元ロクデナシで今勇者

椎井瑛弥

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第三部:勇者デビュー

勇者の握手会

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 次は俺の方から貴族たちのところを順番に回る。終わるまで最低でも二時間はかかるだろう。貴族たちはそれぞれ妻や息子や娘も連れてきている。およそ五年ごとに行われる召喚の儀式が今回は成功したということで、大盤振る舞いとなっているそうだ。まあこれも今回だけのはずだし、仕事の一部だと考えることにしよう。

 手前の方が上級貴族、後ろ方が下級貴族になっている。公爵と侯爵と伯爵が上級貴族、子爵と男爵が下級貴族だそうだ。俺の席はアドニス王の隣で一番いい場所だけど、おそらくここでゆっくりと食事はできない。挨拶回りで終わりそうだ。
 まずはアドニス王を除く王族に順に挨拶をする。王妃が五人、王子が二人に王女が三人座っていた。次は貴族たち。前の方から挨拶だな。テーブルの数としては上級貴族は……二割くらいか。俺が声をかけようとすると、目の前の男が椅子から立ち上がって両膝をついた。公爵同士でも対等じゃないのか。俺は片膝をつく。
「今日からシュウジ・コワレ・ラヴァル公爵としてこの国でお世話になることになった」
「私はピエール・アラン・モラクス公爵と申します」
 モラクス公爵? どっかで聞いたな。ああ、勇者の末裔の人か。俺と同世代くらいだな。
「先代の勇者の末裔という人か」
「おお、ご存じでしたか」
「勇者の先輩だからな」
 勇者としての苦労もあっただろう。
「落ち着いたらゆっくり先輩の話を聞かせてもらいたいものだ」
「ぜひ当家にお立ち寄りください。私はほとんど王都の方におりますので」
「それは楽しみだ。ぜひ」
 彼の手を取って立たせる。この流れはアドニス王にやったのと同じことだ。これでいくか。ただこれを全部やると相当な時間になりそうだ。
 今後どれだけの付き合いがあるかは分からないけど、名前を覚える必要はあるだろう。テーブルには札が立ててあるので名前は分かる。でもあまりにも多すぎる。そこでステータスを【鑑定】でチェックしつつ、必要な情報を【メモ】に【撮影】で撮った顔写真と一緒に記録していく。俺は【無詠唱】を持っているから、こっそりと調べることが可能だ。
 逆に俺のステータスを調べようとするやつもいるだろう。でもかなりの部分を隠してるから、見ても面白いことはないはずだ。少しだけ【偽装】を使って小ネタを仕込んだ。
 公爵と侯爵に挨拶をしてもまだまだ序の口。人数的にはこれからが本番だと思ったところで、ピトル伯爵という人がいた。彼がエミリアの言っていた賢者本人だ。
「おお、ラヴァル公爵。ピトル伯爵のケント・タサンです。お互いによく似た立場のようで、同情すべきかどうか悩むところですが、いかがですか?」
「まだ昨日来たばかりだが、問題なくやれそうだ。心遣いに感謝する」
「それならよかった。私は工房を持っていまして、そこで魔道具の製造と販売をしています。何かお困りのことがあれば屋敷をお訪ねください」
「それはぜひ。魔道具には興味があるので、近いうちにお邪魔させてもらおう」
 これはお世辞ではなく本心からだ。おそらく俺にも魔道具が作れると思うけど、ノウハウは知らない。ミレーヌに聞けば教えてくれるかもしれないけど、この世界で頑張っている先輩に聞いてみようと思う。
 そして少し飽きてきた頃、伯爵の一番後ろにいる、ある一家が目に留まった。
「初めまして、ラヴァル公爵だ。名前を聞いてもいいか?」
「お初にお目にかかります。私はアズナヴール伯爵のブノワ・ジラルデ、こちらは妻のコンスタンスと娘のリュシエンヌでございます」
 なぜこの一家が目に留まったかと言うと、娘のリュシエンヌがこっちをガン見していたからだ。ガン見だ、ガン見。目を文字通りまん丸にしていた。
 じっと見られることはあった。でも目が合うと恥ずかしがって目を背けることが多かった。イケメン度が高いからな。こんなにガン見されたことはない。これは俺のステータスを見たな。
 小柄だからエミリアよりは年下だろう。下だな。ガン見を除けば、見た目は大和撫子のお嬢様と言ってもいい。もっとも大和撫子なんて見たことはないけどな。あんなのは空想の産物だ。
 ただあまりにもこっちを見ていると何かあったのかと思ってしまう。声をかけてみるか。
「何かあったのかな?」
「え? いえ、申し訳ございません。初めてお会いする勇者様ということで、ついじっと見つめてしまいました」
 言葉も非常に丁寧だな。この場で俺相手ではそうなるのは仕方ないかもしれないけど。
「うむ、美しい女性に見つめられるのは嫌いではないが、ワインでも零してしまったのかと思ってしまった」
 そう言って胸元を拭うジェスチャーをする。
「ふふっ」
「これも何かの縁だ。困ったことがあればいつでも頼ってくれ」
「ありがとうございます」
「アズナヴール伯爵、機会があればまたゆっくり話でも」
「ありがとうございます」

 上級貴族が終わってもまだ先は長い。喋りすぎて喉が疲れたので給仕に俺のワインを用意してもらって喉を潤す。なかなかに美味い。空きっ腹にワインを流し込めば酔いが回りそうだけど、胃があまり熱くなる感じがしない。アルコールが【毒耐性】で弱まっているのか。酔いたい時はオフにすればいいか。いざとなれば【解毒】もあるからな。
「神の下には人は平等とおっしゃいましたが、このような話になっているとは思いませんでした」
「やはり爵位や身分というものは、場合によっては害になりますな」
 声をかけた貴族からは、エミリアのことでこのような声がかけられることもある。この国の貴族は比較的穏やかなようだ。もちろん俺のことが気に入らないやつもいるに決まってるけど、表面的には「勇者なんて大したことないな。俺がその鼻っ柱をへし折ってやるよ」みたいなバカはいなさそうだ。国王が頭を下げるくらいだから、表面的には下手したてに出るくらいはするだろう。
 あまり貴族たちを疑ってかかっても仕方がないので愛想よく話をしていく。人数が多いので一人一人に時間はかけられないけど、テーブルを順番に回る。集まってくれたことに感謝の言葉を述べつつ当主にはワインをぎ、順番に握手をしていく。
 話をしたのは当主がほとんどだからマシだったけど、何だかんだで三時間以上かかったか。俺と少し話をするためだけに待っていてくれたとすると、まあ勇者というのはとんでもない立場だな。途中で帰ってくれてもよかったのにとはさすがに口に出せなかった。
 とりあえず貴族たちは俺に向かって両膝をつく。俺は俺で彼らに向かって片膝をついて手を握る。そんなやり取りを何百回とやった。
 ……膝が痛え。
 いや、年のせいじゃないぞ。床が硬いんだよ。テーブルの周囲だけはカーペットがあるけど、その下は石だからな。場合によっては石の上に膝をついた。他のやつらは一回でいいけど、俺は一人ずつやったから。途中で右と左を替えたりしたけど、そのうち両方とも痛くなった。痛くなれば【治療】や【鎮痛】を使えばいいんだけど、どっちも患部に手を近づける必要がある。手を取ったりワインをいだり、手は前に出すからなかなか膝に触れなかった。それでも何回かは使えたけど、何百回も石の床に膝をつくとさすがにな。
 でもとりあえずこのテーブルで終わりか。一度前に戻って、それからアドニス王に一声かけて終わりだな。あー、膝と喉が痛い。充実感はあったけどな。
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