マイナーVtuberミーコの弱くてニューゲーム

下城米雪

文字の大きさ
13 / 68

第12話 お披露目ミーコ

しおりを挟む
:ローディング猫なんか癖になってきた
:これミーコの手書きなんやろ?
:5分で描けそう
:絵心(
:かわいい

 配信が始まる前の待機画面。
 ミーコは今、ちょっぴりホットだった。

 一万回再生された切り抜き動画。
 魂も知らない猫の一件による小さなバズ。

 その結果、千人弱の暇人が集まった。
 彼らは、ぽつりぽつりとコメントを投稿して、配信開始を待っている。

 突然、配信画面が切り替わる。
 フードを被った少女の姿が映し出された。

:おっ
:始まったか?
:かわいい
:舞ってた!

 ミーコは喋らない。
 口元に笑みを浮かべ、左右に揺れている。

:かわいい
:なんか言えよw
:フード邪魔じゃね?
:かわいい
:ミーコ喋って!

 コメントの勢いは普段と比較にならない。
 有名Vtuberと比較すれば緩やかだが、もはや全てのコメントに返事をすることは不可能な程であった。

 ミーコは動きを止めた。
 その直後、小さな手がフードを掴む。

:手!
:かわいい
:!?

 ミーコは滑らかなアニメーションでフードを脱ぎ、頭を左右に振った。

 二つ結びの長い髪が揺れる。
 初めてハッキリと顔が見えた。

 ミーコは快活そうな笑みを浮かべ、得意気な表情を披露した。その瞳に、不安の色を浮かべながら。

 直後、コメントは一気に勢いを増す。

:ふぁっ!?
:モーションすご!
:かわいい
:なんこれ!?
:脱いだ!?

 Vtuberの動きは、大きく分けて二種類ある。
 首から上だけ動かすタイプと、全身を動かすタイプである。

 どちらも、現実の人間をカメラで撮影して、その動きをアバターの関節に反映させている。

 ミーコは少し違う。
 一般的な配信ツールは使用せず、兄が作ったツールを使用しているため、ボタンを押すだけで複雑な動きを見せることができる。

 もちろんミーコにアニメーションをアピールする意図は全く無い。ただの思い付きである。

 衣装の変化も決して珍しいことではない。
 パーカーのチャックが独りでに閉じたり開いたりするとか、そういうシンプルな動きは稀によくある。

 しかし手書きのアニメーションみたいに洗練された動きは滅多に無い。

 ミーコの動きは完璧だった。
 妹の晴れ舞台を盛り上げるため、兄が本気を出した結果である。

 リスナーの期待感が高まった。
 その熱を感じ取ったかのように、彼女は声を張り上げる。

『にゃっほろぉ~!』

:声でっかw
:かわいい
:耳痛い
:待って待ってフードどうやって脱いだの?

『肉体を手に入れたミーコだよ!』

:草
:かわいい
:あの謎猫がこんな美少女になるなんて
:さっきの謎技術について詳しく!
:wktk

『来てくれて嬉しい。ありがと!』

 その声は少しだけ上擦っていた。
 瞳には兄特製の配信ツールが映っている。

 いくつかのボタン。配信画面。
 そして、視聴者からのコメント。

『うぉぇぁっ!? コメントはやァ!?』

 彼女は声を出すことで緊張を紛らわす。

『サラマンダーより速ァい!』

 コメント欄には中々の勢いでリアクションが投稿される。その大半は「会話」を前提とした内容ではなく、単なる感想のようなものだ。

 これまでの視聴者は常に一桁だった。それは、あえてマイナーな配信を見る者達。コメントは会話を想定した内容となる。しかし今回は違う。全てのコメントに返事をすることが当たり前だった彼女は、それはもう戸惑った。

『すまん! コメント全然ひろえん!』

 ミーコは唇をへにょへにょにして、ポロポロと涙を流すアニメーションを披露した。

:無理に拾わんでもええよ
:声かわいい
:表情www
:ほんま謎技術

『とりあえず自己紹介するね! 許せサスケ! ツイッターで返事するから!』

:ツイッター?
:?
:かわいい
:知らない子ですね……
:ツイッター?
:???

 彼女は声だけで分かる程にテンパっている。
 それでも震える手を必死に操作して、事前に用意した自己紹介を始めようとした。

:!?
:なんか一回転したぞw
:この謎技術どうなってんの?
:かわいい
:全身トラッキング?

『うぉぇぁっ!? 間違えた!?』

 結局、彼女は三回もボタンを押し間違えた。
 全てアニメーションのトリガーであり、放送事故には至らなかったが、そのミスは彼女の精神に多大なるダメージを与えた。

『はにょゎっ、どれだっけ、どれだっけ!?』

:落ち着けw
:何してんの?
:かわいい

『これぇ!!』

 画面にはプレゼンっぽい表紙が映った。
 ミーコの姿は、右下の方に固定されている。

 ──ミーコの自己紹介
 彼女はタイトルを読み上げ、ページを捲った。

『ゲーム配信とか雑談配信とかやるよ!
 時間は夜の九時から一時間! 頑張って早起きする!』

:早起き?
:早起きとは
:早起きw
:かわいい
:朝じゃなくて?

