上 下
18 / 25

その後(マティアス編)下編

しおりを挟む
「ここは夏になると暑いだろう? そこでね、良い別荘を見つけたんだ。眼下には海が広がっているし、素晴らしい眺望だよ」
「子供を連れて移動するのが大変なのよ。ただでさえ子沢山なのに、エドモンが子供を連れてくるから……」
「たまには君にも息抜きが必要だろ。子供の世話ばっかりしていたら、大変だよね」

別荘のある場所は、ラスカという海辺の町らしい。私もその町は良く知っており、郷愁を呼び起こした。子供の頃住んでいた領地の近くで、今は亡き姉2人と、仲良く砂浜に遊びに行ったものだ。あそこの砂浜には潮流の関係か、魔物の羽根や色鮮やかな貝殻など、色々なものが落ちていて、子供心ながらに楽しかった。

「腕のいいシェフがいるんだよ。今の時期だと、エビが美味しい。子供たちは僕の家の者に任せて、コレットは馬車は手配したから、乗っておくれよ」
「今から行くの……?」
「来てくれないのかい?」
「……行くわよ。でも待ってね、着替えるから」

こう見えてマティアスは自分の意思を曲げないし、意味のないことはしない。これだけ予め準備を整えてから誘うということは、何かしら意味があるのだろうと私は判断し、余所行きのドレスを着ると、馬車に乗り込んだ。
子供たちの事は心配だが、あの子たちも成長している。私が居なくとも、お互いに協力して乗り越えてくれるだろう。

「はい、着いたよ。ここが僕が買った別荘なんだ」
「お帰りなさいませ、ご主人様」

マティアスを見て、たまたま遭遇したメイドの目が恋する乙女になったのは確認した。横に立つ私は無視である。マティアスがさりげなくメイドの尻を触ったが、メイドは嫌がる素振りもしない。既に肉体関係もありそうだ。いったい何時、この別荘を買ったのかは知らないけど、手が早い。

マティアスは用事があるからと言って、私は一人にされた。執事に部屋を案内されて、客間の椅子に座る。「少しお待ちくださいませ」と言われてしばらく待ったが、それ以降音沙汰はなかった。

「ねぇマティアス。私は何時まで待てばいいのかしら」
「……あれ? まだ来てないかい?」

首にキスマークのついたマティアスの登場に、私は白い目で彼を見た。用事とは、あの大きな尻のメイドと致すことだったんだろうか。私の視線でキスマークが付いていることに気が付いたのか、マティアスは髪で、そそくさと隠した。

「君と逢いたいと思っている人がいるんだよ。あ、居た居た。コレットはこちらですよ」

若干気まずそうにしながら、マティアスが連れてきた人物を見て、凍り付いた。

「お母様……」

ずっと逢いたいと思っていた。

両親は結婚を祝福してくれたけれど、厳格な祖父は冷ややかだった。上級貴族に嫁いだとはいえ、5人の夫と結婚した、ふしだらな女として勘当された。
「このアグリネス家の恥さらしめ」と罵られ「2度とこの屋敷を跨ぐな。お前は孫ではない!」と言われて、あの愛すべき自分の部屋も失い、そして両親にも逢えなくなってしまった。

ポロポロと涙が出てくる。少し白髪が増えただろうか。きっと私の結婚のことで、悩ませてしまったに違いない。

「ごめんなさい……」
「コレット。何で泣くの? 貴方は、私の自慢の娘よ」

私は幼子のように母に抱き着いて、赤子のように泣いた。

「……お母様、また逢える?」
「今度は、貴方の好きな林檎のパイを、たくさん焼いて持ってくるわね」
「嬉しい……! お母様の林檎パイほど、美味しいパイはないわ……!」

それは、どんな贈り物よりも嬉しい贈り物だった。お母様とのお喋りは、話題が尽きることがなかった。

「いくつになっても、私はお母様の子よ。……ありがとう、マティアス」
「……ずっと気になっていたんだけど、あいつらは気が利かないだろう? この別荘は自由に使うがいいよ。それにほら、この景色を見せたかったんだ」

キラキラと光る海原に、目を奪われる。さすがはマティアスが気に入っただけのことはある。

(でもそれと浮気は別物よね。私も先生としてるから、強くは言えないけど……。お母様も招いているのに、こんな白昼に堂々とするなんて、呆れるわ。……どうせこの別荘なんて買うだけ買って、私が管理することになるのだろうし、あの浮気女メイドは時期を見て解雇しよっと)

マティアスが得意げな顔で、肩を寄せてきたのに気が付いて、私はその手の平を、思いっきりつねったのだった。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

乱交的フラストレーション〜美少年の先輩はドMでした♡〜

恋愛 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:233

不撓不屈

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:2,385pt お気に入り:1

妖精のいたずら

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,499pt お気に入り:393

二番煎じな俺を殴りたいんだが、手を貸してくれ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:589pt お気に入り:0

雪の王と雪の男

BL / 完結 24h.ポイント:248pt お気に入り:20

呪われた第四学寮

ホラー / 完結 24h.ポイント:1,746pt お気に入り:0

『マンホールの蓋の下』

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:511pt お気に入り:1

アンバー・カレッジ奇譚

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:170pt お気に入り:0

ホロボロイド

SF / 連載中 24h.ポイント:255pt お気に入り:0

処理中です...