上 下
21 / 25

19

しおりを挟む
パーティ会場から客間に戻り、最初に見たのは、荒れた室内だった。様々な家具の引き出しが開いており、本や服が部屋中に散らかっていた。泥棒でも入ったのだろうかと子供たちは驚きの声を上げ、デルクは眉をひそめた。
別の部屋をご案内します、と侍女が言ったが、デルクは慌てたように部屋の中に入った。何かを探すように、部屋の隅に置かれていた大きな籠の中の物を取り出していく。
その尋常じゃない様子に、私は嫌な予感がした。

「デルク、何か盗まれたら困る物を持ってきたの?」

「ほら、あの……指輪を持ってきてたんだ。たしか、この辺りに入れていたはずなんだけど……」

「まぁ!」

デルクが口ごもるような指輪と言ったら、あれしかない。
デルクご自慢の魔法の指輪だ。
たまにその指輪の力で、庭の木を切り倒したりしていたので、夫婦喧嘩の原因となっていた。私の反応があまり良くない事を気にしてか、今では私に隠れて、その指輪を使っているのを知っていた。けれども、隠し事には向かない性格の人なのだ。何度も破棄するようにと懇願して、渋々ではあったが、ようやく指輪の力を封印すると言っていたはずだった。それがまさか、このような領外にまで持ち出していたなんて思わなかった。
私の呆れたような眼差しに気が付いたのか、デルクは申し訳なさそうな顔つきで呟いた。

「普通の人間には使えないように、施しているから大丈夫だとは思うんだが」

「あれが悪い人の手に渡ったら大変だわ。私も探します」

「お父様、僕も手伝うよ!」

部屋の中はぐちゃぐちゃだったので、家族総出で指輪を探すことになった。デルクが指輪の特徴を子供たちに伝えると、子供たちはすぐに納得したような表情だった。
その事に違和感を感じていると、ロアンが「お父様が内緒だねって言ってたやつだね!」とか言ったので、私は渋い顔になった。
どうやら指輪の存在は、子供の間にも公認の存在だったようだ。

デルクがロアンの口を手のひらで覆ったが、もう遅い。私の視線に気が付いたのか、ロアンは視線を泳がせた。

「ねぇ、あれ」

末っ子ディアンの声に、私は振り返って窓を見た。
その窓は無残にも壊れていて、隙間から雪が入り込んできている。そこからは青空が見えるのだが、どうやら外は雪が降っているらしく、カーテンが風で大きく揺れていた。
そのカーテンが揺れる度に見えるもの――
私の視線は、窓際に座っている小人に釘付けだった。それは私が幼い頃、アイリスにあるディーンの畔で見た小人だった。
その小人は、透明な緑色の羽織ものを着ており、顔色が若干悪いように感じた。私は、何でこんなところに小人がいるんだろうと思いつつ、その顔色の悪さが気になった。

「どうしたの? 迷子にでもなったの?」

返答はなく、窓際に座っている小人はピクリとも動かない。

「イシュラスは寒いでしょう? こちらにおいで」

小人の髪の毛に雪が積もっているのが見えて、私は雪を払ってあげようと思った。花瓶が割れていたので、破片を踏まないように、その可愛らしい小人に近寄っていった。

これが運命の曲がり角になるとも知らずに。

なぜ、こんなところに『小人』がいるのか。
なぜ、部屋は荒らされているのか。
すこし考えればわかることだったのに。

私は不用心だった。
小人が『人間』に危害を加えるはずがない。
そう思い込んでいた。

「危ない! 離れて!」

そんな、切羽詰まったデルクの叫び声が、どこからか聞こえた。

何が起きたのか、一瞬わからなかった。

次に気が付いた時、私は血まみれになって床に倒れていた。
小人が笑っているのを見て、『あぁ、私は小人に何かされたのだ』と気が付いたが、凄まじい腹部の痛みに、私は意識が遠のきそうになっていた。

