元ロクデナシで今勇者

椎井瑛弥

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第十六部:領主になること

人と魔物の境界

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「マスターのご飯はいつ食べても美味しいです」
 クレマンティーヌの言葉を聞いてメイドの何人かが彼女を見た。
「クレマンティーヌさんは旦那様の料理をいただいているのですか?」
「ダンジョンの中ではいつもマスターが用意してくれますよ」
「「「⁉⁉」」」
 メイドたちが驚いた顔で俺を見た。一斉にグルッと首が回ったからちょっと怖かったぞ。何かのホラー映画かと思った。
 俺が屋敷で料理を作ることは少ない。この屋敷の披露パーティーの時はかなり頑張って作ったけど、それ以降はオーブリーとジスランに見せるために作ることがほとんどだ。そこで作ったものはその場で試食をして、残りは何かの時用にストレージに入れておく。そういうのをダンジョンで食べていた。
 でも味に関して正直に言うと、俺の作るものよりもオーブリーやジスランの作るものの方が美味い。そりゃそうだ。二人は専門家だからな。しかも王宮勤めだった。それから考えれば貴族の屋敷は一段二段落ちる。ただ目新しさという点ではうちの方が上だろう。
 良くも悪くも王宮は保守的だ。王族に出す料理、貴族向けのパーティーで出す料理、どれもこれも美味いのは間違いないけどパターンが同じだからな。どうしても飽きやすくなる。食べる方だけじゃなくて作る方も。だからたまには他の国の料理など、普段は出ないものも出すことがあるそうだけど、いつもというほどじゃない。
 貴族のパーティーって珍しい食材を使った料理にこだわることが多くて、それが美味いかどうかは別としてそこそこバリエーションはある。そして不味いのは徹底的に不味い。不味いというか辛すぎるとか酸っぱすぎるとかだな。珍しいというだけだ。彼らが自慢するってのは、つまりは誰も食べようと思わない味ってことだ。
 今うちの屋敷では、主にワンコとオリエがオーブリーたちにレシピを教えている。おそらくレパートリー的にはどの貴族の屋敷よりも上だろう。ワンコもオリエも一通り作れる。母さんも下手じゃない。特に酒の肴は上手だな。
 ワンコとオリエの料理の腕前はそんな感じだけど、エコはダメだろう。食べたことはあっても作り方が分からないはずだ。かつて俺が教えたのはカレー(市販のルーを使用)とクリームシチュー(市販のルーを使用)とビーフシチュー(市販のルーを使用)とサラダくらいだ。きちんと切れさえすれば、後は炒めてから煮込めば問題ない。その切るのと炒めるのを教えるのが大変だったんだけどな。
 この世界には【調理】というスキルがあるけど、レベル〇だから不味くてレベル五なら美味いというわけじゃない。手際はよくなるし盛り付けも上手だけど、そもそもそれで味が変わるわけじゃない。【掃除】だって同じだ。レベル〇でも掃除はできる。でもレベルが高いと細かな部分まで気をつけて掃除ができる。拭き残しが少ないとかそういうことだ。上達したからレベルが上がるんであって、レベルが上がったから上手くなるんじゃない。

「旦那様旦那様、私も従魔にしていただくことはできませんか?」
 そんなことを言い出したのは元シスターのナディア。
「ナディア、人間をやめてどうするんだ?」
 人間を従魔にはできないだろう。
「ペット扱いでもかまいません。しっかり躾のできているメス犬はいかがですか?」
 そう言いながらスカートを摘んで下着を見せる。うむ、ピンクのブラジリアンカットか。でもこれはいけない。
「ああ、ブランシュ。ここに躾のできていない——」
「あーダメですダメです! ブランシュさんはキケン——」
 ナディアが俺を止めようとしがみ付いたと思ったらそのまま崩れ落ちた。
「ナディア、大丈夫?」
 慌てて同期のマリエットが抱え起こす。
「……旦那様、酔い潰れていますね」
「からみ酒か」
 いきなり倒れたから何かと思ったら酔ってるだけだった。とりあえず抱き上げて端の方で休ませる。
「マリエット、ずっと見ている必要はないけど、目を覚ましたらレモン水を飲ませてやってくれ」
「分かりました」
 レモン水と言ったけど、あれはスポーツ飲料だ。二日酔いによく効く。

