ひまわり~この夏、君がくれたもの~

水樹ゆう

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第一章 春の真ん中、運命の再会

16 陽花の回想録-7

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 実は、告白の後、伊藤君と二人で境内を回ったとき何を話したか、その内容はほとんど覚えていない。

 もともと伊藤君は口数が多くない人だったし、わたしも告白の余波でかなり舞い上がっていた。おぼろげな記憶を手繰り寄せれば、わたしが何か短い質問をして伊藤君が端的に答える、みたいなノリだったように思う。

 ただ、伊藤君が、わたしの歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれるのがわかって、とても嬉しかったのをよく覚えている。そういうさりげない優しさも、大好きな『黒ちゃん』のイメージそのものだと、しみじみ思った。

 優しくて大きくて、包容力がある黒ちゃんは私の中の理想の男性像で、伊藤君はまさしくイメージそのもの。たぶん、会った瞬間から好きにならずにはいられない、そんな存在だった。

 あの後、一度だけ伊藤君とデートをした。とはいっても特別どこかにお出かけしたのではなく、日曜日に待ち合わせをして街の映画館で一緒に映画を見て、ファミリーレストランでお昼ご飯を食べただけだけれど。

 伊藤君から誘われたとき、わたしは天にも昇る気持ちだった。

 オシャレをして、ちょっとだけメイクをして臨んだドキドキの初デート。ただ二人で並んで座って映画を見ただけだけど、とても楽しかった。学校じゃない場所で、二人だけで過ごす時間は、こんなに幸せでいいのかと不安になるくらい幸せだった。

 でも。二人きりで過ごした幸せな時間は、この時が最初で最後だった。

「今日は、付き合ってくれてありがとう」

 別れ際、優しく目元をほころばせた後、伊藤君は少し悲し気に視線を落として言葉を続けた。

「ゴメン。俺、三池みいけとは付き合えない」
「……えっ?」

 視線をまっすぐ合わせた後、心底、申し訳なさそうに伊藤君はそう言った。

 一瞬、何を言われたのかわからず、ゆっくりとその言葉の意味を咀嚼そしゃくした。

――何か、気に障るようなことをしちゃったんだろうか?

 おろおろと、今までの自分の行いを思い出してみても、何がいけなかったのかわからない。

「三池が悪いわけじゃないんだ。俺の一方的な都合だから……」

 ショックと困惑と悲しみと。ごちゃまぜになった気持ちを胸の内に押し込めながら、私はただ伊藤君の言葉を聞いていた。

「三池に告白されたとき、正直、かなり嬉しかった。俺は佐々木みたいに愛想も良くないし、気の利いたことも言えない。そんな俺を好きだと言ってくれて、すごくうれしかった」

 少し寂し気に笑いながら、伊藤君は言った。

「俺、ずっと好きな人がいるんだ。ずっと片思いで、たぶんこれからも片思いのままだと思うけど。だから、ゴメン。三池とは付き合えない――」

 そらさずに、まっすぐ向けられる視線は真摯で嘘をいってないことがヒシヒシと伝わってくる。伊藤君が、片思いの相手をどれほど思っているのかも、痛いくらいに。

 伊藤君はどれくらいの時間、その思いを心の中で温めてきたのだろう。なのに、私は、黒ちゃんに似ているというだけで舞い上がって、勢いで告白して。

 なんだか、ずいぶんと軽薄なことをしたような気がして、急に恥ずかしくなってしまった。
 
「そっか……」
「ゴメン……」
「そんなに謝らなくっていいよ」

 残念だけど、なんだかそれほどショックじゃないっていうか。

 もちろん、振られたのだから悲しかったけど、割合から言えば恥ずかしさの方が多かった。伊藤君がしているのは、片恋ではあるけれど正真正銘の恋。だけど、私がしていたのは、たぶん恋未満の憧れだったような気がした。

 本当に恋していたのだとしたら、きっと悲しくて泣きだしているはず。だから、きっとこの想いは、恋じゃなかったんだ。

「伊藤君」
「うん?」
「これからも、友達でいてもらえる?」

 四人で過ごすお昼やすみのお弁当タイムと下校のひととき。あの楽しい時間がなくなってしまったら、私は本気で泣く自信がある。想像するだけでも涙目になりそうだ。

「ああ、もちろん。これからもよろしくな」
「うん、よろしくね!」

 差し出された伊藤君の手は、大きくてとても温かかった。そして、なによりもあの大切な時間を失わずにすむことに安堵した。

 でも、伊藤君と別れた後、電車の中で窓の外を見るふりをして、ちょっぴり泣いてしまったのは、誰にも内緒だ。


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