ひまわり~この夏、君がくれたもの~

水樹ゆう

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第一章 春の真ん中、運命の再会

17 陽花の回想録-8

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 初デートで、見事玉砕した割には、あまりそのことを引きずらなかった一番の理由は、伊藤君の態度がそれまでと全く変わらなかったことだろう。

『これからも友達としてよろしく』と約束したものの、気まずくなったら嫌だなぁ――という心配は、まったくの杞憂きゆうに終わった。

 デート後の月曜日のお昼休み。私は少しドキドキしながら、あーちゃんと一緒に屋上に向かった。手には、自分のお弁当と、以前、作ってきて好評だったデザート用の、ミカン入り牛乳かんが入ったタッパー。

 普段、クッキーやマドレーヌなんかの甘いお菓子はあまり口にしない伊藤君も、「おいしい」と言ってくれた自信作だ。

「ヤッホー! 聞いて喜べ男子諸君。今日のデザートは、陽花はるか特性ミカン入り牛乳かんだっ!」

 開口一番、タッパーの中身を知っているあーちゃんが、高らかに宣言する。

「おお、それは楽しみ。三池が作ったのって、さっぱりしてて、うまいんだよなー」

 佐々木君がニコニコと話を振れば、伊藤君も「ああ」と頷いて笑ってくれた。向けられる視線もまっすぐで、なんの陰りもなくて、わたしはそのことに、心底ほっと胸をなでおろした。

 こうして、わたしと伊藤君は、なにごともなく元通りの『お昼と下校友達』に戻った。

――が、ここでわたしはすっかり、あることを失念していた。

 あーちゃんに、『伊藤君に振られた』という事実を告げることを。

 結局実らなかった恋もどきのことを、早く忘れたいという気持ちもあったと思う。あーちゃんも、特に伊藤君とのことについて聞いてはこなかったから、あえてわたしから話題にすることもなかった。

 そうして、一年、二年と時は過ぎていき、クラスが変わっても相変わらず四人は、お昼と下校友達のまま高校三年生になっていた。

 そのとき、秋の文化祭を前に、わたしとあーちゃんは文芸部の小冊子に掲載する作品作りに追われていた。

 あーちゃんは、中編のファンタジー風味の恋愛小説、わたしは詩を二篇というかなり分量の偏った内容だ。でも、悲しいかな、一年生の時に早々と自分の文才のなさを悟っていたわたしは、編集作業の方を頑張った。

 そして、ついにあーちゃんの大作が完成したその日。放課後の部室で、いつものごとく、わたしは完成したあーちゃんの小説を読める読者第一号の栄誉をしみじみと味わっていた。

 ドキドキ・ワクワクしながら、原稿を読み進めていくうちに、主人公の性格があーちゃんそっくりなことに気づき、思わず頬の筋肉が緩んでしまう。

 元気で明るくて、困っている人を見ると放っておけない姉御肌の性格は、本当にそっくり。その主人公が恋する幼馴染は、背が高くて日に焼けた健康そうな小麦色の肌をしたスポーツマン。

――あれ? と思った。

『少しするどい感じの目元が、ふわりと優しくほころぶ』

『一見取っつきにくいけれど、本当は優しい人』

『陰りのないまっすぐな視線』

 主人公が恋する幼馴染はまるで、伊藤君みたい――。

 ううん、これは、伊藤君そのものだ。

――ええっ!?

 もしかして、あーちゃんって、伊藤君のこと!?

 ええええっ!?

 あーちゃんは、伊藤君のことが好きなのだと、そう、唐突に気づいてしまった。

 そう言えば、部活の時、グランドに向けられるあーちゃんの視線は、誰を追っていた?

 わたしが伊藤君を見ていた時、隣にはいつも、あーちゃんがいた。わたしと同じだけ、ううんたぶん、わたしよりもずっと前から、あーちゃんは伊藤君のことを見ていたに違いない。

 ドクン――と、鼓動が乱れて、思わず胸をぎゅっと掴んだ。


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