16 / 20
第一章 春の真ん中、運命の再会
16 陽花の回想録-7
しおりを挟む実は、告白の後、伊藤君と二人で境内を回ったとき何を話したか、その内容はほとんど覚えていない。
もともと伊藤君は口数が多くない人だったし、わたしも告白の余波でかなり舞い上がっていた。おぼろげな記憶を手繰り寄せれば、わたしが何か短い質問をして伊藤君が端的に答える、みたいなノリだったように思う。
ただ、伊藤君が、わたしの歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれるのがわかって、とても嬉しかったのをよく覚えている。そういうさりげない優しさも、大好きな『黒ちゃん』のイメージそのものだと、しみじみ思った。
優しくて大きくて、包容力がある黒ちゃんは私の中の理想の男性像で、伊藤君はまさしくイメージそのもの。たぶん、会った瞬間から好きにならずにはいられない、そんな存在だった。
あの後、一度だけ伊藤君とデートをした。とはいっても特別どこかにお出かけしたのではなく、日曜日に待ち合わせをして街の映画館で一緒に映画を見て、ファミリーレストランでお昼ご飯を食べただけだけれど。
伊藤君から誘われたとき、わたしは天にも昇る気持ちだった。
オシャレをして、ちょっとだけメイクをして臨んだドキドキの初デート。ただ二人で並んで座って映画を見ただけだけど、とても楽しかった。学校じゃない場所で、二人だけで過ごす時間は、こんなに幸せでいいのかと不安になるくらい幸せだった。
でも。二人きりで過ごした幸せな時間は、この時が最初で最後だった。
「今日は、付き合ってくれてありがとう」
別れ際、優しく目元をほころばせた後、伊藤君は少し悲し気に視線を落として言葉を続けた。
「ゴメン。俺、三池とは付き合えない」
「……えっ?」
視線をまっすぐ合わせた後、心底、申し訳なさそうに伊藤君はそう言った。
一瞬、何を言われたのかわからず、ゆっくりとその言葉の意味を咀嚼した。
――何か、気に障るようなことをしちゃったんだろうか?
おろおろと、今までの自分の行いを思い出してみても、何がいけなかったのかわからない。
「三池が悪いわけじゃないんだ。俺の一方的な都合だから……」
ショックと困惑と悲しみと。ごちゃまぜになった気持ちを胸の内に押し込めながら、私はただ伊藤君の言葉を聞いていた。
「三池に告白されたとき、正直、かなり嬉しかった。俺は佐々木みたいに愛想も良くないし、気の利いたことも言えない。そんな俺を好きだと言ってくれて、すごくうれしかった」
少し寂し気に笑いながら、伊藤君は言った。
「俺、ずっと好きな人がいるんだ。ずっと片思いで、たぶんこれからも片思いのままだと思うけど。だから、ゴメン。三池とは付き合えない――」
そらさずに、まっすぐ向けられる視線は真摯で嘘をいってないことがヒシヒシと伝わってくる。伊藤君が、片思いの相手をどれほど思っているのかも、痛いくらいに。
伊藤君はどれくらいの時間、その思いを心の中で温めてきたのだろう。なのに、私は、黒ちゃんに似ているというだけで舞い上がって、勢いで告白して。
なんだか、ずいぶんと軽薄なことをしたような気がして、急に恥ずかしくなってしまった。
「そっか……」
「ゴメン……」
「そんなに謝らなくっていいよ」
残念だけど、なんだかそれほどショックじゃないっていうか。
もちろん、振られたのだから悲しかったけど、割合から言えば恥ずかしさの方が多かった。伊藤君がしているのは、片恋ではあるけれど正真正銘の恋。だけど、私がしていたのは、たぶん恋未満の憧れだったような気がした。
本当に恋していたのだとしたら、きっと悲しくて泣きだしているはず。だから、きっとこの想いは、恋じゃなかったんだ。
「伊藤君」
「うん?」
「これからも、友達でいてもらえる?」
四人で過ごすお昼やすみのお弁当タイムと下校のひととき。あの楽しい時間がなくなってしまったら、私は本気で泣く自信がある。想像するだけでも涙目になりそうだ。
「ああ、もちろん。これからもよろしくな」
「うん、よろしくね!」
差し出された伊藤君の手は、大きくてとても温かかった。そして、なによりもあの大切な時間を失わずにすむことに安堵した。
でも、伊藤君と別れた後、電車の中で窓の外を見るふりをして、ちょっぴり泣いてしまったのは、誰にも内緒だ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
初恋だったお兄様から好きだと言われ失恋した私の出会いがあるまでの日
クロユキ
恋愛
隣に住む私より一つ年上のお兄さんは、優しくて肩まで伸ばした金色の髪の毛を結ぶその姿は王子様のようで私には初恋の人でもあった。
いつも学園が休みの日には、お茶をしてお喋りをして…勉強を教えてくれるお兄さんから好きだと言われて信じられない私は泣きながら喜んだ…でもその好きは恋人の好きではなかった……
誤字脱字がありますが、読んでもらえたら嬉しいです。
更新が不定期ですが、よろしくお願いします。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~
馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」
入社した会社の社長に
息子と結婚するように言われて
「ま、なぶくん……」
指示された家で出迎えてくれたのは
ずっとずっと好きだった初恋相手だった。
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
ちょっぴり照れ屋な新人保険師
鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno-
×
俺様なイケメン副社長
遊佐 学 -Manabu Yusa-
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
「これからよろくね、ちとせ」
ずっと人生を諦めてたちとせにとって
これは好きな人と幸せになれる
大大大チャンス到来!
「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」
この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。
「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」
自分の立場しか考えてなくて
いつだってそこに愛はないんだと
覚悟して臨んだ結婚生活
「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」
「あいつと仲良くするのはやめろ」
「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」
好きじゃないって言うくせに
いつだって、強引で、惑わせてくる。
「かわいい、ちとせ」
溺れる日はすぐそこかもしれない
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
俺様なイケメン副社長と
そんな彼がずっとすきなウブな女の子
愛が本物になる日は……
離婚した彼女は死ぬことにした
はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる