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第30話 RTAチャレンジ 4
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『RTAチャレンジ3日目!
始まるよ~!』
午前8時。
ミーコは今日も元気に配信を開始した。
:舞ってた
:わくわく
:また深夜に追加行動してて草
三日目のゲームは『登るだけ!』
その名の通り登るだけのゲームである。
ただし、山などを登るわけではない。
空中に浮かぶ謎の物体を登り続けるゲームである。
仕様上、何度もジャンプする必要がある。
もしも足を踏み外したり操作を誤ったりした場合、容赦なく落下する。
現在の視聴者数は三百人弱。
前日からさらに百人も増えており、企画の効果は上々と言える。
:このゲーム懐かしい
:ミーコまた初見なのかな
『初見だよ~』
:マジか
:逆に何なら知ってるんだよ
『……知ってること。
お兄ちゃんが使ってるパソコンの名前?』
:今それ関係ある?
:危なかった。収益化されてたら赤スパしていたところですわ
:教えて
:教えてくださいまし
:教えて
:なんか怖いやつおるな
こうして今日もRTAの練習が始まった。
これから12時間、ミーコは視聴者達と会話しながら目標達成を目指す。
今回の目標は30分。
絶妙な時間設定であり、バグを除いたショートカットを駆使してノーミスで駆け抜けた時のタイムが大体30分程度となる。
『これ、どこに行けば良いの……?』
ゲーム開始直後。
ミーコはスタート地点付近にある荒廃した街を彷徨っていた。
:右の方にエレベーターがあるよ
:そのまま真っ直ぐ
:いったん戻って
:たぶんひだり!
:下に行けるよ
『意見統一して!』
視聴者達はミーコで遊び始めた。
もちろん過剰に妨害するようなことはしない。正確には、できない。結局コメントは文字であり、複数人が同時にコメントしているから、ミーコに伝わる情報は全体の平均値となる。例えば――
:ここは真っ直ぐ
:真っ直ぐだよ
:左
:真っ直ぐー
このようなコメントを見れば、誰でも「嘘つきが一人」と判断することだろう。
『真っ直ぐだね! おっけー!』
こうしてミーコは、
『行き止まりじゃん!!!』
:草
:やったぜ
:wwwww
:^q^
『騙されたー!』
理想的なリアクションを聞いて視聴者達は歓喜した。
そのうちコメント欄に奇妙な一体感が生まれ、ミーコとの高度な心理戦が始まる。
『これ向こうまで飛べる?』
:無理
:迂回した方が良い
:無理だよ
『うぉりゃ!』
:ちっ
:ダメか
『もう騙されないからね!』
:それにしてもキャラコンうめぇな
:ほんと迷いが無い。よく落ちるけどw
『落ちるのは騙された時ィ!』
:かわいい
:ごめんてw
ミーコの挑戦は続く。
『たかぁい! 雲より上まで来ちゃった!』
:ミーコは高所恐怖症とか無いの?
『こうしょきょふぉ、こうしょきょうふしゅ、ふしょっ、むー!』
:言えなくて草
:そんな難しいか?
『無いよ!』
:ゴリ押し
:かわいい
『人間より怖いものは無いよ』
:あっ
:草
『何これ!? 虹の道!?』
:もうここまで来たのか
:意外と早かった
午後一時頃。
およそ五時間のプレイを経て、ミーコはゴール間際のステージまで到着した。
『これ通れる?』
:通れるよ
:行ける
:普通に行ける
『……ほんとか?』
:疑ってて草
:ミーコ信じて!
:ここは普通に行ける。大丈夫
ミーコはコメントを無視してカメラをくるくるした。
『他の道無いなぁ……』
:ひどい! どうして信じてくれないの!
『お前が騙すから信じないの!!』
:草
:それはそう
:だって良い声で鳴くから……
『反省して!』
ミーコはぷんすかしながら虹の道を進む。
『行けた~!』
:かわいい
:言ったじゃん!
