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神々の黄昏
しおりを挟むこんなに嬉しいことがあるなんて、生きていて本当に良かったと思う。
「なんだい。ご機嫌だね」
偉大なる冥府の王、フェリウスのハスキーボイスで耳に囁かれて、私は背筋がゾゾゾと冷たくなった。
ああ、どうせまた、ろくでもないことを考えているのだろう。まるで彫刻のような堀の深い白皙の顔に、わずかに渋い表情が滲んでいる。
この男は私の不幸を喜ぶところがある。
如何にも気に入らないと言わんばかりに、髪を撫でられた。
にんまりと私は笑った。
「そりゃそうよ、フェリウス」
こんなに嬉しいことは数百年ぶりだ。
「だって私の愛するレティが幸せになってくれたのだもの」
長かった。
ほんとうに長かった。
私の目論見では、あと数年だけ我慢すれば、大嫌いなこの男から解放されると思っていたのに、まさかレティが殺されるだなんて思ってもいなかった。
「以前から疑問だったんだけど、何で君はあの女に執着してるんだい?」
「大好きだからよ。アナタよりもずっとずっとね」
フェリウスは納得できないような表情をしている。
けれど、私にとってはそれが本音だった。
私は、女神になる前は小人だった。
とは言っても、穢れを纏って生まれたため、双子の兄以外、誰も見ることが出来ないぐらいの弱々しい存在だった。
兄は私が何時消えるのか、とても心配していた。
人間の世界に、何か私が生き長らえる方法があるのではないかと思い、私をたまたま家族と一緒に川沿いに遊びに来ていたデルクという人間の男の子の体の中に入れて、人間界を兄とともに旅をしていたのだ。
私は嬉しかった。
世界はとても広くて、何もかもが物珍しかった。
でも私は知らなかった。
人間はお金がないと何も出来ない生き物で、お腹が減るということに。
いくら水を飲んでも空腹を癒すことはできず、他の人に恵んでもらおうとしても石を投げられるだけだった。
もうだめだと思った。
これは外の世界を見に行こうとした天罰なのだと。
けれど、私はどうなってもいい。何とかしてその体を元の持ち主に返したかった。
その時に出会ったのがレティだった。
飢えて行き倒れている泥だらけの私を、みんな見て見ぬふりだったのに、レティだけは己の服が汚れることも厭わずに助けてくれた。
人の優しさに初めて触れ、あんなに嬉しかったのは初めてだった。
その時、思ったのだ。
この子のためなら、何でもしようと。
「あんたなんて用済みだわ」
よりによって、私の死によって自暴自棄になり、精神を病んだ兄に、レティは殺されてしまった。その贖罪、というわけではないけど、私は彼女のために奔走した。
だけど、やっと、これで冥王の女という汚名とオサラバできる。
ただのセックスフレンドだったら、どんなに良かったことか。
レティを助けるという代価と交換に、女避けと称されフェリウスの妃にされた。
これのせいで友人には嫉妬されて疎遠になるわ、私の仕える太陽神様には「女神になったばかりなのに」と蔑まされ虐められるわ、ろくでもないことばかりだった。
それもこれで、ようやく終わるのだ。
「ふぅん。そんなつれないこというのか。女神になりたてだったお前に手とり足とり教えたっていうのに……」
何を言うのだ、この男は。
「騙したっていうのよ、アレは!」
レティアというニンジンをぶら下げ、純真な乙女心をもてあそんで、私の純潔を奪ったのだ。
まあ私の純潔ごときでレティへの愛は変わらない。
男にしろ、女にしろ、私が愛するのはレティだけだ。
「人聞きの悪い……さっきまで熱い交わりをしてたろ?」
「さッ、さっきのは、強引にでしょ! それに、あ、あんなことするとは思わなかったもの……!」
「あんなに大きな声で喘いでたのにな。だいぶ、良さそうだったが……」
「不可抗力よ!! それにねッ、レティの事に関しては感謝はするけど、アンタのことなんかダイキライだもの!!」
「へぇ…………」
あ、ちょっと言い過ぎたかもしれない。
フェリウスの笑顔を見て、すぐに私は後悔した。
太陽神様でさえ見たら凍り付くというフェリウスの笑顔が怖い。
たしかに私も、何をトチ狂ったのか私に執着するフェリウスの気持ちを利用していたところはある。大好きだの愛してるだの心にも思わないことを言ってたのは、数時間ほど前の事だったろうか。
でもフェリウスだって、そんな言葉は嘘だって、薄々勘づいているはずだ。
「それが、本心なんだ?」
……ん? なんか変な空気になってきたな。
フェリウスの視線がゾッとするようものになったのを、私は敏感に察した。
これは良くない。
これは良くないぞ……!
