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執務室の前の兵が敬礼をする。
父の執務室はこれまで何度となく刺客が放たれたので手練れを配置し厳重だ。
身内でも先触れを出さないと入る事が出来ないのはどうかと思うが、わざと屋敷廻りの兵を少なく薄くし、政敵に繋がるであろう人物を執務室に誘導しているそうだ。謂わば囮。
時により複雑な罠も仕掛けてあるとかで先触れの時点で罠を解除するらしい。
刺客は殺すだけでなく二重スパイや囲い込みもするそうだ。
使い勝手は何かと、だ。
屋敷内は地下牢や独房や尋問室も揃っているから人材には事欠かないと自慢していたな。
父上は変わっている。
が戦いは連勝を誇る猛者。
戦術は不得手らしく猪突猛進だが、頼れる腹心に囲まれ我が家は安泰らしい。
扉を開けると、書類や走らせるペンを止め父上は伊達眼鏡、片目モノクルを外しながら席を立つ。見上げる程の長身、引き締まった肉体。まだ現役。いや、生涯現役か。
応接の間の豪奢な椅子に大仰に座り足を組む。
赤金色の長髪がさらりと流れ、ぞくぞくする程の妖しさを湛えた赤金色の瞳が私を貫く。
ぞくりと肌が粟立つ。
美丈夫とも言われるが貴婦人は悪趣味だ。これは、人の皮を被った何かだぞ。
威風堂々と言えば、聞こえはいいが、内政をしていても戦地の雰囲気を醸し出すとか、いらぬ圧だな。
私を父に似ていると評する者も多いが外見だけだと願いたい。
私は戦闘狂ではないし、伴侶狂いでもないし、変人でもないからな。
我が父ながら子を持つ親世代とは思えぬ程若々しい。
我が家には汚れた血と引き換えに加護を受けられるらしく、父は若さが際立つらしい。年長の経験や判断力、人身掌握術を兼ね備えながらも、いつまでも若々しく雄々しく美しい。
スカーレット家を牽引していく実権を伴った象徴的カリスマ。
他家のご子息は我が父と比べられるのだ。憤懣やる方ないな。
父は厳かに、やや勿体ぶって口を開いた。
早く、話せばいいものを。
これも技なのだとか。
「狂人との契りは為されたか」
直球に問われる。
否。とは言わさない圧力が加わる。
「誠に不本意ではありますが、為されました」
「そうか!それは重畳‼︎ 」
膝を打ち、豪快に笑う。
圧力は霧散し
「私の娘はやれるべき時はやれるのだな」
口元に笑いを湛えながら満足気に話す。
そうか。これは、珍しい。
父は私を褒めている様だ。
歯痒い、歯痒いぞ。
私では事は為されなかったからな。
あの子が政治的意図を読んだみたいではないか。
無意識に握る手に力が入り過ぎ、一雫の血が流れる。
父は私の様子に気にすることなく
「アルドリアンは泳がせておけ。
勿論あれとの婚約は最初から存在しなかった。ただ、それだけだ」
「御意」
確実にそれを縁にしている、あの子は泣くだろう。気が重い。
私は溜息を押し込み父の前で礼を尽くし去る。
渡り廊下を歩きながら、考えに耽る。バロットの言う通り、私では事に及ばなかったのだ。頭では解っていてもアルドリアンに拘束されるなど矜持が許さぬし、歯の浮く台詞にも鳥肌が立ちっぱなしだった。
正直、あの子がときめき、頬を赤くし恥ずかしがる素振りまで見せたからアルドリアンは己の技量を勘違いしたのだ。
あれで落ちる女だと思われたのは非常に癪だが、仕方あるまい。
私自身、まだまだ精進せねばな。
少し空腹を覚えるが、食堂に今から行くのも気が引ける。無礼講だからこそ、私は大人しく部屋に帰るか。
アンヌの容態を見て、ララに軽食でも頼むか。
踵を返し、部屋に行こうとすると足元に影が落ちた。不審に思い、顔を上げると酒瓶を片手に隊服を着崩したバロットが立っていた。