『ピザぁ! おいしそ~!』
:ここも普通に行けるよ
:真っ直ぐ進もう
:そろそろお昼休憩にする?
『これどこかな? 一旦チーズ?』
:いけるよー
:正解
:ここも普通に真っ直ぐ
『お昼なに食べようかなぁ』
ミーコは特に疑わず、チーズに飛び乗った。
『あぇっ?』
床が落ちるタイプの罠。
『あぇぇあぁぁあああ!?』
:これが見たかった
:みんなのトラウマ、チーズくん
:お腹痛い
『お願い止まって! この辺で止まって!』
このゲームは前日の岩親父と似ている。
普通にプレイした場合、長時間のプレイが必須であり、途中で失敗した場合は過去の努力が水の泡となる。
:人生って感じだよね
:またゼロから頑張ろうね♡
『とまってぇぇぇぇ! なんでぇぇぇぇ!?』
途中のステージに落下すれば、傷は浅い。
しかし最悪の場合、スタート地点まで落下することになる。
そして、このチーズ。
高確率でスタート地点まで落下するように作られている。
『…………』
:全ロスwww
:放心状態で草
『…………』
:こたつwwww
:こもっちゃったwwww
彼女は画面から離れる。
そして『なぁぁんでぇぇぇ!?』と叫んだ。
:かわいそうw
:最高www
彼女はそのまま昼食休憩を始めた。
視聴者に何も言わず。
:戻ってこないwww
:昼休憩かな?
:ワイも休むか……
平日の昼間。
こんな時間から視聴しているのは、どういう層か。
シフト勤務で休み。専業主婦。ニート。あるいは在宅勤務でラジオしている不真面目なエンジニア。どちらにせよ心に余裕を持った者が多く八割の視聴者はミーコの帰りを気長に待った。
三十分後。
『冷蔵庫のチーズ駆逐してきた』
:お帰り
:草
:待ってた
:おっ、戻ったか
ぽつりぽつりとコメントが投稿される。
ミーコは深呼吸をして、ふと冷静になった。
『……これノーミスだったら三十分でクリアできる?』
ミーコは素早くプレイしていた。
その記憶を振り返り、仮にノーミスでも三十分を切れるとは思えなかった。
:無理
:無理だよ
:絶対無理
『待って。真面目に教えて。本当に無理?』
:無理
:プロでも四十分くらい
:ショートカットあるよ
『ショートカットあるの!?』
:ある
:あるよ
:うん
『最初に教えてよぉ!?』
かくして、ラジコン・ミーコ編が開幕した。
これまでミーコで遊んでいた視聴者達は、一転して協力的になる。
このゲームはバグを駆使すれば数分でクリアできるのだが、それは言わず、驚異的な一体感によって、大体30分くらいでクリアできるルートを教えた。
そのまま夜を迎え、本番。
ミーコは今回もギリギリでクリアした。
* * *
『四日目ぇあぁあああああ!』
:テンションたっかwww
:草
:舞ってた
:かわいい
『早起き慣れてきたかも!』
:えらい!
:かわいい
:逆にいつ寝てるのか気になる
『今日はこれ!』
◯木曜日
作品 壺親父
目標 10分(世界記録1分
ミーコは画面に画像を表示した。現在の視聴者数は四百人ちょっと。連日のRTA企画によって、程々に人が増えている。
『あははっ、何この人、壺から生えてる』
:開幕かわいい
『あれっ、なんか見たことある……かも?』
:昨日のゲームに出てたよ
『昨日の……あっ、あー! 金ぴか壺おじさん!』
:覚え方よ
:そうそれ
:作者が同じなんよ
『同じ作者さん!』
ミーコは何か閃いた様子で言った。
『ショートカット教えて』
:声低くて草
:ジト目たすかる
:教えない
:一回は自力でクリアしてくれ
『……普通にやったら何分くらい?』
:十分くらい?
:初見だと十二時間で終わるか微妙
:俺は二十分前後だった
:ミーコなら三時間くらいじゃない?