「レティ……! だ、誰か医者を呼んでくれ……!」

「母上!」

そしてすぐ聞こえたのは、愛する夫と子供の悲壮な叫び。
そしてそれは怒号に変わった。

「貴様! よくもお母様を!」

小人は金色に輝く指輪を見ながら、笑っていた。
たしか、あれはデルクの指輪だ。
厳重に封印してもらったはずなのに、良くみると箱が開封されて床に転がっている。

『すごいね、これ。まるで僕のためにあるような指輪だ。もらっちゃうね』

「それはお前のような小人のために作ったんじゃない! 返せ!」

デルクの叫びに、小人はカクン、と首を傾けた。

『なぜ? なぜ殺しちゃいけないの? 人間は僕たちを殺し続けているのに』

小人の無機質な声を聴きながら、あぁ、やっぱりあの指輪は、この世界に存在してはいけなかったんだ、と私は後悔した。
嫌な予感はしていたのに、なんで後回しにしてしまったのだろう。デルクが喜んでいたから、彼の意向を無視してまで、無理やりに捨てることが出来なかった。
現に、それは私1人の人間を殺すには十分な威力だった。
たくさんの血が床に流れて、血だまりができている。

『じゃぁね、ばいばい』

小人は床に転がっている私を一瞥すると、指輪を持ったまま、壊れた窓から出て行ってしまった。この部屋は3階にあるが、巨木の上で生活をする小人にとって造作もないことだ。騒ぎに気が付いて駆けつけた警備の者が、血相を変えて出ていったが、雪の上に足跡もつかない小人だから、探し出すのは不可能に近いだろう。

「これは……」

お医者様らしい人が私を診て、顔を顰めたのが分かった。

もう助からないでしょうと、俯くお医者様に、ロアンが、そんなはずはない! 母上を殺したら、お前も殺してやる! とわめきたてるのを、デルクが静かにしなさいと制止した。
腹部の痛みは酷かったが、なぜか周囲の声は、良く聞えてきた。止血しようとしてくれているのがわかるが、お医者様の言葉通りに、もう助からないだろうということがハッキリとわかった。
これが最後の言葉になるかもしれない。
そう思ったからこそ、最後の力を振り絞って、彼に伝える。
こうやって気持ちを伝える時間が残っていただけ、私は幸せなのかもしれないと感じながら。

「デルク……ごめんね」

ちょっと遠回りをしたけれど私は、本当の愛を見つけることが出来た。こんなに悲しませてしまって、だめな妻だったかもしれないけど、デルクと出会えて本当に良かった。

デルクは、私なんかよりも、ずっと、この世界に必要な人だ。

もっと彼の傍で生きたかったけど、それも残り僅からしい。それなら、彼のためになるような言葉をかけるのが良いだろう。
デルクはひいき目で見なくとも、とても素敵な男性だ。
私に愛を教えてくれたデルクは、それこそ妄信的に私を愛していて、それはきっと私が死んだとしても変わらないだろう。けれど、死んだ人を愛し続けるなんて、そんな悲しいことがあって良いだろうか。彼には私のように愛する事が出来るような女性を見つけて欲しい。
それこそ私なんかより、ずっと素敵な女性と結婚できることだろう。
そうしたら、安心できるから。

けれども、咄嗟に口から出たのは別の言葉だった。

「みんな、大好き……」

「嫌だッ、お母様、死んじゃ嫌だ……!!」

ロアンの声が聞こえる。他の子供たちも泣いているのか、悲痛な嗚咽ばかりが聞こえる。こんなに子供を悲しませるなんて、母親失格だな、と思った。

思い残すことは、たくさんある。
これからの人生、やりたいこともいっぱいあった。
子供たちの成長を見ることもかなわない。母を失うことが、どれほどつらいことなのかということは私がよくわかっていた。
何よりもデルクを残していくのが、心残りだった。
とても強い人だけど、心の弱いところもある人だ。

「デルク……」

まだ生きたかった。
デルクと共に生きたかった。

デルクを、愛しているから。

あふれ出た涙が、一筋零れ落ちるのを感じた。

「子供たちを……お願いね」

なんて残酷なことを彼に負わせるのだろう、と思いながら、それが『レティア』として最後の言葉となった。


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

捻じ曲った欲望の果て

大衆娯楽 / 連載中 24h.ポイント:433pt お気に入り:14

君と国境を越えて

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:6,703pt お気に入り:36

ポチは今日から社長秘書です

BL / 連載中 24h.ポイント:596pt お気に入り:633

私の旦那さま(予定)

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:44

ハーレム勇者が恋をしました。【完結】

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:7

本当の幸せとは?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:149pt お気に入り:114

伯爵令嬢のユリアは時間停止の魔法で凌辱される。【完結】

恋愛 / 完結 24h.ポイント:624pt お気に入り:28

記憶の欠片

BL / 完結 24h.ポイント:511pt お気に入り:166

純愛パズル

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:702pt お気に入り:0

処理中です...