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覚醒編
42 運命だなんて言うのなら
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あれから一年の時が過ぎた。
俊は初めこそ遠慮した話し方だったが、根本はエルなのだと感じることが多くなった。ふとした時に思いのほか自分を出せることが多くなった。神谷という番が毎日隣にいる安心感と、もうオメガである自分を恥じることはない、そして自分を偽ることをしなくていい、そんなふうに徐々に俊は開花していった。
木島と結婚した裕は若頭の嫁になったので、もう裕とは会えないのかと悲しんでいた俊だが、神谷からは交流を絶てとは言われなかった。警察もそこまでは調べないだろうと。もし知られても権力で握りつぶすと神谷は言った。裕とはいまだに兄弟のように仲良くしている、その裕も俊がどんどんと自分らしさを取り戻していく姿に喜んでくれた。番の温かい愛情に日々感謝する俊だった。
神谷が仕事に忙しい時は、三隅の番とその子供と一緒に過ごすことも多く、あれからは家族ぐるみの付き合いとなっていった。相変わらず面倒見のいいお兄さんポジションに三隅はいてくれた。俊の世界が広がる、そしてまた一つ、新たな始まりに期待していた、そんなある日のこと。
「もうすっかり秋だね」
「そうだね、出会ったのは夏で、僕たちが本当の意味で始まったのは秋だった。あれから一年が過ぎたのか」
休日のいつものコース、近所の公園を神谷と俊は手を繋いで散歩をしていた。紅葉を眺めて、そして落ち葉の中を歩く。
「俊は、僕の運命だよ」
「なに、それ。いきなりどうしたの?」
「今でも信じられない? この一年、仲の良い恋人で夫夫だったからそこはもういいんだけどね。でもやっぱり運命なんだなぁって、ふと思ったんだ」
神谷は俊の手を握って、前を向きながらそう言った。俊は一瞬、神谷を見上げて、そして立ち止まる。
「俊?」
「運命だなんて、言うのなら……」
「えっ」
神谷は俊を見て、一瞬時が止まったように固まった。そんな神谷を見て、俊はどうしたのだろうかと思ったが、続きの言葉を言った。
「抱きしめて」
「えっ」
「ダメなの?」
「いや、そうじゃなくて」
神谷は手を放して俊の両肩を掴んだ。あまりに真剣な顔に、俊は驚いた。
「その言葉、初めて会った日に言った言葉って、覚えている?」
「あたりまえだろ。俺はあの時、決死の覚悟でそう言おうとしたんだから。せめて抱きしめてもらった思い出さえあれば生きていけるかなって、なのに恭一は俺の口を塞いだ、んん!」
神谷はあの時同様、旬の唇を自分の唇で塞いだ。それは文字通り塞いでいた。
「ぷはっ、また! ここ公共の場所!」
「うん」
「うんじゃないだろ」
「うん」
「えっ、恭一? どした?」
神谷の目からは涙が零れていた。俊はそれを見て驚いた。
「あの時、僕は君を連れ去った」
「……うん」
俊は仕方がないことだと思った。あの時は俊がヒートを起こして、さらには神谷もラットを起こしかけた。それに攫われたことをあの時は嬉しいとまで心の奥底では思っていた俊だった。
「もう一度言って」
「な、なにを?」
「さっきの運命だって言うなら、っていう言葉。あの時、あのセリフを最後まで聞かなくてごめん。僕は運命の衝撃で、そのまま抱きしめるどころかキスして俊の初めてを奪って、番にした」
神谷は必死に、何を言っているんだと俊は思った。たしか一年前に愛を誓い合ったそのときも、言った気がする。でもあの時はお互い必死だったから。やはり一年という月日は必要な時間。
あの時は自分のことでいっぱいで、知らないうちに神谷を傷つけていた。神谷の涙を見て申し訳なくなった。
「もうそれはイイって。結果、こんなに幸せなんだし。それに連れ去ってくれて嬉しかった」
「俊。でも、やり直したい」
「もう、しょうがないな。ほら涙拭けよ」
俊は自分の裾を神谷の目元にもっていき、涙を乱暴に拭った。その手を神谷はつかみ取る。そして真面目な顔をして俊を見下ろした。
俊は何かを察して、掴まれた手の手のひらを神谷の頬にあてた。そして……。
「運命だなんて言うのなら……抱きしめてよ?」
「俊、愛してる。君たちを一生守っていく」
神谷は、ほほ笑む。俊もその顔を見て、表情がほころんだ。
神谷は俊をやさしく包み込むように抱きしめた。俊の手も神谷の背中に回され、二人に隙間はない。
もう離れない、そんな確信があった。二人は珍しくキス一つせずに、いつまでもただただ抱き合っていた。お互いの薬指にはまだ初々しい輝きを放つお揃いのリングと。