『むー?』
ミーコは(なんか今日ちょっとコメント多いかも?)と思いながら目を細め、とりあえずプレイを始めることにした。
『むむー?』
:何してんのw
:踊ってて草
:もしかして操作方法分からない?
このゲームはマウスをクルクル回してプレイする。
またしても完全に初見であるミーコは、どうやったら進めるのか分からず、マウスを雑にクルクルしていた。
『にゃっ!?』
偶然、前に進む。
この一回でミーコはやり方をふんわり理解した。
『地面に引っ掛けるのか!』
:かわいい
:何このかわいい生き物
:耳がぴょこぴょこ動くのほんますこ
これはミーコ本人も知らないが、兄の粋な計らいによって、声色に応じて耳が動く仕様になっている。
ミーコは今日も元気にゲームをプレイする。
初日の惑星ゲームでは驚異的なパズル力を見せ、二日目と三日目にはヒキニートとは思えないような集中力を魅せた。特に三日目は、まるで自分の身体を動かしているかのようなキャラコンを披露して視聴者を驚かせた。
この猫、ゲーム上手いぞ。
そんな認識がにわかに広がっている。
そして迎えた四日目。
ミーコは――最初の障害物で沼っていた。
『なぁんでぇ!?』
開始から既に三十分が経過。
スタート地点の直ぐ隣にある一本の木が、どうしても超えられない。
:ここで沼る人初めて見た
:かわいい
:一生最初の木を突破できないミーコ耐久動画が始まったと聞いて
『むぎぃぃぃ~!』
:マウス壊れてない?
『マウスは壊れてないと思う……』
:もっと大きく動かしてみて
『やってみる!』
画面には下半身が壺に入った男性、壺親父が映っている。
彼は細長い鍬のような道具を持っており、これを障害物に引っ掛けて移動する。
操作方法は簡単。
マウスをクルクル回すだけ。
ミーコはマウスを時計周りに回転させた。
鍬がマウスの軌道を追いかけるようにして動き、木の枝に引っかかる。
ミーコは思い切りマウスを回転させた。
壺親父は空高く飛び上がり、そして――元の位置に着地した。
『なぁんでぇ!?』
:逆になんでだよwww
:わざとやってる?
『わじゃにゃぁ!』
わざとじゃないと言いたかった。
ミーコは目をキリッとさせ、プレイを再開する。
『……ラスボスたおす』
:ラスボスwwww
:チュートリアルなんだよなあ
朝からミーコの配信を見ている視聴者の多くは、応援したいと思っている。実際、先日のゲームでは的確な助言によってミーコをクリアに導いた。
しかし、今回は何もできない。
ミーコがシンプルに沼っているからだ。
:がんばれ~
応援したり。
:ミーコ休憩中?
『やってますけどぉ!?』
程々に煽ったり。
:ミーコ、結婚しよう
『やだ!』
:草
:ちゃんと拾ってくれて気持ちいい
戯れに求婚したり。
このような継続的なコミュニケーションによって、チュートリアルで一生沼ってる配信とは思えない程に盛り上がった。
そして午前11時頃。
開始から三時間以上が経過。
『キチャァァァァァァァ!』
:うぉっぉぉ!?
:やっとか
:おめでとう!
:チュートリアル突破おめでとう
『……何分経った?』
:197分
:200分くらい
『……世界記録、何分だっけ』
:1分
:1分
:1分
『…………』
:( ゚Д゚)
:顔wwww
『……………………い、っぷん?』
:遅いwww
:ググれば動画出るよ
『……動画?』
カタカタカタ。
……。
カタカタカタ。
…………。
かちっ、かちっ。
………………。
:視聴中かな?
:リアクションたのしみ
『…………おにい、ちゃん?』
:草
:ふぁっ!?
:お兄ちゃんまさかのRTA走者!?
