら話は通しておくべきだったろう。だが召喚が終わってエミリアが教会に戻れば、次にいつ会えるかどうかも分からなかったので少し我儘を言わせてもらった」
「いえいえ、エミリアが幸せならそれが一番です。どうしても王都でも女の働ける場所は多くはありません。あの時に教会に入らなければ、この店で下働きを続けるくらいしかなかったでしょう」
下働きなあ……。商家なら何人も人を雇って儲かってそうだけど、そうでもないのか?
「ところで、ジョスさんがクレマン商会の会長を?」
「いえ、会長はすでに息子のドニに継がせております。私は後見を兼ねた幹部の一人というところです。今日はキューまで用事で出かけていますが、普段は交代で店におります」
なるほど。会長じゃないのなら何かと頼みやすいか。いずれ商会を作らなければいけないからな。アドバイスをお願いすることもあるだろう。
「今後相談に乗ってもらえれば嬉しいんだが」
「我々でよろしければ」
よし。これで伝手が増えた。手駒扱いじゃないぞ。あくまで相談相手だ。持参金を受け取るつもりもない。
「ところでお母さん、この祭りは何なのですか?」
「これ?」
アンナさんはそう言いながら、壁に貼られた『聖女エミリア輿入れ記念祭』という横断幕と、その下にデカデカと飾ってある俺とエミリアの写真というかポスターを指した。手を繋いでるから、修道院を出るときのだな。日報紙で写真は見たけど、これは引き延ばされてるな。
「他に何があるのですか?」
「言葉通りよ。召喚の聖女に選ばれたことだけでもおめでたいのに、勇者様に見初められて輿入れ。これ以上めでたいことがありますか?」
「王都ではこんなことはなかったのですが」
そう言われればそうだな。日報紙で俺がエミリアをいずれ娶ることが発表されたけど、それについて何か盛り上がった感じはしなかった。出身地ならではの盛り上がりかもしれないな。
「そこは出身地だからでしょう。商人ギルドが頑張って盛り上げてくれるから、私たちは何もしてませんけどね」
「ちょっとやりすぎではありませんか?」
「それくらいこの町が期待しているってことよ」
アンナさんに言わせると、このボンの町は王都のすぐ側という以外には特徴がない。だから経済的にはそれなりに潤っているものの、成長という点ではほぼ横ばいだそうだ。
アンナさんの言いたいことはよく分かる。横ばいなら今はいい。でもそれは成長の見込みがないということだ。多少は上がるかもしれないけど、王都の景気が悪くなり始めたら一気だろう。
社会経済活動だろうが店の売り上げだろうが、維持するだけなら何とかなる。でも上げようとすれば並大抵の努力じゃ不可能だ。そこを無理して上げようとすると、いわゆるグレーゾーンを飛び出して完全に黒い方に突っ込むしかなくなる。その先はガサ入れ、摘発、逮捕となる。無茶やってなくなった店はいっぱいある。ほとんどの場合は店名と経営者を変えてすぐに復活するけどな。
「エミリア、ここは二人で神輿に担がれよう。とりあえず今だけだ。結婚式が終われば普段通りになる」
「本当ですか?」
「本当よ、記念碑くらい建つかもしれないけど。あの写真のポーズで」
あれが記念碑になるのか。そんなに悪い構図じゃないな。
◆◆◆
「今さらだけど日帰りでよかったのか?」
「はい。あれ以上いると両親も大変なことになりそうで。」
「たしかに列ができてたからな」
あれからしばらくして、俺たちがいることを聞きつけた町の有力者たちが次から次へと押し寄せてきた。もちろん吶喊するようなバカはいなくて、礼儀正しく俺の前で頭を下げていたけど、あのままだといつまで握手をしなければならないのか分からなかった。パーティーの記事が原因だろうな。俺の手を取ることがステータスなんだそうだ。
そんな時にエミリアが「シュウジ様、そろそろ王都に戻る時間です」と言ってくれたので、握手会はそこでお開きになった。機転が利く妻がいてくれてよかった。
「最後は助けられた。帰ったら礼をしよう。何でもいいぞ」
「本当に何でもですか?」
「ああ、俺にできることならな。空を飛べと言われてもそれは無理だ」
そういえば【飛翔】だったかな、一応空を飛ぶ魔法はある。でも魔力が切れたら落ちるから、せいぜいちょっと浮かぶくらいにしか使わないだろう。
「そんなことは言いません。帰ってから考えます」
「ああ、思いついたら言ってくれ」
