ローズゼラニウムの箱庭で

riiko

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第二章 運命

40、閑話 〜僕の夢〜

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 先輩と同室になってまだそんなに経っていない頃、アルファとベータの男同士にしては奇妙な夜を過ごしていた。そう思う日々の、ある日の夜のことだった。

 相容れないバース性の男二人なのに、そんなことお構いなしに、いつものように抱き合いながら眠る。

――すっかりこの環境に慣れてしまったな――

 先輩はアルファなのに、ベータだと思っている俺に対して腰が低いし優しい。ひょっとしてオメガだとバレているのか? と、たまに思うくらい俺をお姫様扱いする時もある。

 まぁ先輩はつがいが欲しいみたいだから、まだ婚約者とつがいになれなくてモヤモヤしているのかな? 大企業の息子だから自由に恋愛もできないのだろう。安全で勘違いしないベータの俺だ、そんな奴にくっついてきてしまうほど飢えているのかな? そう思ったら可愛そうだから、俺は何も抵抗しない。

 俺もアルファ嫌いなのは変わらないはずなのに、なぜか先輩だけは大丈夫みたいで不思議だった。

 こんな日常に違和感が無いまま、最近ではベッドの中で会話さえするようになっていた。

 眠りにつくまでの間、少しだけ話をする。そんな状況で先輩は背中から抱きしめて話してくる。

「良太は学園を卒業したら、どうする予定?」
「えっ、卒業後ですか?」
「ああ、奨学制度まで利用してこの学園に入ったんだ。それなら大学も国立? もしくは海外の大学とか?」
「流石に、大学までは」
「どうして?」

 奨学制度まで利用しているのに、大学に行かないとかは無理があるのかな? 貧乏話をしたら誤魔化せるか?

「今は学費や生活費は全額免除ですが、大学となると普通の奨学制度で借金してまでは難しいと思います」
「じゃあ、お金があったら大学は行くの?」
「う――ん、実際お金が無いから考えたことないです、夢見てもしょうがないし」

 先輩はなぜって思うだろうな。先輩みたいな人にはきっと理解できないって思ったけどなんとなく説明してみたくなった。

「それに、卒業後はやる事があって自由な時間は高校の間だけです。だから今は精一杯勉強ができればいいかなって思っています」
「そう、じゃあもしなんの制約も無かったら、良太は何をしていたと思う? 夢はないの?」

 このアルファは何を呑気なことを。夢なんて見る環境じゃ無かったからそんなこと思っても無意味だった。でも今の自分は衣食住が賄えている。

 そして自分がその環境の中に居ると、他の人と同じような夢を見てもいいじゃないかという錯覚にまでおちいる。実際、最近は勉強していてもたまに妄想の世界に飛んでいることがある。

 本当にベータだったら、そしたらそのまま大学行って、仕事して、絢香を何不自由なく養える。それを想像してニヤけることさえある今日この頃だった、痛いところをついてきたなと思った。

 そんな儚い願いも見破られてしまうのではという恐れも出てきて、それを打ち消すように話し始めた。

「今が僕にとっては、夢の世界です」
「こんな寮暮らしの生活が?」
「ふふっ、ここは最高ですよ。先輩にとっては当たり前かもしれませんが、僕が子供の頃に望んだ世界がここにはあります」
「良太は何を望んだの?」

 そんなの、決まっている。

「怯えない安全な生活……かな。子供の頃の僕は、先輩が想像つかないくらいの底辺な生活をしていて、常に飢えていました。だからご飯を食べられて、服もあって、あったかい寝床もある、そんな今の生活に満足しています」

 後ろから抱きしめる腕が強くなった。先輩を不安にさせたかな?

「ごめんなさい、こんな人間が同室で気持ち悪くなりましたよね?」
「いや、違う。良太が今ここに生きていてくれたことに感謝している。もっと愛おしいって思ったよ」
「よくわからないけど、それなら良かったです」
「ごめんね、中断させて。今は子供の頃に夢見た生活があるんだね? だったら叶えられたでしょ、夢は変わったんじゃないの?」
「先輩の言う通りです。最近よく、想像するんです、絶対ありえない未来の自分を。昔はそんなことすら思える環境じゃなかったのに、僕は満たされた環境に居過ぎた……おかしいですよね」

