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4話

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 新は今、床に正座している。目の前には葵に瓜二つの男が我が物顔で我が家の椅子に座り足を組んでいる。
 新は葵と葵に似た男を交互に見る。葵はおろおろとしながら、その状況を宥めようと必死になっている。
 おろおろしている葵も実に可愛い。ちらちらと盗み見る。
「おい。なにニヤニヤしてやがる。気色悪い。さっさと謝罪しろ」
 目の前にいる葵に似た男は新に聞こえるように大きく舌打ちをし、新に命じた。
 この野郎、葵と同じ顔をしてるからって調子に乗りやがって…。と、喉元まで出てきそうなほどの鬱憤を必死に我慢する。
「先程は、葵と間違えて抱きついてしまってすみませんでした」
 これで満足だろう。そうと思っていたが、予想とは反し再び頭上から舌打ちが聞こえる。
「そんなので許されると思うな。土下座しろ」
「は?」
「土下座しないと背後から抱きついたわいせつ行為で警察に突き出すぞ」
 なんという屈辱。葵と瓜二つの顔をしてる癖に性格は正反対じゃないか。
 全然、まったくこれっぽっちも可愛くない。
 新は言われた通り頭を深々と下げる。
「まだ頭が高いぞ。もっと頭を下げろ」
「下げてるだろ」
「その無駄に整ってる顔を床に擦りつけろ。馬鹿者」
「~~~~っ!」
「頑張れ、頑張れ。あと10cmだぞ」
 ゲラゲラと笑う葵と同じ顔の男。同じなのは顔だけで、中身はとんでもないドS男ではないか。
京弥きょうや、それくらいにしろよ。先生だってちゃんと謝ってるんだから」
 この状況を助けてくれたのは葵だった。葵に怒られ京弥という男は面白くなさそうにそっぽを向く。
 この京弥という男は幼い頃に生き別れた葵の双子の兄だそうだ。葵はオメガとして生まれたが、京弥はアルファとして誕生した。葵たちの両親が亡くなりアルファの養子が欲しかった親戚は、京弥だけ養子として引き取り、葵は祖父に引き取られたそうだ。京弥は現在は海外に住んでいるらしく、葵に会いに日本に来たらしいが、葵が親戚の家を飛び出してから居場所がわからず探し回っていたところ新と遭遇した。
 双子なのはいい。好きな顔が2つあるというのは実に目の保養である。しかし、京弥という男は葵と同じ顔をしているくせに口は悪いし、意地悪だし、似てるのは顔だけで性格はまるで違う。新がいうのもなんだが、かなり性格が悪い。
「おい。そこの変態男」
 変態男とは僕のことだろう。さっきから変態、変態と罵られ続けいい気はしない。葵と間違わなければ、こんな奴に抱きついたりしなかったのに。
「茶」
「は?」
「気が利かんな。この家は客に茶すら出さないのか」
「俺が入れてくるよ」
「葵はいい。そこの男。茶を入れてこい」
 僕の方が年上なんですけど。
 どうにかしてこの男をこの家から排除しなければ。下手したらこの家に居座ると言いかねない。
 新は立ち上がり、お茶を入れるためにキッチンへ向かった。新はお茶を入れながら必死に京弥追い出し作戦を考える。入れたお茶をお盆に乗せ、京弥の前に出した。
 京弥はお茶を飲むと一言「マズい」と言う。
「なんだ、このマズイ茶は。お前、日本人のくせに茶すらまともに入れられないのか。お前の入れた茶より水道水ほうがうまいぞ」
 なら最初から水道水飲めよ、と新は内心毒を吐く。
 我慢だ、我慢。ぐぬぬぬ…。
「ごめんな。京弥はちょっとだけ意地悪なだけなんだ」
「ちょっとどころじゃないよ」
 既にメンタル崩壊寸前。ドSの国からやってきたのかと疑いたくなるほどのサディストだ。双子というのが信じられない。この男には悪意しかない。きっと子宮の中で良心を葵に全て取られてしまったに違いない。
「ところで葵。お前はなぜこの男と2人で住んでるんだ。お前、なぜあのタヌキ親父の家を出た」