俺たちを乗せた馬車は、行きに三時間、エミリアの家に入るのに一時間、中で一時間、町を出るのに一時間、そして帰りに三時間、合計九時間かけてボンまで行って戻ってきた。俺とエミリアだけなら変装して入れると思うんだけど、ダヴィドはそれを止めそうだからな。さて、次はどうするか。
「多いですね」
門から入ると、広場っぽいところが人でごった返していた。混み具合は王都の門の近くよりもひどいかもしれない。
何か騒ぎでもあったのかと思って周りを見たら、そこかしこに垂れ幕や横断幕のようなものが見えた。
「んんっ? 『聖女エミリア輿入れ記念祭開催中』って、お前の祭りか?」
「こんなの想像していなかったですよ⁉」
エミリアが周りを見て焦り始めた。でもすでに俺たちは町の中だった。どこを見てもエミリアの結婚を祝う祭り一色。そんなところにこの馬車はいる。
町の中では馬車は人が歩くよりも遅い。しかも人が多いからいつも以上にノロノロ運転になる。いくら歩行者が邪魔でも踏んで進むわけにはいかない。そうすると人に囲まれることになる。
俺たちの乗っている馬車にはラヴァル公爵家の紋章が貼り付けられている。すでにだいぶ前に途絶えていた家だから、少し前までは見たことがある人はほとんどいなかっただろう。
ところが俺がラヴァル公爵になり、俺の顔写真と一緒に紋章もデカデカと日報紙に載った。つまり王都や近くの町で暮らす人たちが最近一番よく見たデザインなわけだ。
電話やネットがあるわけじゃない。情報伝達はそんなに速くない。でも勇者の話で王都は盛り上がり、その日報紙はこのボンにも運ばれてるとなれば、どれだけがうちの紋章に気づくか。そう、あっという間に気づかれた。
大人が振り向く。子供が指を差す。もし身柄を確保されてパトカーに乗せられたら、こんな感じで報道陣に囲まれるんだろう。もしくは不倫が発覚した芸能人とかな。善悪は全く逆だけど、注目のされ方としてはそんな感じだ。
さすがに馬車に寄って掴まろうとするヤツは誰もいないけど、遠巻きにかなり見られている。近づいたら失礼という考えでもあるんだろう。次第に周りにいた人たちが馬車から離れた。その代わりに旗が振られる。「おめでとうございます」という声が聞こえる。
前をエドとカンタンが歩いて歩行者を下がらせてるから少しずつ進んでるけど、ホントに少しずつだ。馬車に向かって頭を下げる者もいれば拝む者もいる。拝んでも何も出ないからな。
しばらくすると率先して交通整理をする者が現れて、少し進みやすくなった。でも相変わらずノロノロ運転で、歩いた方が早いだろう。
「エミリア、みんながお前を祝ってくれてるぞ。ほら、こうやって手を振ってみろ」
「さすがに恥ずかしいですよ!」
交通整理の影響か、進む先にいる歩行者が左右に分かれて人垣に変わった。その真ん中を馬車が進む。後ろを見ると旗を振りながら住民たちが馬車の後ろを行進していた。
「今回だけだろうけど、なかなか盛大な歓迎だ。でも訪問の予定は伝えてなかったんだよな?」
「はい。帰れるなら近いうちに一度帰るとは手紙に書きましたが、それだけです」
町に入ってから一時間くらい経ったか、無事にエミリアの実家に到着した。家というか店舗兼住宅だ。エミリアの実家はクレマン商会という商会を経営していた。
「ボンの町では中の下から中の中くらいだと昔は言っていました」
「何事も堅実が一番だ」
俺が言うべきことじゃないけどな。
「調子に乗って大失敗しそうな両親ではありませんので、そこは安心しています」
エミリアは店の前で待っていた両親を見ながらそう言った。
◆◆◆
「公爵様、娘をよろしくお願いします」
「礼儀だけは身に付けるようにと教え込みましたが、失礼なことはしておりませんでしょうか?」
「いやいや、エミリアには召喚の直後から大変世話になっている」
応接室に通され、エミリアのご両親とゆっくりと話をすることになった。父親のジョスさんと母親のアンナさんは普通の人という印象だ。こんな両親がいるなら子供が真っ直ぐ育つだろう。一目でそれが分かるようなご両親だった。
「こちらこそ急にこういうことに決めてしまって申し訳ない。本来なら話は通しておくべきだったろう。だが召喚が終わってエミリアが教会に戻れば、次にいつ会えるかどうかも分からなかったので少し我儘を言わせてもらった」
「いえいえ、エミリアが幸せならそれが一番です。どうしても王都でも女の働ける場所は多くはありません。あの時に教会に入らなければ、この店で下働きを続けるくらいしかなかったでしょう」
下働きなあ……。商家なら何人も人を雇って儲かってそうだけど、そうでもないのか?
