元ロクデナシで今勇者

椎井瑛弥

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最終部:領主であること

迷い人

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「近いうちにこちらに連れてくるそうです」
「そうか。言葉が通じないと大変だろう。できる限り平穏な生活が送れるように配慮してやる必要があるな。受け入れの準備をしておいてくれ」
「畏まりました」
 エルネストから報告があったのは、東にあるデルクイッソンの町の外れに迷い人が現れたということだ。
 迷い人というのはこことは別の世界からいきなり現れる人のことで、いわゆる神隠しの逆だ。言葉が通じないことが多く、そういう人はその領地で保護することが通例となっているらしい。
 今回は女性が一人だという話だ。町のすぐ外で倒れていたところを農夫が見つけたと。次の日には目を覚ましたものの言葉が全く通じないということだった。何か訴えたいことがあるようだけど、誰にも言葉が理解できない。もしかしたら俺になら分かるかもしれないということでエウロードまで運ばれてくることになった。
 仮に言葉が通じなかったとしても、人格的に問題がないことを確認したらゆっくりと先のことを考えてもらえばいいだろう。それに俺には理解できなくてもミレーヌかフランに頼めば何とかなるかもしれない。
 俺のように神が絡んでいて【翻訳】のようなスキルを与えられれば何の問題もないけど、いきなり日本人がタイ語やチェコ語が使われている国に放り込まれたら何も話せないことは間違いない。
「俺は言葉が分かるようにしてもらったから問題なかったけどな。英語とフランス語ならちょっとくらいは理解できるか」
 俺は文法メチャクチャの片言でよければ英語が話せる。フランス語は簡単な挨拶くらいな。フランス語の名詞には性とかあるけど、そんなのは適当だ。間違っても通じる。言葉なんてそんなもんだろう。「お前らの言葉に合わせてやってるぞ。さあ聞け」ってくらい堂々と間違った言葉で話す。どうしてもを話さないといけないと思うとなかなか言いたいことは口にできない。
 そもそも日本人の若いのだってメチャクチャな言葉遣いをしてるだろ? こっちに来る前の俺だって中高生の言葉は半分くらいしか理解できなかった。まあそういうことだ。同じ日本人でもちょっと年齢が違えば使う言葉も違う。そうすると正しい言葉も間違った言葉に変わり、間違った言葉が正しい言葉になることもある。
 たとえば「雰囲気」な。あれを「ふいんき」と言うやつがいるだろう。別に難しい漢字でもないのに、どこをどう見たらそう読めるのか。俺はいつも不思議だった。でもそうやって読むやつが増えるとそう言う読み方も間違いじゃなくなるってことだ。
「旦那様は元々いくつ言葉が話せたのですか?」
「生まれ育った国の日本語と、片言でいいなら他に二か国語だな。そのうちの一つがこの国の言葉に似ている。全く同じじゃないのがややこしいところだけど」
 俺には【翻訳】というスキルがある。俺は日本語を喋ってるつもりだけど、その言葉がこの国の言葉に翻訳されているらしい。この大陸の言葉はフランス語っぽいから、たまに知ってる言葉が出てくる。試しに【翻訳】をオフにして聞いたことがあるけど、完全にフランス語ってわけでもでもないんだよな。
 執事はブティエだけど、家令はスチュワードでメイドはメイド。ファッション関係にはシャツにブラウス、パンツ、ショーツなんて英語由来の単語は多いけど、既製服はプレタポルテだし、注文服はオートクチュールだ。ズボンも綿パンも通じる。それ以外の言語も混ざってる気がする。何度か【翻訳】をオフにして確認した結果だ。

 ◆◆◆

「え?」
 応接室ではドミニクがお茶の準備をしている。そこに女性が案内されてきたけど、その顔を俺は知っていた。ついでにその服の下にある二つの立派な膨らみも。
 エコとオーナーの時には「そうきたか!」と思ったけど、こうなるとどこの誰が来てもおかしくないのかもしれない。知り合いはこっちに来るものだと思っておくか。次は誰が来そうだ? まあそれは来た時でいい。それよりも目の前の女性だ。
「エルシーか?」
 こっちが言ったことが分かるかどうかを確認する。
「ふょったすと、すゅえず? をちす、おれすー」
「悪い、分からない」
 俺が首を振ると俺がエルシーと呼んだ女性はがっかりとした。何かを伝えようとしているのは分かるけど、【翻訳】のある俺にも理解できない。ただ【翻訳】をオフにしたりオンにしたりしながら聞き比べていると、何がどうなってるか理解できてきた。
 最初に俺を指して、それから自分を指した。頭の中にさっき聞いた言葉を書き起こす。「ふょったすと、すゅえず」の「すゅえず」ってのが俺の名前だ。これは平仮名が一つズレたんだ。でも微妙なズレだな。小さいはそのまま。だとして「をちす、おれすー」ってのは「わたし、えるしー」か。やっぱりエルシーで間違いない。【翻訳】をオフにしたままで話をする。
おれすーぢにエルシーだな?」
「‼‼ さえさえ」
 首を縦に振ったから間違いない。「そうそう」だな。しかし聞きづらい。
つょったみとちょっとまて
 ストレージからイエローブラスの小さな板を取り出すと、イヤリングにしてそこに術式を書き込んだ。今回の暗号みたいな話し方を直すだけの簡単なもの。平仮名のズレるパターンを元に戻すだけだ。ありがたいことにエルシーは日本語を話していた。日本オタクだったからな。
 俺は完成したイヤリングをエルシーに渡す。俺も彼女の声を変換するイヤリングを付けた。エルシーのイヤリングは俺の言葉がズレて聞こえるようにしている。俺のイヤリングはエルシーの言葉を修正して聞こえるようにしている。
「これで聞こえるか?」
《あ、聞こえるワ》
「今は俺とお前だけ言葉が分かるようになってるだけだ。他のやつにはやっぱり通じないから、そこは後で専門家に聞こう」
 話をしながらふと隣のドミニクを見たら、ロッキー山脈のようなエルシーの胸をガン見していた。ドミニクは絶壁とまではいかないけど、かなりとしている。
 このエルシーはその昔、焼肉がジャパニーズBBQと書かれているのを見て「BBQはちがいマース」とブチギレた留学生だ。あれから焼き肉を食べつつ日本で勘違いされているアメリカ文化についての愚痴を聞き、その続きはベッドの中で激しく聞いた。
 たしか焼肉の最中に、日本人は英語で話しかけると逃げると言っていた。俺は逃げなかったから、たまたまそのまま焼肉に行くことになり、ロッキー山脈にの山頂に成功し、グランドキャニオンの谷底にある神秘までたどり着いた。そのエルシーがどうしてここに?
「こんなところにいるって、何があったんだ?」
《ハッキリとは覚えてないケド、飛行機が落ちたのカモ。キャーとか聞こえてたけど……》
 どうもハッキリとした記憶が残っているわけじゃないようだ。ただ旅行をしていてどうやらその飛行機に何かがあったらしい。てことは何かの弾みでこっちに飛ばされたか。
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