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庵の簡素な門をくぐり、まずは音のする裏へ回る。やはり母上が薪を割っていた。
「静太郎!陽が昇りきってから来て!
それから盗人のように黙って入ってくるのはおやめなさい」
母上が人の気配に気付くのが早すぎるのだ。私の後ろの幹には以前母上が投げた手斧の痕がある。庵の守りを増やさない理由の一つだ。
「あまり早くからお邪魔してはご迷惑かと」
「どうせ午後は予定があると言ってすぐ帰るのでしょう?
だったら早めに来て母の話し相手くらいしてくれてもいいでしょう!
あの二人は海辺の干物か縁側の猫みたい!」
仮にも夫とその主を。
「まあまあ。大名といっても一万石。近隣大名、江戸のお偉方、民たちの板挟みでご苦労されたのです。
少し休んだら何か習い事でも共に楽しまれてはいかがですか?」
「静太郎ー?来ているのかー?」
父の力の抜けた声に、母はうんざりという様子で溜息を吐いた。
「大殿をお待たせしてはいけませんので、私はこれで」
山道を歩いて来たしすぐ帰るので庭から上座敷に向かう。殿と父は着流しで縁側に腰かけ麦湯を飲んでいた。
「どうだ?説得できたか?」
少し前まで殿と呼んでいた方に、でませんでしたとも無理ですとも言えない。代わりに今のところの案を伝える。
「今回の参勤交代では銀二郎を国に残そうと考えております。離れれば気持ちも落ち着くやもしれません」
殿がすぐさま首を振った。
「それは駄目だ」
父も続く。
「殿が臍を曲げて江戸に行かないとか出奔するとか言い出し源之助様が後を継いだら最上家が終わる。銀二郎もこっそり単身後を追って攫われでもして、頭脳を悪用されたら厄介だ。銀二郎には常に共をつけておきなさい。江戸にも殿のお供をさせるように。
その上で二人が納得する形で寧々殿との縁談を進めよ」
そんな無茶な。
ほぼ前回と変わらない会話をするために来た道かと思うと、下りとはいえ辛い山道だ。
道端の岩に腰を下ろして息を吐く。
静かだ。他家の家老、江戸家老の山田殿も共を連れずに歩くことなどないだろうが一人が落ち着く。
「静太郎様」
静かながらも強い声。姿は見えない。
結月だ。旅芸人だったのだが目を患い一座に置いていかれた。銀二郎の『食生活から見直してみては』という助言に従っただけで良くなった。
その後も結月は一座に戻らず、しかも銀二郎ではなくなぜか私に恩義を感じ身軽さを活かして色々探ってきてくれる。いつまた目が悪くなるか分からないから安静にしているようにと言っても聞き入れない。
「山田殿の本意を探って参りました」
また江戸まで行ってきたのか。
結月はなんでもないことのように続ける。
「野心は無いようです。良い家に嫁げばその分だけ娘が幸せになれると思っているだけ。殿との縁談が決まれば正室は江戸住まい。そのまま手元に置けますし」
「銀二郎のことをご存じなのに?」
「はい。ですが寧々様に会えば心を奪えると勝手に確信していらっしゃいます。かわいくて仕方がないようです」
結月はそうは思っていないような言い方だな。
「寧々殿は本当に殿のお心を奪えるか?」
「難しいでしょうね。容姿も中身もかわいらしいのですが読み書きは最低限。銀二郎様のような方を好まれる殿には合わないかと」
銀二郎に限らず、確かに殿は賢い者を好まれる。
「中身がかわいらしいというのは素直という意味か?それならば今からでも師を付けて学ばせるという手もある」
「微妙なところですね。適した師がいれば可能かもしれません。探してみます」
行ってしまった。
二人で食べようと思ってとっておいた落雁が家にあるのに。
「静太郎!陽が昇りきってから来て!
それから盗人のように黙って入ってくるのはおやめなさい」
母上が人の気配に気付くのが早すぎるのだ。私の後ろの幹には以前母上が投げた手斧の痕がある。庵の守りを増やさない理由の一つだ。
「あまり早くからお邪魔してはご迷惑かと」
「どうせ午後は予定があると言ってすぐ帰るのでしょう?
だったら早めに来て母の話し相手くらいしてくれてもいいでしょう!
あの二人は海辺の干物か縁側の猫みたい!」
仮にも夫とその主を。
「まあまあ。大名といっても一万石。近隣大名、江戸のお偉方、民たちの板挟みでご苦労されたのです。
少し休んだら何か習い事でも共に楽しまれてはいかがですか?」
「静太郎ー?来ているのかー?」
父の力の抜けた声に、母はうんざりという様子で溜息を吐いた。
「大殿をお待たせしてはいけませんので、私はこれで」
山道を歩いて来たしすぐ帰るので庭から上座敷に向かう。殿と父は着流しで縁側に腰かけ麦湯を飲んでいた。
「どうだ?説得できたか?」
少し前まで殿と呼んでいた方に、でませんでしたとも無理ですとも言えない。代わりに今のところの案を伝える。
「今回の参勤交代では銀二郎を国に残そうと考えております。離れれば気持ちも落ち着くやもしれません」
殿がすぐさま首を振った。
「それは駄目だ」
父も続く。
「殿が臍を曲げて江戸に行かないとか出奔するとか言い出し源之助様が後を継いだら最上家が終わる。銀二郎もこっそり単身後を追って攫われでもして、頭脳を悪用されたら厄介だ。銀二郎には常に共をつけておきなさい。江戸にも殿のお供をさせるように。
その上で二人が納得する形で寧々殿との縁談を進めよ」
そんな無茶な。
ほぼ前回と変わらない会話をするために来た道かと思うと、下りとはいえ辛い山道だ。
道端の岩に腰を下ろして息を吐く。
静かだ。他家の家老、江戸家老の山田殿も共を連れずに歩くことなどないだろうが一人が落ち着く。
「静太郎様」
静かながらも強い声。姿は見えない。
結月だ。旅芸人だったのだが目を患い一座に置いていかれた。銀二郎の『食生活から見直してみては』という助言に従っただけで良くなった。
その後も結月は一座に戻らず、しかも銀二郎ではなくなぜか私に恩義を感じ身軽さを活かして色々探ってきてくれる。いつまた目が悪くなるか分からないから安静にしているようにと言っても聞き入れない。
「山田殿の本意を探って参りました」
また江戸まで行ってきたのか。
結月はなんでもないことのように続ける。
「野心は無いようです。良い家に嫁げばその分だけ娘が幸せになれると思っているだけ。殿との縁談が決まれば正室は江戸住まい。そのまま手元に置けますし」
「銀二郎のことをご存じなのに?」
「はい。ですが寧々様に会えば心を奪えると勝手に確信していらっしゃいます。かわいくて仕方がないようです」
結月はそうは思っていないような言い方だな。
「寧々殿は本当に殿のお心を奪えるか?」
「難しいでしょうね。容姿も中身もかわいらしいのですが読み書きは最低限。銀二郎様のような方を好まれる殿には合わないかと」
銀二郎に限らず、確かに殿は賢い者を好まれる。
「中身がかわいらしいというのは素直という意味か?それならば今からでも師を付けて学ばせるという手もある」
「微妙なところですね。適した師がいれば可能かもしれません。探してみます」
行ってしまった。
二人で食べようと思ってとっておいた落雁が家にあるのに。
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