マイナーVtuberミーコの弱くてニューゲーム

下城米雪

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第31話 RTAチャレンジ 終

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 午後九時。
 三千人弱の視聴者に見守られる中、配信が始まった。

 ミーコの練習配信中とは視聴者数の桁が違う。大半の視聴者は真希のファンだが、連日の挑戦によって注目度が高まった結果、新規の割合も高くなっている。

 配信者は、アナリティクスと呼ばれる分析レポートを見ることで、視聴者が新規かリピーターか確かめることができる。

 真希は連日「うっひょー!」と目を金にしてアナリティクスをチェックしているのだが、ミーコはRTAに集中しているため全く気が付いていない。

 ある意味、完璧な分業である。
 企画の立案に集中する真希。企画の実行に集中するミーコ。

 今宵、一端の区切りを迎える。
 真希とミーコが異なるベクトルで緊張感を覚える中、真希が最初の言葉を発した。

『うぃ~』

:うぃ~
:はじまった!
:^q^

 その言葉によってコメントが加速する。
 視聴者数の桁が違うこともあり、ミーコの練習配信中とは全く勢いが違っていた。

『まさかここまで来るとは思わなかったねぇ』
『ミーコ、そんなにウチと入こたしたくなかったの?』

 真希、さっそく「入こた」というワードを擦る。
 これは限界化した変態が生み出したパワーワードとして、視聴者の間でじわじわと浸透していた。真希は、あわよくば、44.5という魔法の数字のように、何年間も擦られ続けるワードとして残したいと思っている。

『……ふしゅぅ~』

 ミーコは本番に向けて集中力を高めていた。

:かわいい
『かわいい』

:うわっ、真希と一致した。嫌すぎ

『うわっ、真希と一致した。嫌すぎ。
 ……あぁっ!? ウチと感想が一致したら何が嫌なんだテメェ!?』

:草
:気持ちは分かる
:wwww
:キレ芸珍しいw

『うぃ~、というわけで四日目だけど、一応企画の説明するよ~』

 真希は気怠そうな感じで言った。
 その直後、配信画面に謎のウィンドウが現れる。

『えいっ』

 全画面になった。
 それは、RTAチャレンジの軌跡をまとめた動画。

:!?
:なにこれw

 練習。本番。深夜の追加行動。
 そして、今日配信されたばかりの練習に至るまで。

:クオリティ高くて草
:珍しく本気やんけ

 RTA本番の視聴者数は、練習中とは桁が違う。
 単純に数字を見ると、九割の視聴者は練習を見ていないことが分かる。

 だから真希は動画を用意した。
 目的は、企画の趣旨とミーコの軌跡を伝えることである。

:惑星ゲーム上手すぎん???
:練習こんなPONまみれだったのか

 真希の狙い通り、ミーコの軌跡が視聴者に伝わる。
 
『……はい、というわけで』

 およそ七分後。
 再び画面に現れた真希とミーコ。

 今日の真希は、限界オタク衣装ではなく普段の服を装備している。ミーコはフードを脱いだ状態で、三日目あたりからシレッと現れたコントローラー(兄作)を持ち、開始の合図を今か今かと待っていた。

 そして、二人の間にはゲーム画面がある。

『御託はいらねぇ!
 こたつ おあ クリアぁ!

 RTAチャレンジ四日目!
 種目は壺親父! 目標タイムは10分!

 開始ィィィィ!』

:うぉぉぁああああ!
:いけるか?
:10分!?
:ミーコがんばれ!

 初見。真希のファン。ミーコのファン。
 色々な立場からのコメントが入り乱れる。

 そして、挑戦が始まった。

『タイマースタートです。まずは壺から親父が現れます。地面をつついて小ジャンプ大ジャンプ枝に触れ頭を叩いてピョン。岩に生えた枝を使って小ジャンプ。次の岩を叩いてオール、木、家、岩、土管を超えてハヤァァァァァ!?』

:!?
:ふぁっ!?
:ガチ勢の動きやん
:なんだこれwwww

 まるで世界一位の動画をトレースしたかのような動き。
 それを目の当たりにした視聴者達は大騒ぎだった。

:TASか?
:今朝の前半だけ見たんだけど中身変わった?
:ラスボス(最初の木)超えたらこんなもんよ
:本当にミーコ? お兄ちゃん召喚してない?

 ゲームが苦手な配信者ならば何十時間も要する道。
 ミーコはノーミスで最短ルートを駆け抜け、瞬く間に最終エリアまで到達した。

:はえぇぇぇぇ!?
:あとちょっと!