 俺は黙ってしまった、しゃべりすぎたかな。

「マズローの法則か。いや、おかしくないよ」

 後ろ側にいた先輩が、ベッドの上から俺の前に器用に移動してきた。目が合うと優しく微笑んでくれて俺の頭を撫でた。そこから真剣な顔で言い出した。

「最低限の欲求が満たされないと、上を見ることができない。それが満たされるともっと上を目指す、当たり前のことだよ」

 なるほど、と思って頷いた。

「安全に眠れない、ご飯がない環境では勉強したいと思うよりも腹を満たし、寝床を確保するのが先決だ。一つ一つ問題をクリアしなければ、欲求も変化しない、でも今は寝床もあり、高校にも進学できた。だから新しい欲求が発生するんだよ、夢を見るのは当たり前だ。それを否定することはないよ、ほら言ってごらんよ」
「先輩……」

 なぜかこの人に頭を撫でられて、認められるとこんな俺でも夢を見て、話してもいいじゃないかと思ってしまった。

「もしも……僕に自由があったら医者になりたいです。あっ、ただの夢だから真剣に聞かないでくださいね?」
「いい夢だよ、続けて?」

 先輩なら笑わないって知っているけど、恥ずかしくてそう誤魔化した。

「僕の父も母もきちんとした医療を受けられたなら、命が助かったかもしれないって思うんです。」
「そうだったんだ……」

「父は交通事故で亡くなったんですが、すぐに病院に運んでもらえなかったんです。僕たち家族はとても身分が低かったから、命さえも順番があるみたいで、後回しにされた。あの時ちゃんとした病院に入れていたら……」
「良太……」
「母の病気は今の医療では治せなかったけど、助けてもらえる環境があったら、もっとマシな死に方ができたんじゃないかなって。僕が一人で看取るにはとても辛い最後だったんです。でもこれからその研究をしていけば、今後同じ症状の人を助けられるかもしれない。そんな希望を持ちたくて、両親の最後は僕にはとても耐えられないものだったから、だから」

 決して哀れんでいるのではないと思う。本気で俺を心配している、そんな目で見つめられた。先輩は俺の顔を親指で優しく撫でてから、そっと抱きしめた。

「だから、自分に医療の知識があったら、そういう人達を助けられるかなって。それで誰も僕を知らなくて、性別に囚われない場所で、家族を作って大切な人を飢えさせない程度の生活ができたら幸せだなって思います。自分の遺伝子は残したくないから、孤児を引き取って大家族をつくるのもいいな、奥さんと子供たちと過ごす、そういう穏やかな生活に憧れます」

 抱きしめた腕を解き、俺を真摯な顔で覗き込む先輩は、俺の頬を触り頭を撫でる。ちょっとくすぐったくて、目を瞑った。

「立派な夢だ。君ほど慈愛に満ちた人間はいない、弱い立場を知っているのは強みだよ。経験を弱さではなく強さに変えればいい、でもきっと君に似て聡明で可愛い子ができそうなのに、子供は欲しくない?」
「ふふ、先輩はいつでも僕に甘いですね。こんな夢叶うはずもないから笑ってくれていいのに」

 笑わないよ? 優しく言ってくれた。俺は微笑み返して続けた。

「子供は好きですけど、僕はいつまで生きられるかわからないし」
「えっ」
「あっ、違くてっ。僕の家はとても短命で不幸も多いから、だからそんな遺伝子を未来に繋げたくない、僕で終わりにしたいんです。僕みたいな不幸な子供をもう作りたくないし。なんか話し過ぎちゃいました、も、ねむりま、しょ……」

 温かくなり眠くなってきた。

 いつも話をしてもすぐ終わるのに、今日は語ってしまったな。先輩ってそういう力があるよなぁ、なんて思っていたら、本当にコクコクしてきた。

 その後に続く先輩の言葉までは、完全には耳に入ってこなかった気がする。

『叶うよ、きっと、俺ならその手助けをしてあげられる。良太には金と自由が必要なんだね。権力である程度のことはできるんだよ? 俺が卒業したら必ず力をつけるから、良太の卒業までには間に合うはず、大丈夫だよ。その夢は見続けるといい、きっと叶う』

 その後に続く先輩の言葉までは、完全には耳に入ってこなかった。でもなんか肯定してもらったのが嬉しくて、笑いながらそれを聞いて眠りについた気がした。

『あれ? 眠っちゃった? ふふ、笑っているの? おやすみ、いい夢をみて』

 いつものようにおでこへのキスがきたなぁと思ったら完璧に夢の世界へと落ちた。

 この幸せに包まれた安心した時間がいつまでも続いてくれるといいな、そんな思いに包まれた夜だった。
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