元ロクデナシで今勇者

椎井瑛弥

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最終部:領主であること

蚊取り線香

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「この領地って山が近いからか、夏場はかなり蚊が出るよな?」
「昔から多うございますね。春の終わりから秋の初めごろまでは気が抜けません」
 俺は屋敷に帰るとエルネストに気になったことを確認していた。
「特に山に近いあたりで毎年それなりに死者が出ていたのはそれじゃないか?」
「おそらくそうでございましょう。刺されないように植物を乾燥させて燃やすことで追い払います。農作業の際には体に薬草の汁を塗ることもあります」
 蚊の話をしているけど、別に蚊の話がしたかったわけじゃない。この領地がここ数十年くらいでどれほど荒れたかをチェックし始めた。そのために各町から資料を集めさせ、それを確認していたところだ。ヨーロッパの教会記録簿のようなものがあればいいんだろうけど、残念ながら細かな記録まではない。
 この国では五歳の聖別の記録と埋葬の記録はある。でもそれ以外はない。ただいきなり戸籍管理とか始めると現場が混乱するだろうから、どの程度までやるかが問題だ。エウロードを含めた九つの町ならいいけど、小さな町や村には負担が大きいかもしれない。
 そうやって集めた資料を見ていると、冬ではなく夏に死者が集中していた。原因は熱病。まずは体のだるさを訴え、それから発熱や頭痛、関節痛などが続く。場合によっては発疹も出る。そのまま治ることもあるらしいけど、そのまま熱が下がらずに亡くなることも多いとか。
 俺は病気の専門家じゃないけど、熱病なら蚊が原因じゃないだろうかと考えた。黄熱病、デング熱、マラリア。俺が知っているのはその名前くらいだけど、蚊を減らせば使者も減るのではないかと考えた。早いうちに対策は考えておいた方がいいだろう。
「エルネスト、燃やす薬草は何を使うんだ?」
「ヨモギ、ラベンダー、ミント、レモングラスなどでございます。すり潰すのも乾燥させたものを水で戻してすり潰すことが多うございますね」
「やっぱりそのあたりか。それなら……あの二人に研究させるか」

 ◆◆◆

「蚊取り線香……ですか」
「そうだ。できる限り細く長くすることで長時間燃やしたい」
 俺は渦巻き状の蚊取り線香の絵を描き、それをイネスとエステルに見せた。
「この形は……この円盤から二本とれるわけですね?」
「くるくるしてます」
「そのまま地面に置いておくと火が消えるが、少しでも浮かせると火は消えない。だからこそこの凹みがある」
 蚊取り線香ってすごいよな。あの形は完成形と呼んでもいいだろう。まったく無駄がない。
「なるほどなるほど」
「目が回るのです」
「おもちゃじゃないからな?」
 エステルが目を回しかけたので慌てて抱き止めた。
「シュウジ様、白いのが欲しいです」
「箱に入ってないか?」
 マシュマロは山盛り用意しておいたはずだ。砂糖と卵白、ゼラチン、水飴だ。大量に食べたら胸焼けするに決まっているから食べすぎないようにとは言っている。
「そっちじゃないです。気持ちいい方です」
「まだ昼間だぞ」
「そんな言葉は初めて聞いたのです」
「……そうだったか?」
 俺がそんな良識派のようなことを口ににしたことがあったか? でもエステルがそう言ったということがあったんだろうな。
「はい。『俺が抱きたいと言ったらすぐに股を開け』と言われましたです」
「……それならエステルはベッドに行って準備をしておいてくれ。それでイネスはどうする?」
 わざとそんな聞き方をしてみた。イネスはわりと本心を隠すからな。たまには意地悪もしたくなる。
「私がそれを断れると思いますか?」
 ジト目で見られた。
「いや、思わない。思わないけど一応聞いてみた。俺はお前を抱きたい」
 そう言いながら俺は大切なことを思い出した。最近は【避妊】を使ってなかったことを。いつからだ? ああ、エコに迫られたあたりか。私には使わないでくださいとか言われたな。あれからうっかり使っていなかった。
「それと一つ思い出した」「
「何をですか?」
「実はここしばらくは【避妊】を使っていない」
「ベッドに行きましょう! さあ!」
 意外にイネスは力が強いんだな。まあベッドの上ではいつもと同じく可愛らしい俺の女だけど。

 俺がエウロードに戻ったのは三日後だった。いや、三日三晩抱き続けたわけじゃない。いろいろと調べたいこともあったし、見たいものもあったからだ。個人的なことよりも、領主として領地をどう富ませるか、しかもできる限りチートなしに、と考えるとできることには限度がある。
 ミレーヌやフランは俺が本当の神になるまでこの惑星を支配する帝王にでもなればいいと思っているようだけど、俺にはそのつもりはない。俺はこの国、そしてこの領地を発展させることが一番だ。それから子供に領地を継がせ、お役御免になったら……ミレーヌと甘々な生活を送るつもりだ。もちろん他の妻たちも一緒だぞ。エミリアにフランにジゼルにオレリーに……まあ妻たちを全員引き連れてしばらくはダラダラして、それからは……まあその時の状況次第か。寿命がないというのも善し悪しだな。

 ◆◆◆

 しばらくするとイネスから蚊取り線香のサンプルが届いたので、俺は日本文化を知っているワンコとオリエに声をかけた。
「文化的に大丈夫か?」
「形だけの問題じゃないですかぁ?」
「懐かしいわね」
 俺は目の前の蚊取り線香を見ながら、果たしてこれを広めてもいいのかどうか、今さらながら迷ってしまった。あまりにも俺が知っている蚊取り線香だったからだ。
 虫が嫌がる植物というのはどの国にでもある。このフレージュ王国にもヨモギやラベンダー、ミント、レモングラスなどの植物が使われる。すり潰して肌に塗る使い方もあれば、燃やして煙を出す方法もある。でも使い勝手はあまりよくない。だから蚊取り線香の形をイネスに伝えて作ってもらった。
「火をつけてみるか」
 金属で台を作り、そこに乗せて火をつける。材料が日本のものとは違うから香りは同じじゃないけど、この糸を引くような煙の出方はまさしく蚊取り線香だ。
「和みますねぇ」
「和むなあ」
「こういうのって飽きないのよね」
「分かる。いつまでも見ていられるよな。しかも蚊取り線香と違って匂いがハーブっぽいのがいい」
 ワンコとオリエ、そして俺。元日本人の三人で蚊取り線香をしばらく眺め、それからベッドの向かった。
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