 雪山を超え、最後の鉄塔が見えた。
 この鉄塔を突破すれば宇宙が見え、ゲームクリアとなる。

『ミーコ、このままクリアなるかぁ!?』

 真希は(うわこれ実況追い付かねぇよ)と思いながら、とりあえず声を出した。

:やったか!?
:これ一分切るのでは?
:真希ざまぁwww

 壺親父の持った鍬が鉄塔に触れる。
 ひとつ目。ふたつ目。そして――

『あっ』

 ミーコの声。

『んぉっと?』

 真希の声。

:!?
:えっ
:ここで!?

 ゴール直前。
 ミーコ、操作ミス。

『ぃぁぁぁ……』

 声にならない悲鳴。
 壺親父はふんわりと落下して、鉄塔の直前にある雪山に落ちた。

『ここで痛恨のミスぅ!』

:真希嬉しそうで草
:^q^
:人間アピールたすかる

『おっと? ミーコ動かないぞ?』

 真希、出番が来たとばかりに盛り上げる。
 
『まさか、トラブル発生かあ!?』

 内心では「普通にクリアできそうだけど」と思っている。当然だ。直前までの超絶技巧を目にすれば、残り9分でクリアできないと考える方が難しい。

 他の視聴者も同様だった。
 しかし、ミーコは十秒経っても動かない。

『ミーコ大丈夫? 
 マウス破壊した?』

:言い方ァ!
:破壊w
:大丈夫かな
:予備! 予備!

 ミーコ、まだ動かない。
 流石にコメント欄にも不穏な空気が流れ始めた。

 瞬間、壺親父の鍬がゆっくりと動いた。

『おっと! ミーコ復活か!?』

:動いた!
:良かった~

 しかしミーコはプレイを再開しない。
 正確には、できない。ミーコは……普通のプレイを知らないのだ。

『まだ動かない。
 ミーコ、トラブル継続かァ!? だけど時計は止めません!』

:草
:最低なんよ
:^q^
:そこまで入こたしてぇかwww

 真希、視聴者の熱量を下げないために愉快な発言をする。
 だが内心では冷や汗を流し、必死に考えていた。

 命題、なぜミーコが動かないのか。
 普通の相手なら会話すれば良いのだが、ミーコ相手にそれは難しい。

『残り八分! ……いや、ここから八分なら余裕か?』

 故に、考える。
 真っ先に思い浮かぶのは機材トラブルだが、先程から鍬がピコピコ動いている。

 舐めプか?
 いや、ミーコの性格的にそれは無い。

 加速する。加速する。
 真希の限界オタク知識が、ミーコの性格などから答えを導き出そうとする。

(……そういえば、後半ずっとRTAの動きをトレースしてたっけ?)

 瞬間、気が付いた。

『まさかミーコ、普通のプレイ方法、分からない?』

:草
:何言ってんだこいつ

 視聴者達からツッコミを受ける真希。
 しかし、その発言で一部は気が付いた。

:そっかRTAしか練習してないから
:いや、でもそんなことある?
:まさか……
:いやいや……

『リスタートは失格とします』

 真希、ここで先手を打つ。
 その方が面白くなると思ったからだ。

『一応にわか勢に解説しようかな』

 真希はミーコがRTAの練習しかしていないことを説明した。
 その後、視聴者達は「リスタート禁止」という発言の真意を理解する。

:うわぁ

 真希に対する反応は、大体こんな感じだった。

:そんなことある?
:ミーコがんばれ!
:大丈夫もうちょっとだよ!
:いやでも下手したら落下して全ロス……

『……すぅぅぅぅ』

 ミーコ、深呼吸ひとつ。
 真希の発言を否定することは全くない。

 実際、正解だった。
 ミーコはこの状況からクリアする方法を知らない。

 そして本来の彼女は最初の木(ラスボス)を突破するだけで多大な時間を要した。残り時間七分弱。本来のラスボスである鉄塔を超えることは、極めて難しく思える。
 
 でもそれは他のことも同じだ。
 デビュー以来、ミーコは快進撃を続けている。

 決して簡単な道ではなかった。彼女は自分に対して好意的な相手と通話するだけで精神を擦り減らすような人間なのだ。もしも否定的な相手が現れたら、その瞬間に歩みを止めてしまうかもしれない。

 恵まれている。
 とても、とても、恵まれている。

 だから、このくらい、やってやる。
 自分が頑張れば解決できることは、全部、やってやる。

『……ぃひぁぁぉ』

 行くぞぉ! と気合いを入れたつもりだった。
 でもその声は「真希」という他者の存在を意識したことでへにょへにょになった。

 プレイ再開。
 ミーコ、慎重に鍬を操作する。

:なんだこの緊張感
:ミーコがんばれ~!
:大丈夫。ミーコ。あなたなら、きっと

 鍬が地面に触れた。
 そのまま小ジャンプを繰り返し、鉄塔の足元まで移動。

『残り五分! 間に合うのか!?』

:リスタート禁止した女が何か言ってる
:^q^
:のぼれ~!