:あらあら。そんなことではミーコ検定不合格ですわよ
『…………やばぁ』
:あれは人間の動きじゃない
:世間一般における「神がかり」のような最大級の賛辞をする時、ミーコは「神」ではなく「兄」という単語を用いるのです。覚えておきなさい
なんか語ってる奴のコメントが他のコメントに流されて消えるまでの間、ミーコは無我夢中で動画を観察していた。
:あらぶってるw
視聴者にはゲーム画面しか見えていない。
そこには、無意識に動画を模倣するミーコの動きが反映されていた。
それは意味不明な動きとなる。
単純に、ミーコと動画のゲーム画面が一致しないからである。
『……こう、こう、こう』
:学習中か
:流石に無理やろ……
『……よしっ』
ミーコがゲームをスタート画面に戻す。
そして、マイクに音が乗るほど深く呼吸をした。
:できるのか?
:いやいやいやいや……
:なんか緊張してきた
視聴者達がざわざわする。
ミーコはゲーム画面だけを見て、先ほど学習した通りに手を動かした。
:やったか!?
『あぅっ……』
:ですよねーw
:草
:かわいい
:10分くらいの人間向け攻略動画もあるよー
『……こう、こう、こう』
ミーコは再び動画を見て学習する。
とても集中していた。コメントは、目に入っていない。
そして二度目の挑戦。
クルッと回った鍬が木を叩き壺親父を浮き上がらせる。
その間にも鍬が動き、再び木を叩くことで、浮き上がった推進力を利用して前進。
:ふぁっ!?
:うっま
地面をたたき、次の障害物までの直線を駆け抜ける。
まるで熟練のRTA走者のような動きで二つ目の障害物を叩いた後――壺親父はあらぬ方向に吹き飛んだ。
『あぅっ……』
:惜しい!
:待って待って学習能力高過ぎん???
『……むずい~』
ミーコの耳が「しゅん」となる。
本気で落ち込んでいる様子だが、そのプレイは視聴者達に衝撃を与えた。
まさか、やれるのか?
今夜も奇跡を起こすのか?
――九時間後。
本番、始まる。
始まるよ~!』
午前8時。
ミーコは今日も元気に配信を開始した。
:舞ってた
:わくわく
:また深夜に追加行動してて草
三日目のゲームは『登るだけ!』
その名の通り登るだけのゲームである。
ただし、山などを登るわけではない。
空中に浮かぶ謎の物体を登り続けるゲームである。
仕様上、何度もジャンプする必要がある。
もしも足を踏み外したり操作を誤ったりした場合、容赦なく落下する。
現在の視聴者数は三百人弱。
前日からさらに百人も増えており、企画の効果は上々と言える。
:このゲーム懐かしい
:ミーコまた初見なのかな
『初見だよ~』
:マジか
:逆に何なら知ってるんだよ
『……知ってること。
お兄ちゃんが使ってるパソコンの名前?』
:今それ関係ある?
:危なかった。収益化されてたら赤スパしていたところですわ
:教えて
:教えてくださいまし
:教えて
:なんか怖いやつおるな
こうして今日もRTAの練習が始まった。
これから12時間、ミーコは視聴者達と会話しながら目標達成を目指す。
今回の目標は30分。
絶妙な時間設定であり、バグを除いたショートカットを駆使してノーミスで駆け抜けた時のタイムが大体30分程度となる。
『これ、どこに行けば良いの……?』
ゲーム開始直後。
ミーコはスタート地点付近にある荒廃した街を彷徨っていた。
:右の方にエレベーターがあるよ
:そのまま真っ直ぐ
:いったん戻って
:たぶんひだり!
