イトムシ    〜 幼少期〜

夜束牡牛

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格技場5

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 深山は乱暴に出されるキイトの腕を、簡単に捕え肘を固めると、苦言を呈した。

「キイト様、繰糸くりいとへのこだわりが捨てられませんか? 承知されたではないですか。こんな戦い方をでは、追放者どころか、人間にやられてしまいます」
「っ……」

 キイトは言葉では返さず、目を険しくさせると、無理に手を払おうと暴れた。
 深山はキイトの関節を痛めてはいけないと、さり気なく逆手に持ち変え、三回目に払われた時に手を放してやった。しかし、キイトがすぐにそれに気付き、悔し気に瞳を歪める。

(負けん気はあるのに、何を怖がるのですか?)

 深山は油断せずに、夜の瞳を見返した。

 キイトは、一旦深山から離れ、息を整えた。
 糸を紡ぐまいと思っても、不安になればなるほど、勝手に糸は喉を上がって来る。それを抑え込むために腕が上がり、手の平が喉へと巻き付く。
 深山は、再びのその動作を見て、ふと一つの考えにたどり着いた。

「キイト様。貴方は、負けた事はありますか?」
「……?」

 その言葉に、幼い目が困惑に開き、喉に添えられた指が小さく動く。深山の観察する目には、それで充分だった。
 深山は誰ともなく頷くと、さらに続けた。

「やはりそうでしたか。貴方は、対戦相手が限られている。師であり長である強いイトムシ、小石丸様。あの方には敵わなくて当然です。しかし私は人間で、先ほどの戦いにも勝算があった、しかしいまは、糸を封じられての戦いだ。貴方は挑戦する事無く、逃げてばかりいる」

 キイトは怒りで頬が熱くなるのを感じた。

「逃げてなんかいないっ」

 正面から飛び掛かり拳を振るう。イトムシの力で当たれば強烈な打撃だ、しかし当たらない。
 深山は拳を避けると、間近で夜の瞳を覗き込んだ。

「逃げていますよ? 負けるのが怖くて」
「僕は人間に負けたりしないっ」

 糸が『私を使え、この男の首を吊りあげろ』と、喉を駆け上がって来る。
 キイトは、深山に対しても自分の糸に対しても怒りを感じ、その感情に揺らされた。

(糸を使わないっ、そう決めた。僕が決めた。なのに……人間の癖に、どうしてそんなに強いんだよ)

 そんな燃えつく幼い胸の内に、よく知る、がさっとよぎった。
 キイトは目の前の深山に、警告の視線と声を鋭く放った。

「避けてくださいっ」
「!」

 キイトは深山の肩越しに、冷たい気配の正体を確認し、素早く横へと身を返す。深山もそれに習い、背後の気配から飛び避けた。

 ひゅひゅ ひゅ ひゅ  カッカカカン 

 突然、二階席から矢が撃ち込まれた。
 
 放たれた矢、四本すべてが、キイトのいた床へと突き刺さっている。見ると、二階観客席に、白い影が立っていた。
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