 ◆◆◆

「マスターマスター」
 しばらく寝ていたナディアだけど、目を覚ましたのかまた俺の方にやって来た。もう従魔気分なのか俺をマスターと呼んでいる。
「おかしなことを言い出したらブランシュが鼻にトウガラシを押し込むぞ。ちょうど刻みトウガラシがそこにあるからな」
 俺は薬味として用意したトウガラシを指した。この周辺で手に入る中で一番辛いやつだ。タイ料理で使われるプリッキーヌのような小さなトウガラシで、かなり辛い。
「大丈夫です大丈夫です。問題なくなりました。ステータスを見てください」
「ステータス?」
 ナディアのステーテスを見る。スリーサイズを一番上にするのはまあ仕方がない……⁉
「なんでだ?」
 俺はナディアのステータスを見て反応に困った。そこには見慣れた【愛の男神シュウジの従魔】があったからだ。
「フラン、人間が従魔になるなんてことがあるのか?」
「いえ、普通はあり得ません」
「だよな」
 そんな話は聞いたことがない。普通なら魔物や魔獣に従属させるための魔法を使って行動を縛るわけだ。ただうちの従魔たちの場合は少し違い、俺との力の差が大きすぎた上に知能が高いので身の危険を感じ、自分たちから服従を誓ったのに近いそうだ。そういう場合は自動的に従魔になる場合もあるらしい。でも人間相手にそれはない。
「これが事実だとしますと、彼女にはもしかしたら魔物の血が入っていたのかもしれませんわ」
「亜人ではなく魔物のか?」
「ええ。そもそも人と亜人、亜人と魔物の境界というのは非常に曖昧なものですわ。例えばですが、スキュラやアラクネのような人との間に子供を作れる魔物の血を継いでいるということです。アルベルティーヌは普通のスキュラではありませんが、彼女とあなた様の間にできた子供でしたら人間でも従魔になれる可能性はあります。見た目もステータス上の種族も人間であってもスキュラの血が入っているからです」
「ナディア、お前は孤児院から教会に入ったんだったよな?」
「そうですそうです」
 孤児院育ちで親の顔は知らない。それなら自分の出自を確認する方法はないけど……。
「フラン、ナディアのステータスを見て何か分かるか?」
 俺には見えないけど、フランには隠し項目が見えるそうだ。それなら何か分かるかもしれない。
「そうですね……ああ、なるほど」
 フランはステータスを見ながら頷いた。
「何か分かったか?」
「ええ。彼女は母親がサキュバスですわ。珍しいですね」
「サキュバスって淫魔とか呼ばれる悪魔の一種……だよな?」
 女がサキュバスで男がインキュバスだったか。
「ええ、夢魔の一族です。ですが子供を作るというのは珍しいですね」
 そうか、珍しいのか。……ん?
「子供を産まないんだったらどうやって増えるんだ?」
 スライムじゃないだろう。勝手に増えるとも思えない。卵から孵るのも違うと思う。
「手順としては、男性が寝ているところに現れ、夢の中に入って淫夢を見せます。その男性が夢精をしますとその精液を持ち帰り、自分の魔力を加えてサキュバスを作り出します。生殖によって増えるのは珍しいパターンですわ」
「なるほど。それじゃナディアは普通にそのサキュバスが産んだということか。それで人間として生まれたけど、サキュバスの血が流れているから従魔になってしまったと」
「おそらくそうとしか考えられないでしょう。ですがさすがはあなた様。レアな従魔をお揃えになりますね」
「いや、従魔にしたくてしたんじゃないからな」
 サキュバスは魔物になるようだ。でもこれからナディアをどうする? 原因はともかく従魔になってしまったのならこのまま使用人をさせてもいいのか。でも種族としては人間だから何も問題ない。
 とりあえずどうしたらいいか。まあ明日でいいか。
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