「じゃ、これでサヨナラね!」
敵前逃亡をかまそうとする私の首根っこをむんず、と捕まえるフェリウス。
嗚呼、逃げそびれた!
「冷たいじゃないか、俺とお前の仲なのに」
「痛いッ!? いたた!」
抱きしめられるが、力が強すぎる!
まるで、そのまま胴体を切断する気かと問い詰めたくなるぐらいだった。
ちらりとフェリウスの顔を見たが、笑っているのに笑っていない瞳に、引き攣った笑みしか浮かばなかった。
え、このまま殺されるの?
とか思っていたら、唇を舐められた。
こ、怖ッ!
「……そっちがその気なら、俺だってする事はするよ?」
フェリウスが右手に持っているモノが何か気が付いてサッと顔を白くした。
何時も肌身離さず持っている短刀だ。
「私を刺す気!?」
とっさに身構えるが、フェリウスが振り下ろしたのは自身の手の指だった。
ぽたたッ、と鮮血が羅針盤の下に落ちる。
って、その羅針盤、たしか物騒な代物だったはず。
そして今、その羅針盤はレティアの時代とつながっていたことに気が付き私は吠えた。
「いッ、今、私のレティに何をしたのよ!?」
「俺の力を忘れたか……? 俺は冥王だ……その血を浴びると、様々な災いが降り注ぐ。まぁ俺の気分次第なのだがな」
「はぁ!? なんですって?!」
「お前次第だ……輪廻の呪いをかけた。容易には解けないぞ。前世の縁を切ることは、この俺でも出来ないことだからな……」
レティシアを幸せにしたいのだったら、生涯を俺に捧げろと脅迫する男に私はブルブルと震えた。
「レティを盾にする気!? この卑怯者! 」
「まさか。ただ、君の自主性を重んじるだけだよ」
ふふ、と氷の微笑を浮かべる男に、私は焦るしかなかった。
「輪廻の呪いって……何よ!?」
「なんだと思う?」
質問を質問で返されてイラッとする。
本当にこの男は私をイラつかせる天才だと思う。
「早く言いなさいよ! まさか! 前世の記憶が残るとでも言うんじゃないでしょうね!」
――たまに報告があるのだ。
死後、前世だった頃の記憶を持つ者が。
それは『精霊に愛される者』
視れる者特有の症状だった。
レティもデルクも前世の記憶を持っていた。
ただしそれは一過性のものであって、その次の転生までには持ち越さない。
男は笑いながら答えた。
「なあに、言葉のままだよ。前世の記憶を残したまま転生となると、この程度の血を流すんじゃ足りないね」
『精霊に愛される者』が輪廻の呪いを冥王にかけられるなど、前例がない。
何が起きるか、わからないのだ。
大半の神は人間などに興味はない。
けれど、この男は冥王として持ち得る権限を駆使して、人間で実験を繰り返していた。
そんな男だからこそ、私は頼んだのだ。
「レティアは転生する度にデルクだった魂と出会うだろう。そこには、さまざまな障害が発生する。そのような星の生まれなのだ。だが、惹かれ合う2人の愛は変わらない」
素敵な話だろう? と言われて私は罵倒した。
それのどこの素晴らしい話だ。
レティが、ただ葛藤するだけではないか。
そしてそれを転生する度に味わうのだ。
「さあ、どうする? レティアのその後を見守りたい? そうしたかったら……わかるよね?」
「……この、卑怯者!」
子供は沢山欲しいなぁ、きっと君の子供なら可愛いよねと言いながら、いやらしく動く手に、私は涙目になる。
今日だけでさえ何度も交わったというのに、まだ足りないというのか。
どのようにも拒絶できる。
けれど、たかが人間を守ってくれる神様はだれもいないだろう。
そう、この男以外は。
私はブルブルと声を振り絞るように、こう叫ぶので限界だった。
「幸せにしなかったら、許さないんだから!!」
「もちろん君を幸せにするよ、俺の女神様なんだから」
「……!?」
真剣な眼差しで、私の手のひらにキスをする男の言う意味合いが違うことに、私はすぐに気が付き、顔を真っ赤にして反論した。
「誰が私の事を言ったって言うの!? レティの事よ、レティ!」
「あぁ……」
つまらなそうな顔をして、人間界を見るフェリウスは、こう呟いた。
「いくら女でも……嫉妬しちゃうな~……」
「は!? 何言ってんのよ!? んッ」
唇を唇で塞がれる。
フェリウスと私の攻防は、火花を散らしながら狼煙を上げたのだった。
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