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12【再会⑫】
しおりを挟む「……あ、ああ。おはよう」
気だるそうな低音ボイスが、そう広くもない室内に静かに響く。
声の主、谷田部課長は、横になったまま左腕を上げて腕時計に視線を走らせた後、ゆっくりと体を起こした。額に落ちかかる前髪に、ドキンと鼓動が跳ねる。
な、な、なんで、あなたがここで寝ているの!?
む、昔はどうあれ、今はただの上司と部下なのよっ!
酸欠の金魚よろしく、口をぱくぱく開け閉めしている私に、課長は至極落ち着き払った態度で『スマホが鳴っているよ』と、床に置いてある私のバッグを指さした。
あ、ああ、電話!
慌ててバックから引き出したスマートフォンの着信窓に表示されていたのは、『佐藤美加』の文字。
み、美加ちゃんだっ!
ど、ど、どうしよう。この状況を、どう説明すればいいんだろう!?
いや、落ち着け、落ち着け!
『スマホじゃ、この部屋に谷田部課長が居るなんて分かりやしないんだから』。
パニック一歩手前でどうにか自分にそう言い聞かせ、すうはあと深呼吸をしてからスマートフォンを耳に当てると、『あ、もしもし、梓センパイ?』 と、二日酔いとは縁遠そうなハツラツとした美加ちゃんの声が響いてきた。
『昨日は、無事アパートに辿り着きましたか?』
辿り着いたけど、おまけも付いてきました。なんて、言えるはずもない。
「ア、アハハ……、何とかね。醜態晒しちゃって、ゴメンね美加ちゃん」
『そんなこといいんですよ。それよりも、昨夜の谷田部課長、素敵でしたねー。 梓センパイを軽々とお姫様抱っこしちゃうんですもん。思わず萌えちゃいましたよ、私!』
「ええ、そうなの……」
って、ええっ!?
じゃあ、あの時のやたらとフワフワ心地良い感じは、『ソレ』かっ!?
その絵面を想像して思わず冷や汗をタラリタラリと流す私の肩を、話題の主がツンツンとつついた。
『用事があるから、帰ります』
ギクリと振り返る目の前には、そう書かれたメモ用紙が差し出された。
「え、あのっ!」
『センパイ?』
ちょっと、待って、まだ聞きたいことがあるんです!
美加ちゃんと通話中で声を出せずに、身振り手振りで引き止めようと慌てふためく私に、谷田部課長は、微笑をたたえた表情で『じゃ』と軽く右手を上げると、ドアの向こうへ静かに姿を消した。
パタン――と、ドアの閉まる音がどこかもの悲しく響く。
まるで、初めからここには居なかったかのように、何の痕跡も残さずに消えてしまった人。
胸が、痛い。
おいてけぼりにされた、あの頃の気持ちが蘇ってきて、胸の奥が痛い。
ふと、あの人はなぜソファーで寝ていたんだろう? と思った。
もちろん、何かあって欲しかったわけじゃない。もしも、実際に何かあったら、『酔っぱらって正体を無くした女に手を出すような最低野郎』だと、私はあの人を軽蔑するだろう、だけど。
自分でも、矛盾していると思うけど、何だか女としての自分を否定されたような気がして、少しばかり淋しい。
本当、矛盾している。
『センパイ? どうかしたんですか?』
訝しげな美加ちゃんの声に現実に引き戻された私は、ブルブルと頭を振った。
考えても仕方がないことは考えない。
それが、女歴二十八年で学んだ処世術。
「ううん、なんでもないの……。それより、何か用事でもあったの?」
確かに美加ちゃんとは電話で連絡しあう仲だけど、休日にプライベートでかかってくることは滅多にない。何かしら会社関連の連絡事項があるのだろう。
でもその予想は、意外な方に外れた。
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