:下に行けるよ
『意見統一して!』
視聴者達はミーコで遊び始めた。
もちろん過剰に妨害するようなことはしない。正確には、できない。結局コメントは文字であり、複数人が同時にコメントしているから、ミーコに伝わる情報は全体の平均値となる。例えば――
:ここは真っ直ぐ
:真っ直ぐだよ
:左
:真っ直ぐー
このようなコメントを見れば、誰でも「嘘つきが一人」と判断することだろう。
『真っ直ぐだね! おっけー!』
こうしてミーコは、
『行き止まりじゃん!!!』
:草
:やったぜ
:wwwww
:^q^
『騙されたー!』
理想的なリアクションを聞いて視聴者達は歓喜した。
そのうちコメント欄に奇妙な一体感が生まれ、ミーコとの高度な心理戦が始まる。
『これ向こうまで飛べる?』
:無理
:迂回した方が良い
:無理だよ
『うぉりゃ!』
:ちっ
:ダメか
『もう騙されないからね!』
:それにしてもキャラコンうめぇな
:ほんと迷いが無い。よく落ちるけどw
『落ちるのは騙された時ィ!』
:かわいい
:ごめんてw
ミーコの挑戦は続く。
『たかぁい! 雲より上まで来ちゃった!』
:ミーコは高所恐怖症とか無いの?
『こうしょきょふぉ、こうしょきょうふしゅ、ふしょっ、むー!』
:言えなくて草
:そんな難しいか?
『無いよ!』
:ゴリ押し
:かわいい
『人間より怖いものは無いよ』
:あっ
:草
『何これ!? 虹の道!?』
:もうここまで来たのか
:意外と早かった
午後一時頃。
およそ五時間のプレイを経て、ミーコはゴール間際のステージまで到着した。
『これ通れる?』
:通れるよ
:行ける
:普通に行ける
『……ほんとか?』
:疑ってて草
:ミーコ信じて!
:ここは普通に行ける。大丈夫
ミーコはコメントを無視してカメラをくるくるした。
『他の道無いなぁ……』
:ひどい! どうして信じてくれないの!
『お前が騙すから信じないの!!』
:草
:それはそう
:だって良い声で鳴くから……
『反省して!』
ミーコはぷんすかしながら虹の道を進む。
『行けた~!』
:かわいい
:言ったじゃん!
『ピザぁ! おいしそ~!』
:ここも普通に行けるよ
:真っ直ぐ進もう
:そろそろお昼休憩にする?
『これどこかな? 一旦チーズ?』
:いけるよー
:正解
:ここも普通に真っ直ぐ
『お昼なに食べようかなぁ』
ミーコは特に疑わず、チーズに飛び乗った。
『あぇっ?』
床が落ちるタイプの罠。
『あぇぇあぁぁあああ!?』
:これが見たかった
:みんなのトラウマ、チーズくん
:お腹痛い
『お願い止まって! この辺で止まって!』
このゲームは前日の岩親父と似ている。
普通にプレイした場合、長時間のプレイが必須であり、途中で失敗した場合は過去の努力が水の泡となる。
:人生って感じだよね
:またゼロから頑張ろうね♡
『とまってぇぇぇぇ! なんでぇぇぇぇ!?』
途中のステージに落下すれば、傷は浅い。
しかし最悪の場合、スタート地点まで落下することになる。
そして、このチーズ。
高確率でスタート地点まで落下するように作られている。
『…………』
:全ロスwww
:放心状態で草
『…………』
:こたつwwww
:こもっちゃったwwww
彼女は画面から離れる。
そして『なぁぁんでぇぇぇ!?』と叫んだ。
:かわいそうw
:最高www
彼女はそのまま昼食休憩を始めた。
視聴者に何も言わず。
:戻ってこないwww
:昼休憩かな?
