ローズゼラニウムの箱庭で

riiko

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最終章 それぞれの選択

218、最終章 8(桜 side)

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 良太が出て行って一週間が過ぎた。俺は無理にでも仕事を詰め込んで何も考えないように忙しく過ごした。今頃は岩峰に抱かれまくっているだろう。

――くそっ! クソクソクソ――

 良太が本当に望む幸せを思ったら、俺から解放しなければいけないと、本当はもうつがいになった時点でわかっていた。でもあいつはとても優しいから、俺が愛情さえかければいつかは俺だけを見てくれるって思っていた。そして一度は本当に愛情を感じられる日々がやってきたのに、どうしようもないクズ従兄弟のせいで、ダメになった。

 最終的に良太を監禁までして、壊れた関係を強要してきた。まさか俺がこんなに疲弊する日がくるなんて想像すらしなかった。それほどまでに運命は…… つがいは、アルファにとっての弱点だった。

 良太が日に日に弱っていくのを見ているのは辛かった。愛情は何も自分の側だけではない。遠くから見守るのも深い愛情だ。俺は俺と良太の幸せを擦りあわせるようにしてきたが、俺の幸せを除けば……良太の幸せだけを考えたら、良太は俺と居ない方が辛くないのだろうこともやっと理解した。

 あの日、岩峰の名前を呼んだ良太を見てそう確信した。そして新しいつがいを連れてきて……。

 それなのに、良太は思いの丈を込めて俺に愛を語ってくれた。

――ああ、ダメだ――

 ちょっと考えこむと良太のことしか思い浮かばない。だから仕事を目一杯詰めたはずなのに、無駄にスキルの高い自分が憎い。集中すればするほど、どんどん仕事が片付いてしまう。これじゃ社員の仕事まで取ってしまいそうだ。

 ふと、新着メールに知らない名前が出てきた。それだけならなんとも思わないが、タイトルが『桐生良太、最終調査報告書』と書いてあった。

 なんのイタズラだ? と思ったがでも気になってしまった。恐る恐る添付ファイルを開くと、そこには俺のマンションを出てからの良太の足取りが写真付きで報告されている。まるで興信所の調査報告、しかも繊細に詳細も詳しく記載されていた。

 報告書作成者は、藤堂一とうどうはじめ。彼は桐生家が付けている良太専属護衛だ。

 なにかの策略か? とも思ったが写真にある笑顔の良太を見たら手が進んでいた。そしてすぐさま見ると、初日にゲームセンターで同じ年頃の男女と意気投合。良太はこんな年相応の幼い顔で笑うんだ。初めて見る表情だった、岩峰に会う前に楽しんだんだな。

 夜中のファミレス、翌日には俺といった海でただ海を見ていた……これはなんでだ? でも夏休みの良太は凄くはしゃいでいたのを鮮明に覚えている。また来年行こうって楽しみにしていたから、それは果たされなかったけど。だから行ってみたくなったのか? 俺との思い出に浸っている? そして謎の親子登場、まさかのその家に宿泊までしている。

 良太の人格が、俺といる時と違う風に見える。

 本来のお前はこういう、人懐っこいやんちゃな子だったのか。俺や桐生、岩峰がそれを出させなかった。ずっと自分を偽らせ続けていたのではないか? それにしても、なぜまだ岩峰の元へ行ってないのだ?

 そして次の日はご両親のお墓参り、えっ、このセリフ……どういうこと? そもそもこんな鮮明に墓石に話している言葉を拾えるものなのか? もしや墓に来ると踏んでいて、元から高性能マイクでも備えていたのか?

 しかし、この良太の独り言という文章が、かなりまずいことを言っている。


『父さん、母さん、俺のこと、一生懸命育ててくれてありがとう。望む結果にはならなかったかもしれないけど、俺、精一杯生きたよ。俺、やっと自由になれたんだ。だから、もうすぐ会いに行くからね。二人に孫の顔も見せてあげるから楽しみに待っていてね、俺の体は見つからないところに行くから同じお墓には入れないけど、だけど、許して。大好きだよ』


 もうすぐ行くって、それに孫ってなんだ? なんなんだ、孫って。良太の子供ってことか、まさか腹に俺たちの子供が……。

 俺は急速に冷えていく体を持て余しながら、急いで先を読んだ。


『対象者を山の麓で発見、一見登山客を装うも、明らかにリュックの中には何も入ってない模様。危険を察知したため、護衛作業を放棄し本人に接触を試みる。荷物を確認すると中身はロープと水のみ。対象者をカフェに連れて行き、話を聞く。つがいを解消されたので、つがい欠乏で死ぬのを待つのは母親の死を見届けた経験上、耐えられず、自分の意識のあるうちに生を断つと決意。桐生家、上條家に迷惑をかけないよう、自分の死体を発見されない樹海に最終地点を決めていた』

 なんだよ! なんなんだよ、これどうして……。だってあいつは! 岩峰と結ばれるために俺の元を解放したのに、解放って生からの解放なんかじゃない!

 その先、と思い、震える手で次のページをめくった。


『現在、岩峰総合病院で保護。保護から三日経過、昏睡状態にて今夜、山場を迎えるとの予想。助かる見込みは……無い』

 なんで、だって良太を保護して話しを聞いたんじゃ? どういうことだ、自殺は成功したのか、それともこの報告書を書いた奴は、良太の意思を尊重させた? 全てが終わって、体だけ回収したのか……。

 一気に血が抜けて行くのがわかった。つがいの死、それはアルファには耐えられない苦しみ。

 良太の姿を確認しなければ。

 最悪、俺はその場で命を絶つこととなる……。良太がどこかで生きてさえいれば良かった。良太がこの世にいないなら、俺は生きる意味を失う。俺にはとても耐えられそうになかった。

 マンションから出ると、一台の車からスーツの男が出てきた。

「上條桜さんですね。私は良太様の幼い頃から専属でボディガードをしている藤堂と申します、私の報告書はご覧いただけましたか?」
「お前が! あの報告書どういうことだ! 良太がなぜ昏睡状態なんだ、お前が話しかけて事情を聞いたんだろう、ならなぜ自殺を阻止しなかった!」

 一瞬、厳しい目つきで見られた。こいつも相当なアルファなのだろう。

「あなたにそれを言う権利あるんですか? そもそもつがい解除して自殺へ追いやったのはあなたですよ? まあ、良い。可哀想な良太様の最後くらい、自分で目に焼き付けなさい。岩峰総合病院まで送ります。私が一緒でなければ、岩峰は良太様へ会わせてくれないと思いますよ、乗りますか?」
「……頼みます」

 悔しいが、ここでこいつに怒鳴っても殴りかかっても何も進まない。俺はすぐさま良太を確認しなくてはならない。

 後部座席に案内された、そこには一つのレコーダーが置いてあった。

「上條さん、そこのレコーダーには私と良太様の最後の会話が録音されています。病院へ着くまで、そちらをお聞き下さい。きっと良太様が、なぜこのような行動に出たか、頭のネジの外れたクソアルファであるあなたでも、多少は理解できるかもしれませんよ?」
「くっ……聞かせてもらう」

 俺はなんの反論もできない。頭のネジの外れたクソアルファ、まさにそうだ。最愛のつがいつがいという最悪の方法で死に向かわせたのだから。
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