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第一章 春の真ん中、運命の再会
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しおりを挟む夢は、所詮叶わないから夢なんだ。
そう悟ったのは、いつの頃だろう?
小学校の卒業文集で俺が書いた将来の夢は、『サッカー選手かカメラマン』だった。
サッカー選手は、単純にサッカーというスポーツが好きだったからだが、カメラマンの方は、写真が趣味だった祖父の影響だ。
祖父は地元の役場に勤める公務員で、休みの日にはカメラを片手に幼い俺を連れて、写真を撮って歩くのがライフワークだった。
野に咲く草花、季節ごとに表情を変える山々。どこにでもあるような田舎の景色が、一枚の写真の中で鮮やかな色を纏う。家に暗室を作って自分で写真を現像してしまう祖父は、幼い俺にはまるで美しい写真を生み出す魔法使いのように思えたものだ。
祖父は俺の憧れの大人だった。自然とカメラや写真にも興味がわいて、幼いながらも祖父のように自分で写真を撮って現像できる人になりたいと思った。そう祖父に言うと、それが『カメラマン』という職業だと教えてくれた。
その祖父が中学の入学祝いに、大切にしていたライカ製の一眼レフのカメラをくれた。デジタル式ではなくフイルム式の一番古い機種だ。
もちろん俺は飛び上がって喜んだ。写真部があれば迷わず入っただろうが、残念なことに俺の入学した中学にはそんなしゃれた部活は存在しなかった。
そこで残る選択肢として自然とサッカー部に入部した俺は、伊藤貴史という無二の親友を得て、中学の三年間みっちりと楽しいサッカーライフを謳歌した。
そして伊藤と同じ高校に入学した俺が選んだのは、やっぱりサッカー部。写真部で写真を撮ってみたいという密かな熱は存在していたが、その時の俺は中学と同じく親友と一緒にボールを追ってグランドを走り回ることの方に大きな魅力を感じて、それを選んだ。
とは言っても、プロのサッカー選手になれるとはまったく思っていなかった。
プロサッカー選手になれるのは、ほんの一握りの選ばれた人間だけだ。もちろん、俺がその一握りの中に入れるはずもない。俺は大学に進み卒業後、地元の広告代理店に就職し営業職に就いた。
まあ、サッカー選手にもカメラマンにもなれなかったが、きっとみんなこんなものだろう。夢の残り火を胸の奥に抱いて、あきらめと妥協の現実を生きていく。
カメラは趣味として楽しめばいい。そう、今はもう彼岸の人となった祖父のように。
そんな平凡な毎日を送る俺の心に、小さな小石を投げたのは伊藤貴史からの一本の電話だった。
ゴールデンウィークを半月後に控えたその日、残業もなく珍しく定時で実家に帰宅した俺は、自室にしている十二畳の和室にビールとつまみを持ち込んで家具調コタツのテーブルの上に広げ、テレビのお笑い番組を見ながら、気分よくひとりで酒盛りをしていた。
プルル、プルルとなるスマホの表示を見れば、我が心の友の伊藤貴史の文字があり、思わず口の端が上がった。
――正月に二人で飲んで以来だから久々だな。ゴールデンウィークにでもまた飲もうとの誘いだろう、などと思いつつ電話に出れば、なんと驚きの報告だったわけだ。
「浩二、俺、プロサッカーチームに入ったんだ。今度初めて試合にでるから、見に来ないか?」
そう誘われたとき、一瞬、エイプリールフールだったかと思ったが、半月も前に過ぎている。第一、伊藤はこんな嘘をついて他人をからかうようなおちゃらけた性格はしていない。どちらかと言えば、それは俺の専売特許だ。
「……マジか?」
半分冗談かもと思いつつ問えば、至極まじめな声音で答えが返ってきた。
「大まじめだ」
「……高校の体育教師っていう安定の職業を棒にふったわけか?」
「まあな」
茫然とつぶやけば、少し笑いを含んだ声が聞こえてくる。
そうか。
伊藤、お前は諦めなかったんだな。
「浩二?」
俺の中にあったのは、純粋な驚き。そして、自分には到底できないことを、そもそも挑戦しようとも思わなかった『夢を叶える』ということを成し遂げた親友に対する、尊敬の念。
「あ、ああ。すごいじゃないか伊藤。絶対、見に行くよ」
「良かったら、佐々木――亜弓ちゃんとかにも声をかけてみてくれるか? 三池とかは連絡取り合ってるのか?」
佐々木亜弓は、俺、佐々木浩二の三カ月年上の従姉で、三池陽花はその親友だ。高校時代の三年間、俺と伊藤、亜弓と三池はいつも四人でつるんでいた。
亜弓は東京の会社でOLをしていて、会うのは親戚一同が会する盆と正月だけだ。三池に至っては高校を卒業して以来会っていない。
少女めいたあどけない雰囲気をまとった三池のはにかんだような笑顔が胸をよぎり、心の深い場所に甘い痛みが走る。
彼女は、俺の初恋の人だった――。
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