:ワイも休むか……
平日の昼間。
こんな時間から視聴しているのは、どういう層か。
シフト勤務で休み。専業主婦。ニート。あるいは在宅勤務でラジオしている不真面目なエンジニア。どちらにせよ心に余裕を持った者が多く八割の視聴者はミーコの帰りを気長に待った。
三十分後。
『冷蔵庫のチーズ駆逐してきた』
:お帰り
:草
:待ってた
:おっ、戻ったか
ぽつりぽつりとコメントが投稿される。
ミーコは深呼吸をして、ふと冷静になった。
『……これノーミスだったら三十分でクリアできる?』
ミーコは素早くプレイしていた。
その記憶を振り返り、仮にノーミスでも三十分を切れるとは思えなかった。
:無理
:無理だよ
:絶対無理
『待って。真面目に教えて。本当に無理?』
:無理
:プロでも四十分くらい
:ショートカットあるよ
『ショートカットあるの!?』
:ある
:あるよ
:うん
『最初に教えてよぉ!?』
かくして、ラジコン・ミーコ編が開幕した。
これまでミーコで遊んでいた視聴者達は、一転して協力的になる。
このゲームはバグを駆使すれば数分でクリアできるのだが、それは言わず、驚異的な一体感によって、大体30分くらいでクリアできるルートを教えた。
そのまま夜を迎え、本番。
ミーコは今回もギリギリでクリアした。
* * *
『四日目ぇあぁあああああ!』
:テンションたっかwww
:草
:舞ってた
:かわいい
『早起き慣れてきたかも!』
:えらい!
:かわいい
:逆にいつ寝てるのか気になる
『今日はこれ!』
◯木曜日
作品 壺親父
目標 10分(世界記録1分
ミーコは画面に画像を表示した。現在の視聴者数は四百人ちょっと。連日のRTA企画によって、程々に人が増えている。
『あははっ、何この人、壺から生えてる』
:開幕かわいい
『あれっ、なんか見たことある……かも?』
:昨日のゲームに出てたよ
『昨日の……あっ、あー! 金ぴか壺おじさん!』
:覚え方よ
:そうそれ
:作者が同じなんよ
『同じ作者さん!』
ミーコは何か閃いた様子で言った。
『ショートカット教えて』
:声低くて草
:ジト目たすかる
:教えない
:一回は自力でクリアしてくれ
『……普通にやったら何分くらい?』
:十分くらい?
:初見だと十二時間で終わるか微妙
:俺は二十分前後だった
:ミーコなら三時間くらいじゃない?
『むー?』
ミーコは(なんか今日ちょっとコメント多いかも?)と思いながら目を細め、とりあえずプレイを始めることにした。
『むむー?』
:何してんのw
:踊ってて草
:もしかして操作方法分からない?
このゲームはマウスをクルクル回してプレイする。
またしても完全に初見であるミーコは、どうやったら進めるのか分からず、マウスを雑にクルクルしていた。
『にゃっ!?』
偶然、前に進む。
この一回でミーコはやり方をふんわり理解した。
『地面に引っ掛けるのか!』
:かわいい
:何このかわいい生き物
:耳がぴょこぴょこ動くのほんますこ
これはミーコ本人も知らないが、兄の粋な計らいによって、声色に応じて耳が動く仕様になっている。
ミーコは今日も元気にゲームをプレイする。
初日の惑星ゲームでは驚異的なパズル力を見せ、二日目と三日目にはヒキニートとは思えないような集中力を魅せた。特に三日目は、まるで自分の身体を動かしているかのようなキャラコンを披露して視聴者を驚かせた。
この猫、ゲーム上手いぞ。
そんな認識がにわかに広がっている。
そして迎えた四日目。
ミーコは――最初の障害物で沼っていた。
『なぁんでぇ!?』
開始から既に三十分が経過。
スタート地点の直ぐ隣にある一本の木が、どうしても超えられない。
:ここで沼る人初めて見た
:かわいい
:一生最初の木を突破できないミーコ耐久動画が始まったと聞いて
『むぎぃぃぃ~!』
:マウス壊れてない?
『マウスは壊れてないと思う……』
:もっと大きく動かしてみて
『やってみる!』
画面には下半身が壺に入った男性、壺親父が映っている。
彼は細長い鍬のような道具を持っており、これを障害物に引っ掛けて移動する。
操作方法は簡単。
マウスをクルクル回すだけ。
ミーコはマウスを時計周りに回転させた。
鍬がマウスの軌道を追いかけるようにして動き、木の枝に引っかかる。
ミーコは思い切りマウスを回転させた。
壺親父は空高く飛び上がり、そして――元の位置に着地した。
『なぁんでぇ!?』
:逆になんでだよwww
:わざとやってる?