そしてもう一つの命と共に……。
――運命だなんて言うのなら fin――
俊は初めこそ遠慮した話し方だったが、根本はエルなのだと感じることが多くなった。ふとした時に思いのほか自分を出せることが多くなった。神谷という番が毎日隣にいる安心感と、もうオメガである自分を恥じることはない、そして自分を偽ることをしなくていい、そんなふうに徐々に俊は開花していった。
木島と結婚した裕は若頭の嫁になったので、もう裕とは会えないのかと悲しんでいた俊だが、神谷からは交流を絶てとは言われなかった。警察もそこまでは調べないだろうと。もし知られても権力で握りつぶすと神谷は言った。裕とはいまだに兄弟のように仲良くしている、その裕も俊がどんどんと自分らしさを取り戻していく姿に喜んでくれた。番の温かい愛情に日々感謝する俊だった。
神谷が仕事に忙しい時は、三隅の番とその子供と一緒に過ごすことも多く、あれからは家族ぐるみの付き合いとなっていった。相変わらず面倒見のいいお兄さんポジションに三隅はいてくれた。俊の世界が広がる、そしてまた一つ、新たな始まりに期待していた、そんなある日のこと。
「もうすっかり秋だね」
「そうだね、出会ったのは夏で、僕たちが本当の意味で始まったのは秋だった。あれから一年が過ぎたのか」
休日のいつものコース、近所の公園を神谷と俊は手を繋いで散歩をしていた。紅葉を眺めて、そして落ち葉の中を歩く。
「俊は、僕の運命だよ」
「なに、それ。いきなりどうしたの?」
「今でも信じられない? この一年、仲の良い恋人で夫夫だったからそこはもういいんだけどね。でもやっぱり運命なんだなぁって、ふと思ったんだ」
神谷は俊の手を握って、前を向きながらそう言った。俊は一瞬、神谷を見上げて、そして立ち止まる。
「俊?」
「運命だなんて、言うのなら……」
「えっ」
神谷は俊を見て、一瞬時が止まったように固まった。そんな神谷を見て、俊はどうしたのだろうかと思ったが、続きの言葉を言った。
「抱きしめて」
「えっ」
「ダメなの?」
「いや、そうじゃなくて」
神谷は手を放して俊の両肩を掴んだ。あまりに真剣な顔に、俊は驚いた。
「その言葉、初めて会った日に言った言葉って、覚えている?」
「あたりまえだろ。俺はあの時、決死の覚悟でそう言おうとしたんだから。せめて抱きしめてもらった思い出さえあれば生きていけるかなって、なのに恭一は俺の口を塞いだ、んん!」
神谷はあの時同様、旬の唇を自分の唇で塞いだ。それは文字通り塞いでいた。
「ぷはっ、また! ここ公共の場所!」
「うん」
「うんじゃないだろ」
「うん」
「えっ、恭一? どした?」
神谷の目からは涙が零れていた。俊はそれを見て驚いた。
「あの時、僕は君を連れ去った」
「……うん」
俊は仕方がないことだと思った。あの時は俊がヒートを起こして、さらには神谷もラットを起こしかけた。それに攫われたことをあの時は嬉しいとまで心の奥底では思っていた俊だった。
「もう一度言って」
「な、なにを?」
「さっきの運命だって言うなら、っていう言葉。あの時、あのセリフを最後まで聞かなくてごめん。僕は運命の衝撃で、そのまま抱きしめるどころかキスして俊の初めてを奪って、番にした」
神谷は必死に、何を言っているんだと俊は思った。たしか一年前に愛を誓い合ったそのときも、言った気がする。でもあの時はお互い必死だったから。やはり一年という月日は必要な時間。
あの時は自分のことでいっぱいで、知らないうちに神谷を傷つけていた。神谷の涙を見て申し訳なくなった。
「もうそれはイイって。結果、こんなに幸せなんだし。それに連れ去ってくれて嬉しかった」
「俊。でも、やり直したい」
「もう、しょうがないな。ほら涙拭けよ」
俊は自分の裾を神谷の目元にもっていき、涙を乱暴に拭った。その手を神谷はつかみ取る。そして真面目な顔をして俊を見下ろした。
俊は何かを察して、掴まれた手の手のひらを神谷の頬にあてた。そして……。
「運命だなんて言うのなら……抱きしめてよ?」
「俊、愛してる。君たちを一生守っていく」
神谷は、ほほ笑む。俊もその顔を見て、表情がほころんだ。
神谷は俊をやさしく包み込むように抱きしめた。俊の手も神谷の背中に回され、二人に隙間はない。
もう離れない、そんな確信があった。二人は珍しくキス一つせずに、いつまでもただただ抱き合っていた。お互いの薬指にはまだ初々しい輝きを放つお揃いのリングと。
そしてもう一つの命と共に……。
――運命だなんて言うのなら fin――
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