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高い天井に煌くシャンデリアの下に、華やかに着飾った人々が、一堂に会している。
私は、そんな風景を眺めながら、穏やかな笑顔を浮かべて会釈していた。
どこどこの王妃だと紹介されると、今すぐに帰りたくなってくる。
だけど、そんなことを表情に出すわけにはいかない。
だって私には夫がいる。
その横に立っても見劣りしないような、存在にならなければいけない。
私は、エルファーン国の王妃として、ここに立っているからだ。
優美な調達品には花が散りばめられ、気品のある趣を醸し出している。
それは、まるで絵画のワンシーンかのようだった。
私なんかには似つかわしくない、世界だ。
幼い頃から、私はパーティのように、人が集まるような場所が苦手だった。
ああ、なんて眩しいのだろう。
同じ空間に居ることすらおこがましい気がしてしまう。
デルクと結婚してから、同じようなパーティに参加する機会はあったが、
何度行ってもこればっかりは慣れない。
お喋りをする事は楽しいのだけれど、幼い頃の記憶が掠める。
喋ってみたいなと思うような方はいるけれども、
声をかけることすら躊躇ってしまうような雰囲気が、そこには流れていた。
「まぁ、お姉様! お姉様ですわね!」
「……エレノア?」
「お久しゅうございます、お姉様」
大声で近づいてきたのは、今やイシュラス国の王妃となった異母妹のエレノアだった。
前回会ったのは、もう2年ほど前の事になるだろうか。
私の息子ロアンと、彼女の娘ルナが、正式に婚約すると決まった時だ。
お世辞にも姉妹仲が良い、と言うわけではないが、それなりに良好な関係を続けていたつもりだった。
しかし、その目に宿る、隠しきれない悪意に、私は内心驚いた。
その姿は、まるでエレノアの母親と瓜二つだった。
私はエレノアの母親が、とても苦手だったので、思わず後ずさってしまった。
「素晴らしい、ドレスですわ」
「そんな、大したものでは……」
エレノアは、さすがエレファーン国の王妃様ですわねえと、ヒステリックに叫んだ。
周囲から好奇の視線で見られて、居づらくなる。
息子と娘も驚いて、エレノアを見ていた。
「それによく見たら、これって黒真珠じゃありませんの?」
エレノアは、私を値踏みするかのようにジロジロと見た。
その感情の起伏の激しさに、私の笑顔は凍り付いた。
私は己が注目を浴びることを不得手としている。
それをエレノアは知っているはずだった。
たった2年ほどで、人はこんなに変われるものなのだろうか?
まるで針の筵だ。
笑顔が強張ってしまう。
「レティア」
すると緊張を解すかのように、そっとデルクが、私の手を握ってくれた。
私は、イシュラス国との関係悪化を招きたいわけじゃない。
そのために、彼女の娘と、私の息子の婚約を決めたのだから。
デルクのおかげで我に返り、私は冷静さを取り戻した。
ただ、今までの努力を水泡にしてしまうような態度のエレノアに、驚きは隠せなかった。
直情的なところはあったけれど、こんな公の場で挑発するような女性では無かったと思っていたからだ。
右手に触れるものがあって、ちらりと見遣るとデルクだった。
そっと、しかし有無を言わさずに、紙切れを渡された。
エレノアに気が付かれないように、くしゃくしゃの紙切れを広げて見てみると、僕に任せろと書いてあった。
そっと、横を見るとデルクが優しく私を見ていた。
「ありがとう、でもこれは私の、」
私の問題だ。
そうデルクに言おうとしたが、真剣な表情のデルクに口を噤んだ。
あの温厚で平和主義者のデルクが、怒っているように感じた。
デルクはエレノアに挨拶をし、巧みな会話でエレノアから私を遠ざけてくれた。
なんて頼もしい人なのだろう。
デルクが、何時も以上に素敵な男性に思えて、胸が熱くなった。
デルクと結婚したことを、誇りに思えて仕方がなかった。
だが、宴が終わり、帰ろうとしたところで、
すこし離れたところからエレノアの声が聞こえてきて、その内容に背筋が冷たくなった。
「ふん、幸せそうな顔をして。あの人だって昔は太っていたのに、あれは何よ、詐欺じゃない。あーあ、私もエルファーン国に嫁げば良かったわ」
エレノアは忌々しそうに、
テーブルに飾ってあった白薔薇をとり、床に落として踏みにじった。
あの女も上手いことやったわね、と冷たく言い放つエレノアに、彼女の侍女が慌てて周囲を見た。
「王妃様、聞こえます……!」
「わかってるわよ、うるさいわねえ」
聞こえなかったと思ったのだろうか?