「ところで、ジョスさんがクレマン商会の会長を?」
「いえ、会長はすでに息子のドニに継がせております。私は後見を兼ねた幹部の一人というところです。今日はキューまで用事で出かけていますが、普段は交代で店におります」
なるほど。会長じゃないのなら何かと頼みやすいか。いずれ商会を作らなければいけないからな。アドバイスをお願いすることもあるだろう。
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「我々でよろしければ」
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「ところでお母さん、この祭りは何なのですか?」
「これ?」
アンナさんはそう言いながら、壁に貼られた『聖女エミリア輿入れ記念祭』という横断幕と、その下にデカデカと飾ってある俺とエミリアの写真というかポスターを指した。手を繋いでるから、修道院を出るときのだな。日報紙で写真は見たけど、これは引き延ばされてるな。
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「そこは出身地だからでしょう。商人ギルドが頑張って盛り上げてくれるから、私たちは何もしてませんけどね」
「ちょっとやりすぎではありませんか?」
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アンナさんに言わせると、このボンの町は王都のすぐ側という以外には特徴がない。だから経済的にはそれなりに潤っているものの、成長という点ではほぼ横ばいだそうだ。
アンナさんの言いたいことはよく分かる。横ばいなら今はいい。でもそれは成長の見込みがないということだ。多少は上がるかもしれないけど、王都の景気が悪くなり始めたら一気だろう。
社会経済活動だろうが店の売り上げだろうが、維持するだけなら何とかなる。でも上げようとすれば並大抵の努力じゃ不可能だ。そこを無理して上げようとすると、いわゆるグレーゾーンを飛び出して完全に黒い方に突っ込むしかなくなる。その先はガサ入れ、摘発、逮捕となる。無茶やってなくなった店はいっぱいある。ほとんどの場合は店名と経営者を変えてすぐに復活するけどな。
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「本当ですか?」
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あれが記念碑になるのか。そんなに悪い構図じゃないな。
◆◆◆
「今さらだけど日帰りでよかったのか?」
「はい。あれ以上いると両親も大変なことになりそうで。」
「たしかに列ができてたからな」
あれからしばらくして、俺たちがいることを聞きつけた町の有力者たちが次から次へと押し寄せてきた。もちろん吶喊するようなバカはいなくて、礼儀正しく俺の前で頭を下げていたけど、あのままだといつまで握手をしなければならないのか分からなかった。パーティーの記事が原因だろうな。俺の手を取ることがステータスなんだそうだ。
そんな時にエミリアが「シュウジ様、そろそろ王都に戻る時間です」と言ってくれたので、握手会はそこでお開きになった。機転が利く妻がいてくれてよかった。
「最後は助けられた。帰ったら礼をしよう。何でもいいぞ」
「本当に何でもですか?」
「ああ、俺にできることならな。空を飛べと言われてもそれは無理だ」
そういえば【飛翔】だったかな、一応空を飛ぶ魔法はある。でも魔力が切れたら落ちるから、せいぜいちょっと浮かぶくらいにしか使わないだろう。
「そんなことは言いません。帰ってから考えます」
「ああ、思いついたら言ってくれ」
俺たちを乗せた馬車は、行きに三時間、エミリアの家に入るのに一時間、中で一時間、町を出るのに一時間、そして帰りに三時間、合計九時間かけてボンまで行って戻ってきた。俺とエミリアだけなら変装して入れると思うんだけど、ダヴィドはそれを止めそうだからな。さて、次はどうするか。
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