『さぁゆっくりと鉄塔に触れて……ジャンプ! 
 ………………あぁぁっ!? また落下です!』

:惜しい!
:これは厳しいか……?
:中の人、変わった?

『……ラスボスぅぅぅ』

 ミーコの絞り出したような声。

:これが真のラスボスか
:真も何もこいつだけがラスボス定期
:その先にある隕石では?

『残り四分! 怪しくなってきたかぁ!?』

:うっきうきで草
:殴りたい。この笑顔

 真希が煽る。
 視聴者が騒ぐ。

『残り三分!
 まだ鉄塔が超えられなぁい!』

 ミーコは大苦戦していた。
 しかし、最初の木が超えられなかった頃よりは操作が上達しており、全く動けない状態ではない。ちょっとずつ、ちょっとずつ、最高到達点を伸ばしている。

:惜しい!
:成長してるよ!

 クリアか、失敗か。
 結果は誰にも読めなかった。

『残りにぃふぅん!』

 真希の実況にも熱が入る。

『これで何度目の挑戦だろうかぁ!
 鉄塔の真下に移動して、呼吸を整え……行った!

 ひとつ目! ふたつ目!
 思い切りの良いマウス捌きで……あぁ!? また落下だぁ!』

:ガチ惜しい
:沼ってるねぇ
:もうちょっとだった

『さあ残り時間も僅か……あぁぁ!? これはぁ!?』

:マジか……
:おぃおぃおぃ……
:ここで!?
:あぁ……
:終わった
:えぇぇ
:うわああああああ

 悲鳴が止まらない。これまで鉄塔付近に落下していたミーコだったが、さらに下のステージにまで落下してしまった。

 もはやクリアは絶望的である。
 誰もがチャレンジ失敗を意識した。

 視聴者も。真希も。
 ミーコの応援を続けている四天王さえも。

 だが。

『あっ』

 これ、知ってる。

:!?
:!!?
:!?!?

 ミーコはRTA動画を模倣していた。
 少しでも位置が変われば何もできない程に完コピである。

 練習中、失敗する度にリスタートしていた。
 しかし何度か途中から復帰を試みたことがある。

 理由は、なんとなく。
 行ける気がする。前とシチュエーションが似ている。

 何時間も練習したわけではない。
 ほんの半日、全力でチャレンジしただけ。

 だけど、ミーコの体感時間は違う。これまで逃げ続けていたミーコの覚悟と、それが生み出す集中力は常軌を逸していた。

 だから、分かった。

 練習と本番が偶然にも一致した瞬間。
 コンマ一秒にも満たないチャンスを見逃さなかった。

『残り一分!
 どうなる!? どうなるミーコぉ!!!』

:いけぇぇぇぇx!

『再び驚異的なスピードぉ!
 雪山を超え、鉄塔に鍬を突き刺し――うぉおおおおお!!!』

:来た!?
:マジぃ!?
:すげぇえええええええ!

 ミーコは鉄塔を攻略した。
 画面上に表示されるタイマーを見ると、時間は一分も残っていない。

『あとは隕石を超えるだけ!
 ミーコ! とびたてるかぁ!?』

 もはや、このタイミングでミスは無い。
 ミーコの努力が実を結ぶ瞬間が、直ぐそこにある。

『あっ』

 誰もが成功を信じて疑わなかった。
 その刹那、――手汗。

『えっ?』

:?
:???
:?????

 登場人物全員、混乱した。
 残り時間、二十秒。ミーコはひとつの隕石に引っかかった。

『ミーコぉ!?』

 真希、叫ぶ。

『っ~~~~~!?』

 ミーコ、声にならない悲鳴をあげる。
 そしてパニック状態に陥った様子でマウスをぶん回す。

『の、残り十五秒!』

 真希、困惑。

『にゅぅぅぅぅぅぅぅ!』

 ミーコ、全てを忘れて嘆き叫ぶ。
 唇を嚙み、瞳には涙を浮かべ、兄に祈る。

『残り十秒!』

 奇跡は何度も起きる。
 渾身のガチャプレイによって、隕石を突破した。

『九、八、七……』

 真希がカウントダウンを開始する。
 ミーコは今もガチャプレイを続けているが、ここから先は祈るしかない。

 タイムアップが先か。
 ゲームシステムにおけるクリア判定が先か。

『六、五、四……!』

 この瞬間、視聴者数は四千人弱。
 とても多くの人々が見守る中――

『終了~!』

 ミーコのRTAチャレンジは、終わった。

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