マジカルカシマ

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記憶

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 ここで聞けることはもう無さそうだと獅堂さんも考えたみたい。
「では病院に行ってみましょう。荒井里雨りうさん、ご同行願います」
「待って下さい。今の従姉いとこはそんな状態ではありませんし、病院も事故の影響で応対できる状態ではありません。ただの事故ではなく高速バスが絡んでいるので想像以上に大変な」
 お兄ちゃんが驚いたように俺の肩を掴んで自分へと向かせた。

 りーちゃんが驚いて文字にならない悲鳴をあげた。
「誰!?」

 お兄ちゃんが心配そうに俺を見つめる。
「事故が深刻なのは、保育園の送迎バスが絡んでいるからでしょう?」

 ……。
「……え?」

 富士さんが手帳をめくる。
「園児・バスと書いてありますが、独自の速記なので荒井さんへの確認にはなりませんね」
 それからスマホを取り出して、少し操作してから耳に当てた。
「『が絡んでいて大変だろうから応援に行こうとした』の前にノイズが入っていて聞き取れません」
 獅堂さんが頷いた。
「こういうのは手書きに弱いんです。スマホのデータは消せても、手帳は文字通り書き換えられなかったんでしょう」

 俺の口から勝手に声が出る。
「うそだ……」
 獅堂さんは心配そうに俺を見てから富士さんに、たぶん断られると思ってるみたいに言ってみる。
「速記の法則を教えてもらうことは」
 富士さんは申し訳なさそうに首を振った。
「機密保持のために」

 そうだよな。
「大丈夫です。皆さんを信じます。
 病院に行くんですよね?
 一緒に行くのは俺だけでも構いませんか?」

 獅堂さんは富士さんに向かって答えた。
良治りょうじさんがいれば術の様子を見ることはできます」
 富士さんが頷いた。
「では里雨りうさんはここまでで。
 何か気が付いたことがあったらいつでもこちらにご連絡下さい。こちらからもまたご協力願うことがあるかもしれません」

 りーちゃんは両手で名刺みたいなカードを受け取った。

 イスに横向きに座るようにしてりーちゃんの方を向く。
「ここでゆっくりする?
 いつものスパに行く?俺からの開店祝いにどう?」
 本当は2人で話したいんだけど、刑事さんから離れてこそこそ話すのって怪しまれそう。

 りーちゃんはぼんやりと少し迷ってから呟いた。
「いく」
 ポケットからスマホを出して近所のスパへとメールを送る。お祖父ちゃんとオーナーが友達なんだ。
「誰か誘う?」
「香織」
「分かった」

 家族風呂予約の備考欄に「荒井里雨が2名で伺います。お会計は全てこちらまで。」と書く。お祖母ちゃんが柿原さんやナースさんによくやっていて、俺も柿原さんへの母の日とりーちゃんの誕生日プレゼントは毎年これだ。
「部屋とれたよ。
 俺はりーちゃんの作る自由な発想で寄り添うケーキが大好きだから、本当のオープン楽しみにしてるね」

 りーちゃんは90度にうつむいてしまった。「ありがとう」と言う声がすごく小さかったけどスパじゃない方が良かったのかな。それかまさか、お店やめたりしないよね?
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