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第一章 春の真ん中、運命の再会
18 陽花の回想録-9
しおりを挟むあーちゃんは伊藤君が好きなのに、あの夏祭りの時、伊藤君に告白するわたしの背中を押してくれたの?
それなのに、わたしは、その気持ちに今頃になって気づくなんて。
「どしたの、陽花?」
原稿を読んでいる途中でいきなり、胸を押さえて深刻な顔で黙りこくってしまったわたしを、あーちゃんは心配げに覗き込む。
そう。いつだって、あーちゃんは、わたしを気遣ってくれる。こんな超・鈍感な、わたしのことを。
言わなければ。伊藤君とは一回デートしただけで、振られてしまったのだと、伊藤君にはずっと好きな人がいるから付き合えないと断られたのだと、伝えなくては。
そこまで考えを巡らせて、またもやある可能性に思い至った。
――もしかして伊藤君が好きな人って、あーちゃん? だったりして。
その考えは、的を射ているような気がした。
あああ。どうしよう。もし、わたしのこの勘が当たってたら、どうしよう。
「まじめに大丈夫、陽花? 気分悪い?」
「え、あ、うん。ごめん、大丈夫。ちょっとボーっとしちゃった……」
言えない。
ううん。言っちゃいけないような気がした。
もしも、あーちゃんが伊藤君を好きでも、伊藤君があーちゃんを好きでも、その思いを伝えて良いのは本人だけだ。推測だけで、わたしが口にしていいことじゃない。
でも、わたしが告白したせいで、そのあと、振られたと伝えなかったせいで、実るはずだった、あーちゃんと伊藤君の恋を邪魔しちゃったのだとしたら。
――なぜ、もっと早く気づかないんだ、わたし!
常々、家族からのんびり屋だと言われるが、のんびりにもほどがあるだろう。と、自分にツッコミを入れてもどうにもならず。
このタイミングで『実は二年前の夏に伊藤君に振られてました』と言ったら、さすがにあーちゃんも、訝しく思うだろう。
ああ、どうしよう。
結局、何もいえないまま、さらに時は過ぎて。わたしたちは高校を卒業し、別々の大学へ進学した。
わたしに残ったのは、たくさんの楽しい思い出と消えない罪悪感。
その罪悪感は、今もわたしの心の奥底に、しつこく住み着いてしまっている。
長い回想から現実に戻ってきたわたしは、広げていた高校時代のアルバムを静かに閉じて、ひとつ大きなため息をついた。
大学を卒業した後、あーちゃんは東京の会社へ、私は地元の会社へ就職し、OLになった。佐々木君も地元の会社でサラリーマンに、伊藤君は高校の体育の教師になったと聞いている。
それぞれの道に進み、すっかり疎遠になってしまった大切な友だちの顔が次々と浮かんでは消える。
「今なら、言えるかな?」
高校を卒業して、もう七年。大人になった今なら、あーちゃんに懐かしい思い出話として打ち明けられるだろうか?
「実は、一回のデートで伊藤君に振られてました」と、笑い話にできるだろうか?
それで、積もりに積もってしまったこの罪悪感が消えるとは思わないけれど。
「あーあ、あーちゃんに会いたいなぁ……」
ごちゃごちゃとした理屈は抜きで、わたしは、あの元気で優しい友達に会いたかった。じわりじわりとした病状の悪化で、OL生活に終止符を打たざるを得えなかった現状が、気持ちを弱くしているのかもしれない。
ホームシックに似た感情を持て余していると、ローテーブルの上に置いてあったスマホが、着信音を上げた。
壁掛け時計の針は、すでに夜の八時を回っている。職場の人なら、こんな遅くにはかけてこないはず。誰だろう?
あまり深く考えず、反射的に通話ボタンをタップして耳に当てる。
「はい、三池です」
「あ、もしもし、三池? 俺、佐々木だけど。わかるかな?」
耳朶を叩いたのは、妙に懐かしさを感じさせる男性の声。
「え……?」
少し低めのハスキーボイスには、聞き覚えがあった。特徴的なツンツン頭と、人の好さそうなニコニコ笑顔が脳裏をよぎる。
そんなまさか。
このタイミングで、電話がかかってきちゃうの?
信じられない思いで口を開く。
「佐々木君って、あーちゃんの従弟の佐々木浩二君?」
「ああ、その佐々木亜弓の従弟の佐々木浩二です」
「うわー、本当にっ!?」
思わず素っ頓狂な声が出てしまう。
うわー、うわー。本当に、本物の佐々木君だっ!
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