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3-7. 上層突破者

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 不幸は、いつも唐突に始まる。
 一方通行の悪意や暴力を前に、私はあまりにも無力だ。

 微かに歪んだ視界の中、レイアと大男が戦う様子が見えた。
 
 寝ている場合ではない。
 こんなもの、少し痛いだけだ。

 身体に力を込め、起き上がる。
 たった一撃の被害とは思えない程に軋むが、問題なく動いた。

「……あぁ?」

 私の動きに気が付いたのか、大男は動きを止めた。
 その隙を逃さずレイアが拳を突き出したけれど、あっさりと受け止められる。

「なんで生きてんだぁ? 殺すつもりで殴ったはずだぜぇ?」

 彼はレイアを持ち上げると、私に向かって雑に投げた。
 
 小石を投げるような勢いで、人が飛んでくる。
 私は彼女を受け止めるためにスキルを発動させた。

(……見える!)

 瞬きひとつ分の僅かな時間が引き延ばされた。
 私は数日の訓練で得た感覚を元に、手を伸ばす。

 鈍い衝撃。
 それを一歩だけ下がることで地面に流す。

(……やったか?)

 嫌な感触は無い。
 無事に受け止められたことに安堵して、レイアを降ろそうとする。

 その瞬間。
 大男の拳が、目の前に現れた。

 有り得ない程の超速移動。
 スキルの力で辛うじて動きが見えたのに、避ける術が無い。

 突風が頬を叩いた。
 人が起こしたとは思えないような衝撃が全身に伝わる。

 しかしそれは、私と彼によって生み出されたものではなかった。

「そこまでにしてもらおうか」

「あぁぁ?」

 エリカが、彼の手首を摑んでいた。
 私は何が起きたのか分からず、数秒の後、腰が抜けたように尻もちをついた。

「相変わらず粗暴な人物だな。ナクサリス」

「……おぃおぃ、おぃおぃおぃおぃ! 懐かしいじゃねぇか!?」

 エリカが手を摑んだまま言うと、大男は無邪気な笑顔を見せた。
 一瞬、旧友なのかと思ったが、とてもそのような雰囲気ではない。

「なんだよオメェ、まだ生きてやがったのか? 信じらんねぇ! 俺なら恥ずかしくて死んでるよ! なぁお前ら!?」

 彼が振り返りながら言うと、離れた位置で控えていた二人が笑った。

「あぁん? なんだテメェ。なぁに間抜けなツラで俺を見てやがんだぁ?」

 彼は私に顔を近づけて言った。
 一見すると隙だらけに見えるが、ここで拳を振るっても状況は好転しない。だから私は目を細めることで嫌悪感を示した。

「ぶふっ、ハハハッ、おぃおぃ、おぃおぃおぃお~ぃ! まさかテメェ、何も教えてねぇのかぁ!?」

 彼はエリカに言う。

「そうだよなぁ!? 真実を伝えたら、テメェなんて誰も相手にしねぇよなぁ!?」

「ナクサリス。黙れ」

「可哀想になぁ。新人が騙されちまって」

「黙れ!」

 エリカが声を荒げた。
 その音がルームの中で反響する。

「テメェ、いつから俺に命令できる立場になった?」

 音が弱まるにつれ、大男の顔に青い筋が浮かぶ。

「俺は上層突破者だぜぇ? 忘れちまったのかよ。おい?」

 大男がエリカを睨み付ける。

剣鎧の女戦士ナグ・ダ・ハシーブだったか? 良かったなぁ。二つ名は貰えたみてぇでよぉ」
 
 そして彼は言った。

「迷宮は加護をくれなかったからなぁ!?」

 それが開戦の合図となった。

(これが、人間同士の戦いだと?)

 早過ぎる。
 速度というよりも、手数が多過ぎる。

(これが、エリカが言っていたことか)

 今の私は、スキルを使えば一歩で十メドルほど移動できる。これを十歩に分割するのが当面の目標だった。

 まさに模範解答を見ている気分だ。
 およそ人の動きとは思えないが、目で追うことはできる。そして──訓練をすれば、不可能ではないと思える。

「ご主人さま。どうしますか?」

 レイアの声。
 私は彼女の目を見てハッとした。

 呆けている場合ではない。
 隙を見て、エリカに加勢しなくては。

(……隙なんて、どこにある?)
 
 エリカが剣を振り下ろした。
 大男は左手の甲で刀身を叩き、微かに軌道を逸らすと同時に右手を突き出した。エリカは身体を回転させながら手を避け、後ろ足で蹴りを繰り出す。大男はそれを腹で受けながら膝を折り、首を狙った剣を避けた。その動きが頭突きとなっており、エリカの鎧が甲高い悲鳴をあげた。大男は後退したエリカに休む間を与えず一歩前進して右手を突き出す。エリカは後ろに倒れることで拳を避けると、そのまま後転する要領で足を蹴り上げた。大男は軽く首をズラして蹴りを避ける。エリカは数メドル離れた位置に着地して剣を構えた。

 見える。全て見える。
 それなのに、全く頭が追いつかない。

 これが上層突破者の戦い。
 次元が違う。私が間に入れば、数秒も持たないだろう。

「ひゅぅ! 加護なしとは思えねぇなぁ!」

「……加護なし?」

 レイアが呟いた。
 私にも同じ疑問がある。

「あぁん? お前ら、本当に何も知らないのぉ?」

 右隣から男の声がした。
 さっきまで遠くで見ていたはずの二人が、いつの間にか側に立っていた。

「おっと、まぁ、そう警戒するなよ。俺はあいつと違って野蛮じゃない。優しいんだ。だから教えてやるよ。お前らが騙されてるってことをよぉ」

「……あなたの言葉を、私が信じるとでも?」

「カカッ、そりゃそうだ。でも、先輩の忠告は聞くべきだよぉ?」

 男は言う。

「なんたって、俺達とあいつは、パーティを組んでいたんだからよぉ」

 
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