マイナーVtuberミーコの弱くてニューゲーム

下城米雪

文字の大きさ
56 / 68

第45話 そわそわミーコ

しおりを挟む
『諸君!』

:(`・ω・´)ゞ
:٩( ''ω'' )و
:( ゚Д゚)!?
:(;゚Д゚)?

『……んふっ』

 ミーコタイム。真面目なことを言う予定だったミーコは、統率の取れた生徒達のコメントを見て思わず笑った。そして数秒後、ハッとした様子で憤慨する。

『んも~!』

 その様子を見て、視聴者達は驚愕した。
 言葉ではない。映像を見て、驚愕している。

:手!?
:手!
:なにその手!?
:手ぇぇぇ!?

 ミーコのアバターは、まあまあ動く。
 例えばフードを着脱する時など、ぬるぬる動く。

 でも基本的にはアニメーションを再生しているだけであり、ミーコの動きがリアルタイムに反映されるのは、首から上だけだった。

 しかし、たった今ぷんすかしたミーコは、小さな手をぶんぶん振り回していた。

:お兄ちゃんか
:またお兄ちゃんかよ
:流石ですお兄さま
:相変わらず良い仕事しやがる

 生徒達は全て察した。
 それを見てミーコは唇を結ぶ。

 ミーコは新機能発表に向けたプランを用意していた。
 十五分くらい引っ張った後、じゃじゃーん、と発表する予定だった。

『……』

 コメント欄をじっと見る。

:( ゚Д゚)
:( ゚Д゚)
:( ゚Д゚)
:( ゚Д゚)

 配信者がコメント欄を見る時、視聴者達もまた配信者を見ている。

『むにゅぅぅぅぅ』

:負けボイスたすかる
:またミーコに勝ってしまった

『本番に合わせて用意しました! 兄が!』

 やけくそボイス。

:めっちゃ動く
:おててちっさ
:かわいい
:あぁ~^^

『りっすん!』

:はい
:おk

『…………』

:?
:どうした?

『…………』

:手がwww
:ミュート芸かわいい

『……明日だよぉぉぉぉ』

:あぁね
:もう明日なのか
:ためたねぇw
:今レートいくつなん?

『3000達成してから真希さんと秘密特訓してる~!』

:3000達成したの!?
:つよ
:おめでと~!
:真希に勝てた?

『2回勝った!』

:!?
:ま?????
:えっ!?

『……98回負けた』

:草
:ミーコと100本勝負したいだけの人生だった
:いやいやそれでもすごいって
:真希、過去の大会だと無敗じゃなかった?
:ミーコ優勝だろこれ
:ミーコしか勝たん
:師弟対決たのしみ

『…………』

 ミーコは口を閉じ、無言で両手をぶんぶん動かした。
 何を表現しているのか不明だが、そわそわしていることだけは伝わる。

:今日ミュート芸多いなw
:いつも手を動かしてた説
:お兄さまほんと良い仕事するわ
 
『……明日だよぉぉぉぉ』

:またw
:遠足前かな

『明日ぁぁぁ!』

:どんだけ緊張してるのw
:草
:かわいい

『……明日ぁ』

:哀愁漂ってる
:ミーコ大丈夫だよ!
:応援なら任せろ
:ぜったい見る
:勝敗とか気にすんな。俺たち生徒は楽しそうなミーコが見られたら満足

 ミーコ、コメントを凝視する。
 真希の指導によって鍛え上げられた動体視力は、程々に速いコメントを全て完璧に読み取った。

『……優しぃ』

 ミーコは感動した様子で言った。

『……みんなが優しいよぉ』

 この配信は、もはやミーコのファンミーティングだった。
 一生懸命に活動する姿を見て、ミーコを好きになった人だけが集まっている。

 現在の視聴者数、308人。
 1クラス40人弱として、8クラス分。
 ざっくり学年ひとつ分くらいの人数が集まっている。

『……どうしよう』

 彼女は熱くなった目元に手を当てた。
 配信画面におけるミーコは、頬に手を当てている。

『……ミーコ、なんて言ったら良い?』

 彼女の青春は、理不尽な悪意によって失われた。
 もしも彼女の定めたゴールが「青春のやり直し」であるならば、これ以上の結果は無い。これ以上、何も望むことが無い。それくらい温かい空間だった。

 こんな善意、彼女は知らない。
 だけど、なんとなく、分かることがある。

 みんなが期待している。
 ミーコを応援してくれている。

 どうして?
 彼女には、それが分からない。

 感謝の気持ちはある。
 応えたい。返したい。

 ただ、やり方が分からない。
 だから彼女は何も言えなくなった。 

:わたくしの自分語りを聴いてください。

 やがて、ひとつのコメントが投稿された。
 それは数多くあるコメントのひとつだった。他の生徒達もまた、急に沈黙したミーコを心配するような言葉を次々と投稿しているからだ。

:わたくしは、とある芸能活動をしておりました。

 だけど、そのコメントはミーコの目に留まった。

:昔からの夢だったのです。
:本当に嬉しくて……でも、何も知らなかった。
:噓ばかりの記事を書かれ、私の芸能生活は終わりました。
:毎日、誹謗中傷の言葉が届きます。
:住む場所を三度も変えました。
:その後、ずっと、ネットの世界で生きています。

 ぽつり、ぽつり、投稿されるコメント。
 顔も知らない相手による突然の自分語りなど、普通は全く興味が無い。

 だけど、少しずつコメントの勢いが弱まった。
 ミーコと雑談をする時みたいに、訓練された生徒達が、何かを察し始めた。

:ある日、ミーコと出会いました。
:夢に向かってひたむきに走る姿に惹かれました。
:その姿を見ていたら、わたくしも、もう一度、前を向ける気がしました
:目標の百万人は、まだ先でしょう
:みせてください
:あなたは、前だけを見てください

『……それが、わたくしの望みです』

 彼女は、無意識にそのコメントを読み上げていた。
 
:俺もミーコに元気を貰ってる
:RTAチャレンジ、諦めない姿に感動した!

 一人、便乗した。

:そういえば目標は百万人だったな
:お兄ちゃんを安心させたいんだっけ?
:こんな大会は通過点や。気楽に行け

 一人、二人、また一人。
 
:次のミーコをみせてくれ

 彼女は咄嗟に鼻と口をふさいだ。
 息を止め、未知の感情を必死に堪えた。

 その間にもコメントは止まらない。
 ほんの数ヵ月、されど数ヵ月。十年以上の間、同じ場所に固定されていた心と体を引きずって、ひたむきに走り続けた結果が、そこにあった。

 鋭く息を吸う音がした。
 彼女は顔を上げ、生徒達に告げる。

『本番! 明日!』

 彼女は感情を呑み込むことに成功した。
 だから、お腹に力を込めて、前を向いた。

:日付変わる? 変わらない?

 お約束となったネタ。
 迅速に、あるいは脊髄反射で投稿されたコメント。

『変わらない!』

:おっ、今回は宣言した
:寝る準備しちゃったわ

『寝ろ!』

:結局www
:寝ます
:はい
:流石に寝坊できんからな

『……すぅぅぅ』

 ミーコ、再び息を吸い込む。

『見てて!』

 そして、たった一言に、全部の想いを込めた。
 


 ――予選、開幕。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について

のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。 だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。 「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」 ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。 だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。 その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!? 仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、 「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」 「中の人、彼氏か?」 視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!? しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して―― 同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!? 「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」 代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!

処理中です...