黒豚の優雅な復讐 ~「お前は醜い」と追放された王子、美醜逆転世界で虐げられた美少女達と共に幸せを摑む~

下城米雪

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3-6. 悪意

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*  迷宮前  *


 翌朝。
 私は寝不足による倦怠感を覚えながら、エリカとの待ち合わせ場所へ向かった。

「やぁ、時間通りだな」

 エリカは元気な挨拶をした後、私達を交互に見た。

「スッキリした表情のレイアと、対照的に干乾びた様子のクド。なるほど、そういう結果になったのだな」

 返す言葉が無い。
 もう少し明るくなるのが遅ければ、私は砂になっていたかもしれない。

「行きましょう。ここは少し、目が多いから」

「ああ、迷宮で詳しく聞かせてくれ」

 やめてくれ。
 心から思ったが、その言葉を伝える気力も残っていなかった。

 要するに、そういうことである。
 避妊薬を服用したレイアを拒めなかった私は、昨夜は一睡もさせて貰えなかった。

「……やはりその、良かったということか?」

「正直、期待したような感触は無かったわね」

 長い階段を下りる途中、エリカとレイアは仲良く会話していた。
 
「だけど彼の反応を見るのが楽しくて、気が付いたら朝だったわ」

「……ほぅ! どのような反応だったのだ?」

 私は拷問を受けている気分だった。
 しかし幸か不幸か羞恥心が疲労感を上回ったことで気力を取り戻せた。これならばスキルの訓練にも支障は無いだろう。


*  ルーム  *


 道中の会話は記憶から消去するとして、ルームに到着した。
 出現したツギハギの色は青と黄色。私はレイアに目配せをして、短刀を構える。

「二人とも、昨日の訓練は覚えているな? スキルが無い時と同じ感覚で動けるようになるところから始めるのだ。良いな?」

 エリカの助言に頷いて、軽く息を吐いた。
 それから短い一歩を踏み出すために地面を蹴り──

(……やはり、こうなったか)

 私とレイアは再び壁に埋まった。
 もちろん加減をしたつもりだった。
 だが勢い余って壁に激突する結果になった。

 理由は分かっている。
 それを言語化しようとした時、無性に顔が熱くなった。

「クド!」

 エリカが大きな声を出して、私に駆け寄る。

「私と信頼関係を築こう! 今すぐにでも!」

 彼女は少し興奮した様子で言った。

「昨日よりも格段に動きが良くなった! たった一晩の性交渉で今の力が得られるのならば、金を払っても構わない! むしろ払わせてくれ!」

「ま、待て。落ち着いてくれ」

「む。そうだな。失礼した。少し興奮してしまった」

 意外と冷静な反応を見て安堵する。
 
「私のような醜女しこめを抱けと言うのだ。金を払うなど当然のこと。ならば何を差し出そうか。困ったな」

「エリカ、まずは聞いてくれ」

「うむ。なんでも言ってくれ」

「……確証が、無い」

 私は言葉を探しながら説明をする。

「レイアとの間にスキルが発動した理由も、確かなことは分からない。性交渉をした場合でも、スキルが発動するとは限らない」

「ふむ。そういうものなのだな」

「分かってくれたか」

「それでは、どうすれば良いのだろうか?」

 エリカは膝を付いた。
 そして私の両肩を握り、必死な様子で言う。

「卑しい女と思ってくれて構わない。だが君のスキルはあまりにも魅力的だ。私には力が必要なのだ。頼む。どんな要求でも構わない。なんでも言ってくれ」

「そこまでよ」

 レイアが間に入り、エリカの手首を摑んで言った。

「しばらくは私が独占する約束でしょう」

「……そう、だったな」

 未知の約束が登場した。
 レイアは困惑する私を見て言う。

「ご主人さまは、押しに弱いところが弱点ね」

「……返す言葉が無い」

「もちろん私は好きよ。べつに『レイアが居るからダメだ』と言って欲しかったとかそういうことは無いから安心して。私が貰ったのは、半分だけだもの。ご主人さまが残りの半分を何人に与えようと、それを止める権利なんて無いのだから」

 言葉と表情が全く一致していない。
 だが彼女の言う通りだ。あのような夜を過ごした直後、他の女性に言い寄られ何も言い返すことができないのは、あまりにも情けない。

 これまで私は誰かに口答えすることが無かった。先程のエリカのように強い口調で何か言われた時などは、特にそうだ。しかし、言い訳をしても仕方がない。

 私は、ただのクドだ。
 過去と決別して、強くならなければならない。

「訓練を、再開しよう」

 私は立ち上がってエリカに提案した。
 彼女は大きく頷くと、昨日と同様に指導を始めてくれた。

 やることは変わらない。強大な力に振り回されないように、スキルが無い時と同じ感覚で動けるようにするだけ。

 今の私は一歩で10メドルは移動できる。
 しかし、その間は方向転換などができないため隙ができる。

 だから、あえて十歩で移動する。
 一歩を1メドルにすれば、同じ10メドルの移動でも、途中で方向転換する機会が十回も生まれる。

 言葉にすれば単純だが、やるのは難しい。
 これまでの人生で培った感覚と違い過ぎて、まるで新しく生えた手足を動かしているような気分だった。

 レイアの方も苦戦している様子だ。
 しかし彼女の方が早く上達しているように思える。

(……弱音を吐いている暇は無いな)

 邪念を捨てるため、剣を握る手に力を込める。
 レイア達に調子を狂わされてばかりだが、今の私には強くなる以外の選択肢が無いのだ。

 かくしてスキルを制御するための練習は続いた。
 迷宮に居る時間はとにかく集中をして、宿ではレイアから睡眠時間を確保するために別の戦いをした。

 心地よい時間は三日ほど続いた。
 そして、唐突に終わりを迎えた。


「やぁ~っと見つけたぜぇ」


 ルームで訓練をしている途中。
 三人の冒険者が、私達の前に現れた。

「面の良い兄ちゃんと、魚の卵みてぇに臭そうな白い女。探したんだぜぇ~?」

 喋っているのは、一人の大男。
 背後には中肉中背の男と女が一人ずつ。

 共通するのは、明確な敵意があること。
 
「マリ。ミア」

 大男は、聞き覚えのある名前を口にした。

「ビンゴだぁ! おぉぉ、俺は悲しいぜぇ。本当に可愛がってた二人なんだぜぇ? なんて酷いことしやがる。あんまりだぜぇ」

 全く悲しみが伝わらない泣き声。
 私は強い嫌悪感を覚えながら、短刀を構えた。

「黒いツギハギが出た」

「あぁん?」

「お仲間の訃報、心中お察しする。だが、彼女たちを殺めたのは黒いツギハギだ。私達ではない」

「ほぉん?」

 彼はそっぽを向いた。
 私は、そこに何かあるのかと気を取られた。

 一瞬だった。
 しかし、それは致命的な隙だった。

「覚えとけ。ここじゃ強い方がルールだ」

 声が聞こえた。
 それを認識した時には、身体が壁に埋まっていた。

 少し遅れて額と背中に激しい痛みを感じた。
 微かに赤く染まった視界には、醜悪な笑みを浮かべた男の顔が映っていた。
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