ボソリと呟いたエレノアの「あんな女、死ねばいいのに」と言う捨て台詞に、私は表情を変えた。
「気にしないで、お母さま! あんな人より、お母さまのほうが数百倍可愛いよ!」
慰めてくれているのだろうか、末息子が、そんな事を言って私の足に抱き着いてきた。それがまた真顔で言うので、プッと噴き出して笑ってしまった。
私は幸せ者だ。
こんな可愛い子供が居て、素敵な夫がいる。
なのに、なぜだろう。とても怖かった。
どうしても考えてしまうのだ。
私のような人間に、あまりにもできすぎた幸せ。
それは、永遠に続くものではない。
母を失った時のように、それはあっという間に潰えてしまう。
この幸せも、いつかなくなってしまうのだろうか。
そう思うと、恐ろしくてたまらなかった。
「どうしたんだい、大丈夫かい?」
頬に触れるぬくもりに、私はようやく息を吐いた。
「ううん、なんでもないの」
こんなことで、デレクを心配させたくない。
私はいつもの私の笑顔を浮かべ、デレクを見た。
私は、そんな風景を眺めながら、穏やかな笑顔を浮かべて会釈していた。
どこどこの王妃だと紹介されると、今すぐに帰りたくなってくる。
だけど、そんなことを表情に出すわけにはいかない。
だって私には夫がいる。
その横に立っても見劣りしないような、存在にならなければいけない。
私は、エルファーン国の王妃として、ここに立っているからだ。
優美な調達品には花が散りばめられ、気品のある趣を醸し出している。
それは、まるで絵画のワンシーンかのようだった。
私なんかには似つかわしくない、世界だ。
幼い頃から、私はパーティのように、人が集まるような場所が苦手だった。
ああ、なんて眩しいのだろう。
同じ空間に居ることすらおこがましい気がしてしまう。
デルクと結婚してから、同じようなパーティに参加する機会はあったが、
何度行ってもこればっかりは慣れない。
お喋りをする事は楽しいのだけれど、幼い頃の記憶が掠める。
喋ってみたいなと思うような方はいるけれども、
声をかけることすら躊躇ってしまうような雰囲気が、そこには流れていた。
「まぁ、お姉様! お姉様ですわね!」
「……エレノア?」
「お久しゅうございます、お姉様」
大声で近づいてきたのは、今やイシュラス国の王妃となった異母妹のエレノアだった。
前回会ったのは、もう2年ほど前の事になるだろうか。
私の息子ロアンと、彼女の娘ルナが、正式に婚約すると決まった時だ。
お世辞にも姉妹仲が良い、と言うわけではないが、それなりに良好な関係を続けていたつもりだった。
しかし、その目に宿る、隠しきれない悪意に、私は内心驚いた。
その姿は、まるでエレノアの母親と瓜二つだった。
私はエレノアの母親が、とても苦手だったので、思わず後ずさってしまった。
「素晴らしい、ドレスですわ」
「そんな、大したものでは……」
エレノアは、さすがエレファーン国の王妃様ですわねえと、ヒステリックに叫んだ。
周囲から好奇の視線で見られて、居づらくなる。
息子と娘も驚いて、エレノアを見ていた。
「それによく見たら、これって黒真珠じゃありませんの?」
エレノアは、私を値踏みするかのようにジロジロと見た。
その感情の起伏の激しさに、私の笑顔は凍り付いた。
私は己が注目を浴びることを不得手としている。
それをエレノアは知っているはずだった。
たった2年ほどで、人はこんなに変われるものなのだろうか?
まるで針の筵だ。
笑顔が強張ってしまう。
「レティア」
すると緊張を解すかのように、そっとデルクが、私の手を握ってくれた。
私は、イシュラス国との関係悪化を招きたいわけじゃない。
そのために、彼女の娘と、私の息子の婚約を決めたのだから。
デルクのおかげで我に返り、私は冷静さを取り戻した。
ただ、今までの努力を水泡にしてしまうような態度のエレノアに、驚きは隠せなかった。
直情的なところはあったけれど、こんな公の場で挑発するような女性では無かったと思っていたからだ。
右手に触れるものがあって、ちらりと見遣るとデルクだった。
そっと、しかし有無を言わさずに、紙切れを渡された。
エレノアに気が付かれないように、くしゃくしゃの紙切れを広げて見てみると、僕に任せろと書いてあった。
そっと、横を見るとデルクが優しく私を見ていた。
「ありがとう、でもこれは私の、」
私の問題だ。
そうデルクに言おうとしたが、真剣な表情のデルクに口を噤んだ。
あの温厚で平和主義者のデルクが、怒っているように感じた。
デルクはエレノアに挨拶をし、巧みな会話でエレノアから私を遠ざけてくれた。
なんて頼もしい人なのだろう。
デルクが、何時も以上に素敵な男性に思えて、胸が熱くなった。
デルクと結婚したことを、誇りに思えて仕方がなかった。
だが、宴が終わり、帰ろうとしたところで、
すこし離れたところからエレノアの声が聞こえてきて、その内容に背筋が冷たくなった。
「ふん、幸せそうな顔をして。あの人だって昔は太っていたのに、あれは何よ、詐欺じゃない。あーあ、私もエルファーン国に嫁げば良かったわ」
エレノアは忌々しそうに、
テーブルに飾ってあった白薔薇をとり、床に落として踏みにじった。
あの女も上手いことやったわね、と冷たく言い放つエレノアに、彼女の侍女が慌てて周囲を見た。
「王妃様、聞こえます……!」
「わかってるわよ、うるさいわねえ」
聞こえなかったと思ったのだろうか?
ボソリと呟いたエレノアの「あんな女、死ねばいいのに」と言う捨て台詞に、私は表情を変えた。
「気にしないで、お母さま! あんな人より、お母さまのほうが数百倍可愛いよ!」
慰めてくれているのだろうか、末息子が、そんな事を言って私の足に抱き着いてきた。それがまた真顔で言うので、プッと噴き出して笑ってしまった。
私は幸せ者だ。
こんな可愛い子供が居て、素敵な夫がいる。
なのに、なぜだろう。とても怖かった。
どうしても考えてしまうのだ。
私のような人間に、あまりにもできすぎた幸せ。
それは、永遠に続くものではない。
母を失った時のように、それはあっという間に潰えてしまう。
この幸せも、いつかなくなってしまうのだろうか。
そう思うと、恐ろしくてたまらなかった。
「どうしたんだい、大丈夫かい?」
頬に触れるぬくもりに、私はようやく息を吐いた。
「ううん、なんでもないの」
こんなことで、デレクを心配させたくない。
私はいつもの私の笑顔を浮かべ、デレクを見た。
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