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第一章 春の真ん中、運命の再会

15 陽花の回想録-6

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 夏祭りが行われたのは、満月が美しい夜だった。

 神社の境内は夏祭りの活気であふれていた。昼間の猛暑の名残をじゅうぶんに残した生ぬるい風が、祭りを楽しむ賑やかな人波を吹き抜けていく。

 あーちゃんとお揃いの濃紺の浴衣の裾には、涼し気に泳いでいる赤い金魚。右手の中指には、これまたあーちゃんとお揃いで買った青い水風船。

 ぽよん、ぽよんと弾ませれば、つられるように私の鼓動もドキドキと早まった。

 夏祭りに誘われた日から、ずっと心に決めていたこと。

 わたしは、『伊藤君に告白するタイミング』を、今か今かと計っていた。

 実は、あーちゃんにも告白することは言ってなかった。いつもあーちゃんに頼りっぱなしではイケナイと思ったし、言葉にしてしまうと返って迷ってしまいそうな気がしたから。

 視線の先には、Tシャツにジーパン姿の伊藤君と佐々木君が楽し気に会話をしながらそぞろ歩く後ろ姿。

 私は、ごくりと唾を飲み込んで、リンゴ飴をかじりながら隣を歩いていたあーちゃんに向かい、決意を込めて口を開いた。

「……ねえ、あーちゃん」
「うん、なあに? リンゴ飴、おいひいよ?」
「あのね、わたし……」
「陽花も、買ってくふ?」

 わたしは足をとめて、リンゴ飴をもぐもぐと咀嚼そしゃくしながら、何事かと小首をかしげているあーちゃんを見上げて言った。

「あーちゃん。わたし今夜、伊藤君に告白するっ!」
「……むぐっ!?」

 驚きのあまり、リンゴ飴を飲み込んでしまったあーちゃんは、苦しそうにドンドンと胸を手だ叩きつつ、むせながら聴いてきた。

「は、陽花はるか……。告白って、今日、今からここで!?」

 わたしは背筋をしゃんと伸ばすと、あーちゃんをまっすぐに見つめて、ゆっくりと頷いた。

 そんな私の様子を見守っていたあーちゃんは、まぶしいげに少し目を眇めて言う。

「そっか……。もう、決めたんだね?」
 
 決意を込めてコクリと頷けば、あーちゃんはガッツポーズを作った。そしてニッコリと満面の笑みでエールをくれた。

「陽花、ファイト!」

 その声に背を押されて、わたしは一歩、足を踏み出した。けれど、とたんに、心細さが襲ってきた。

――怖い。もしも、嫌われてしまったら、どうしよう。

 もしも、今までの心地よい関係さえ無くなってしまったら、どうしよう。

 このまま、告白なんかしない方が良いんじゃないの?

 ぐるぐると、マイナスの思考が渦を巻く。

 そんな私の弱気な心を見透かしたかのように、あーちゃんは、私の背中をポン! と励ますように押し出して発破をかけてくれる。

「大丈夫だよ。きっと伊藤君だって、陽花のこと嫌いじゃないって、ほら、行ってきな!」

――ああ、あったかい。

 その手のぬくもりと、心から応援してくれるその気持ちが、涙がでそうなくらいに、あったかい。

 あーちゃんの手のぬくもりとエールに背中を押されて、私は自分にカツを入れた。
 
「うん! 玉砕覚悟で行って来るね!」
「頑張れ、陽花っ!」

 わたしは、少し前を佐々木君と一緒に歩いていた伊藤君の前まで行くと、足を止めて上背のある伊藤君を見上げた。

 告白へ一直線。気持ちが突っ走っていたわたしには、周りを歩く人たちも目には入らず。大きく息を吸い込み息を止めて。わたしは、一世一代の告白を実行に移した。

「伊藤君! 伊藤君、わたし、入学式ではじめて会った日から、伊藤君のことが好きでしたっ」

 ドキドキと早まる鼓動はもう臨界点。このまま発作でも起こしたらどうしよう、なんて心配がちらりと頭をかすめたけど、それどころじゃない。

 わたしは、息をつめて、伊藤君の返事を待った。

 往来でのいきなりの告白に驚いたように目を丸めていた伊藤君は、ぱちぱちぱちと三度瞬きをしてから、いつもと変わらない静かな声で言った。

「ええと、その、ありがとう」

 ありがとう、に続く言葉を待ったけれど、落ちたのは沈黙。その沈黙の間に羞恥心が沸き上がり、耐えきれなくなった私は質問を投げた。

「あの、伊藤君は、彼女さん、いるんですか?」
「……いないけど」
 
 やった! 彼女、いないんだ。

 もしかしたら、と思っていたから、これは素直に嬉しかった。彼女がいないなら、この想いが届く可能性はゼロではないのだから。

「ねぇ、ねぇ。せっかくだから、二人で境内、ぐるっと一周してきたら? 私と浩二はこの辺で適当に待ってるから。ね?」

 追いついてきたあーちゃんの提案に、伊藤君も「そうだな……」と言って頷いてくれた。

 佐々木君は、わたしの告白が予想外だったようで、ずっと驚いたような表情で無言だった。いつもは賑やかで率先して楽しい話題を振ってくれるのに。

 ――ああ、驚かせちゃったかな?

 と、少し恥ずかしく、そして申し訳ない気持ちになった。


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