 話の内容から推測すると京弥のいうタヌキ親父とは親戚の叔父のことだろう。葵は言いづらそうに、ちょっと事情があって…。と話を濁す。
「正直に話せ。何のために日本に来たと思ってる。お前と連絡がとれなくなってどれほど心配したことか……」
 京弥は悲しそうに眉を潜める。京弥は葵と連絡がとれなかなり、葵を探しにイタリアから日本まで来たらしい。
 悲しむ京弥をみて、葵も眉を潜めた。葵はぽつりぽつりと事情を話し始めた。葵の過去の話を聞き、京弥のつり目はさらに鋭さを増した。じわじわと立ち込める殺気。京弥のオーラが黒く染まる。
「殺す」
 ドスの効いた声。その殺気を帯びた声に新は恐怖を感じた。
 20歳の出せる殺気じゃない。
 京弥は椅子から立ち上がる。どこかへ向かおうとする京弥を葵は必死に止める。
「離せ葵。あのタヌキ親父を殺しにいく」
「ダメだって‼︎ それに、叔父さんもう捕まって今刑務所の中だから‼︎」
「刑務所の中だろうがまだ生きているのだろ? なら、奴を殺して奴の家族も全員殺す」
「ここは日本だって‼︎ いくらマフィアの幹部だからって、日本で人殺ししたら捕まっちゃうだろ‼︎」
 今なんと言った? マフィアの幹部? こいつが?
 新はさーっと血の気がひいた。
 マフィアって普段金稼ぎや人を殺しまくってる奴らだよな。通りでこの偉そうな口調もこの目つきの悪さも納得した。
「馬鹿か。そんなもの金を積めばいくらでも揉み消せる。日本の警察はチョロいからな」
 わぁ、出た。真の悪者。大体悪者はこんな台詞を吐くんだよな。お決まりの台詞だ。
 よかった。僕、殺されなくて。土下座した甲斐があったというものだ。
「イタリアとこっちは違うんだよ。もしものことがあったらどうするんだ。京弥は唯一残った俺の家族なのに……」
「……葵。ごめん。殺さないから」
「約束だからな」
「わかった」
 京弥は泣きそうに表情を歪める葵を優しく抱きしめた。
「お前が無事でよかった」
「うん」
 離れ離れだった兄弟の再会は感動的だ。少しウルっときた。
 目の前で繰り広げられている兄弟の感動の再会に心打たれていると、バチっと京弥と目が合った。
「しかし分からん。葵があのタヌキ親父から逃げたのはわかったが、なぜあいつと住んでいる?」
「それにも事情があって……」
「こんな変態男と一緒に住んでいたらいつ襲われるかわからんではないか。お前はオメガなんだぞ」
「大丈夫だって。フェロモンが出ないのは知ってるだろ」
「フェロモンは出なくてもオメガはオメガだ。それにどう見たってその男はアルファだろ」
 京弥は新を睨みつける。
「俺の大事な片割れをこんな変態の元へ置いておけるか」
 どうやら京弥は新を警戒しているらしい。それもそのはずである。葵と間違えて京弥に抱きついてきた張本人だからだ。警戒しないはずもない。
「先生は俺の雇主なんだ。この家に住み込みで働いてる」
「ほー。じゃあ、これはなんだ?」
 京弥は葵の首に巻いてあるチョーカーに触れた。
「先生がくれた。フリーのオメガがチョーカーしてないのは危ないって」
「お前はフリーのオメガにチョーカーをプレゼントする意味をわかっているのか?」
「意味なんてあるの?」
 葵は不思議そうに小首を傾げる。その様子に京弥はため息を吐く。
「まあ、いい。そのうち話してやる」
 今話せよ、とぶつぶつ文句を言っている葵をよそに、京弥は新に目を向ける。
「今日はここに泊まる」
「えっ…!」
「お前に拒否権はない」
「…………」
「返事をしろ」
「……わかった」
 喜んでいるのは葵と京弥だけで、新は絶望を感じていた。こんなおっかない奴が家にいるのだ。いつ殺されるのかと考えただけで寿命が縮まる。もしかしたら夜寝ている間に殺されて、目覚めたら天国ということもあるかもしれない。
 神様、どうか僕をお守り下さい。と天に願った。
 
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