父の執務室はこれまで何度となく刺客が放たれたので手練れを配置し厳重だ。
身内でも先触れを出さないと入る事が出来ないのはどうかと思うが、わざと屋敷廻りの兵を少なく薄くし、政敵に繋がるであろう人物を執務室に誘導しているそうだ。謂わば囮。
時により複雑な罠も仕掛けてあるとかで先触れの時点で罠を解除するらしい。
刺客は殺すだけでなく二重スパイや囲い込みもするそうだ。
使い勝手は何かと、だ。
屋敷内は地下牢や独房や尋問室も揃っているから人材には事欠かないと自慢していたな。
父上は変わっている。
が戦いは連勝を誇る猛者。
戦術は不得手らしく猪突猛進だが、頼れる腹心に囲まれ我が家は安泰らしい。
扉を開けると、書類や走らせるペンを止め父上は伊達眼鏡、片目モノクルを外しながら席を立つ。見上げる程の長身、引き締まった肉体。まだ現役。いや、生涯現役か。
応接の間の豪奢な椅子に大仰に座り足を組む。
赤金色の長髪がさらりと流れ、ぞくぞくする程の妖しさを湛えた赤金色の瞳が私を貫く。
ぞくりと肌が粟立つ。
美丈夫とも言われるが貴婦人は悪趣味だ。これは、人の皮を被った何かだぞ。
威風堂々と言えば、聞こえはいいが、内政をしていても戦地の雰囲気を醸し出すとか、いらぬ圧だな。
私を父に似ていると評する者も多いが外見だけだと願いたい。
私は戦闘狂ではないし、伴侶狂いでもないし、変人でもないからな。
我が父ながら子を持つ親世代とは思えぬ程若々しい。
我が家には汚れた血と引き換えに加護を受けられるらしく、父は若さが際立つらしい。年長の経験や判断力、人身掌握術を兼ね備えながらも、いつまでも若々しく雄々しく美しい。
スカーレット家を牽引していく実権を伴った象徴的カリスマ。
他家のご子息は我が父と比べられるのだ。憤懣やる方ないな。
父は厳かに、やや勿体ぶって口を開いた。
早く、話せばいいものを。
これも技なのだとか。
「狂人との契りは為されたか」
直球に問われる。
否。とは言わさない圧力が加わる。
「誠に不本意ではありますが、為されました」
「そうか!それは重畳‼︎ 」
膝を打ち、豪快に笑う。
圧力は霧散し
「私の娘はやれるべき時はやれるのだな」
口元に笑いを湛えながら満足気に話す。
そうか。これは、珍しい。
父は私を褒めている様だ。
歯痒い、歯痒いぞ。
私では事は為されなかったからな。
あの子が政治的意図を読んだみたいではないか。
無意識に握る手に力が入り過ぎ、一雫の血が流れる。
父は私の様子に気にすることなく
「アルドリアンは泳がせておけ。
勿論あれとの婚約は最初から存在しなかった。ただ、それだけだ」
「御意」
確実にそれを縁にしている、あの子は泣くだろう。気が重い。
私は溜息を押し込み父の前で礼を尽くし去る。
渡り廊下を歩きながら、考えに耽る。バロットの言う通り、私では事に及ばなかったのだ。頭では解っていてもアルドリアンに拘束されるなど矜持が許さぬし、歯の浮く台詞にも鳥肌が立ちっぱなしだった。
正直、あの子がときめき、頬を赤くし恥ずかしがる素振りまで見せたからアルドリアンは己の技量を勘違いしたのだ。
あれで落ちる女だと思われたのは非常に癪だが、仕方あるまい。
私自身、まだまだ精進せねばな。
少し空腹を覚えるが、食堂に今から行くのも気が引ける。無礼講だからこそ、私は大人しく部屋に帰るか。
アンヌの容態を見て、ララに軽食でも頼むか。
踵を返し、部屋に行こうとすると足元に影が落ちた。不審に思い、顔を上げると酒瓶を片手に隊服を着崩したバロットが立っていた。
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