『わじゃにゃぁ!』
わざとじゃないと言いたかった。
ミーコは目をキリッとさせ、プレイを再開する。
『……ラスボスたおす』
:ラスボスwwww
:チュートリアルなんだよなあ
朝からミーコの配信を見ている視聴者の多くは、応援したいと思っている。実際、先日のゲームでは的確な助言によってミーコをクリアに導いた。
しかし、今回は何もできない。
ミーコがシンプルに沼っているからだ。
:がんばれ~
応援したり。
:ミーコ休憩中?
『やってますけどぉ!?』
程々に煽ったり。
:ミーコ、結婚しよう
『やだ!』
:草
:ちゃんと拾ってくれて気持ちいい
戯れに求婚したり。
このような継続的なコミュニケーションによって、チュートリアルで一生沼ってる配信とは思えない程に盛り上がった。
そして午前11時頃。
開始から三時間以上が経過。
『キチャァァァァァァァ!』
:うぉっぉぉ!?
:やっとか
:おめでとう!
:チュートリアル突破おめでとう
『……何分経った?』
:197分
:200分くらい
『……世界記録、何分だっけ』
:1分
:1分
:1分
『…………』
:( ゚Д゚)
:顔wwww
『……………………い、っぷん?』
:遅いwww
:ググれば動画出るよ
『……動画?』
カタカタカタ。
……。
カタカタカタ。
…………。
かちっ、かちっ。
………………。
:視聴中かな?
:リアクションたのしみ
『…………おにい、ちゃん?』
:草
:ふぁっ!?
:お兄ちゃんまさかのRTA走者!?
:あらあら。そんなことではミーコ検定不合格ですわよ
『…………やばぁ』
:あれは人間の動きじゃない
:世間一般における「神がかり」のような最大級の賛辞をする時、ミーコは「神」ではなく「兄」という単語を用いるのです。覚えておきなさい
なんか語ってる奴のコメントが他のコメントに流されて消えるまでの間、ミーコは無我夢中で動画を観察していた。
:あらぶってるw
視聴者にはゲーム画面しか見えていない。
そこには、無意識に動画を模倣するミーコの動きが反映されていた。
それは意味不明な動きとなる。
単純に、ミーコと動画のゲーム画面が一致しないからである。
『……こう、こう、こう』
:学習中か
:流石に無理やろ……
『……よしっ』
ミーコがゲームをスタート画面に戻す。
そして、マイクに音が乗るほど深く呼吸をした。
:できるのか?
:いやいやいやいや……
:なんか緊張してきた
視聴者達がざわざわする。
ミーコはゲーム画面だけを見て、先ほど学習した通りに手を動かした。
:やったか!?
『あぅっ……』
:ですよねーw
:草
:かわいい
:10分くらいの人間向け攻略動画もあるよー
『……こう、こう、こう』
ミーコは再び動画を見て学習する。
とても集中していた。コメントは、目に入っていない。
そして二度目の挑戦。
クルッと回った鍬が木を叩き壺親父を浮き上がらせる。
その間にも鍬が動き、再び木を叩くことで、浮き上がった推進力を利用して前進。
:ふぁっ!?
:うっま
地面をたたき、次の障害物までの直線を駆け抜ける。
まるで熟練のRTA走者のような動きで二つ目の障害物を叩いた後――壺親父はあらぬ方向に吹き飛んだ。
『あぅっ……』
:惜しい!
:待って待って学習能力高過ぎん???
『……むずい~』
ミーコの耳が「しゅん」となる。
本気で落ち込んでいる様子だが、そのプレイは視聴者達に衝撃を与えた。
まさか、やれるのか?
今夜も奇跡を起こすのか?
――九時間後。
本番、始まる。
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天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
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※アルファポリス限定投稿
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※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
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