『夜九時はヒキニートの早朝!』

:草
:ヒキニートなんか
:夜行性
:かわいい

『アーカイブなるはや!
 編集した動画を投稿してから寝る!』

:( ˘ω˘)スヤァ
:寝るんかw
:かわいい
:ほえー

『今日は、お前にミーコのこと知らしめる!
 スライドは残り五枚!
 最後まで付き合ってくれよな!』

:知らしめるw
:もっと他に言い方あるだろw
:かわいい
:草
:賢そう

『ママはむしゃピョコさん!
 最初のメッセージが四万文字だったり、
 深夜に送ったラインに一瞬で既読が付いたりして怖い!』

:怖いwww
:草
:四万文字!?
:かわいい
:確かに怖い
:あの人そんな感じなんかw

『パパは兄!
 ペンネームとかじゃなくてガチの兄!』

:兄妹でやってるんか
:きゃ~! お兄様~!
:ほえー
:かわいい
:お兄さん!

『SNSのハッシュタグはミーコ学園!
 ミーコは校長か理事長。お前らは生徒!

 入学条件は、チャンネル登録をすること。
 年齢制限なし! 永久とわに留年してくれよな!』
 
:入学した
:かわいい
:割と設定作り込んでるのな
:期待の新人

『目標は生徒数百万人!
 絶対に達成するから、応援よろしくな!

 こほん。あー、あー。
 生徒諸君には、ミーコ学園を布教する義務があります。

 ヌヒヒッ、なんちゃって。
 ミーコはがんばるけど、お前らは程々に楽しんでくれよな』

 テンポ良く、ゆっくり喋る。
 ひとつひとつの言葉を強調する。

 Vtuberを見慣れていない人は、アニメみたいな話し方だと思うことだろう。これはマイクにしっかりと音を乗せる為の技術である。

 毎日活動を続けた一ヵ月間。
 彼女は目標である千人のフォロワーを手に入れることができなかった。

 しかし、無駄なことなんてひとつもない。
 彼女が「無意味」だと思っている「十年間」も、今この瞬間に繋がっている。

 普通の人は、マイクに声が乗らない。
 聴き取りやすい声を習得するためには、相当な期間の訓練を必要とする。

 だけど彼女は、そもそもマイクを通して会話することが当たり前だった。

 このため、有名なVtuberの喋り方を真似するだけで、あっという間にプロレベルの発声技術を習得することができたのである。

 彼女は気が付かない。
 マイクに向かって喋るという「当たり前」の中に、人生が詰まっている。それが、ミーコの魅力を伝える武器になっていた。

『ミーコ考えたんだよね。
 どうすればミーコのこと伝わるのかなって』

 ミーコには教養が無い。
 それもまた、シンプルな言葉を選ぶことに繋がり、プラスに働いている。

『他の人を見てたら、
 声帯の写真を見せてる人が居たのね?』

:なにそれ
:どこのお嬢様w
:ですわ~!
:🦂
:かわいい
:声帯???

『すごいよね。びっくりした。面白い。
 だから、ミーコのソースコードを見せます』

:ソースコード!?
:なんそれwww
:どゆことwww

『じゃん!』

:なんも分からん
:バイナリーで草
:!?
:なにこれwww

『この部分が、頭です』

:分からんw
:www
:かわいい
:草
:なにこれwww

『こっちが脚で、こっちが……耳かな?』

:なんかモザイクあるな?
:モザイクなにそれ

『モザイクは見ちゃダメ! えっち!』

:草
:ソースコードに恥じらいという新概念
:ある意味で全裸だもんな
:かわいい
:草

 彼女は、それはもう必死だった。
 たまーにコメントを拾うけど、九割は見えていない。文字は読めるのに、その意味が頭に入って来ない。

 後に彼女は言う。
 最初の配信、ぜーんぜん覚えてない。

 その言葉の通り、彼女は無心で喋っていた。
 最初に用意したプレゼン資料に添って、とにかく思い付いたことを口にしていた。

 結果、そこそこ受けた。インフルエンサーである「むしゃピョコ」の協力もあり、ミーコ学園には次々と入学希望者が現れた。

 その勢いは凄まじいもので、あっという間に一万人を突破した。
 そして二万人を目前としたところで──ピタリと、勢いが止まった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について

のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。 だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。 「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」 ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。 だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。 その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!? 仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、 「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」 「中の人、彼氏か?」 視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!? しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して―― 同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!? 「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」 代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

処理中です...