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44【告白⑲】
しおりを挟むほんの少し手を伸ばせばたやすく届くほどに、すぐ隣に座る人。
その体温を痛いくらいに感じながら、タクシーの後部座席の窓から、ゆっくりと流れていく夜の街並みをただぼんやりと見つめていた。
今日はこのまま直帰だ。車は会社に預けて直接タクシーでアパートに帰り、月曜日はバスで通勤する段取りになっている。土日に出かける予定もないから、車がなくても別に困るということはない。
深夜の道路は悲しくなるほど空いていて、ほどなく見慣れたご近所の風景が見え始めた。
――ああ、もう着いてしまう。
ことここに及んでもまだ課長と一緒に居たいと思う気持ちが、私の中には確かに存在している。今更ながらそのことに気付かされ、苦い笑いが口の端を上げた。
本当、救いようがない――。
ミジンコどころか、バクテリア並に掬いようがない。
ふと巡らせた視界の隅。
数十メートルほど先、道路の左側に、闇夜に煌々とオレンジに輝くお馴染みのコンビニの看板が見えて来て、私は運転手さんにその前で止めてくれるように頼んだ。
何だか、無性に母の作った『サバの味噌煮』で、白いご飯が食べたくなってしまったのだ。さすがに、故郷を遠く離れたこの場所ではその願いは叶うべくもない。でも、せめてサバの味噌煮缶でも買って帰ろうと思った。
缶詰だからとバカにはできない。『お袋の味』には及ばずとも、旬のサバを使って作られている缶詰はかなり美味しい。私の定番の『お家ごはんのおかず』だ。
ヘコんだ時は、美味しいものを食べるに限る。ホテルの高級なディナーには及ぶべくもないけれど、私にとっては、何よりのご馳走だ。
確か冷蔵庫の中に缶ビールと缶酎ハイが数本残っていたはずだから、適当におつまみも買って、一人で酒盛りをしよう。
そして、忘れるんだ。
少しだけ昔の東悟みたいに私をからかう谷田部課長が、どこか楽しそうだったこと。
ドレス選びに迷っているときに、似合うドレスを勧めてくれたこと。
私が飯島さんに告白されてもデートに誘われても、平然としていたこと。
エレベーターでのこと――。
そうだ、忘れよう。
課長に関することはすべて。
今日あったことはみんな夢だったと、綺麗さっぱり忘れる。
そして、月曜には元気に会社に行こう。
『飯島さんに告られちゃったよー!』って教えてあげたら、どんな顔をするだろう、美加ちゃんは。
驚くだろうか? それとも喜んでくれるだろうか?
きっと少女漫画みたいに目をきらきらーんと輝かせて、喜んでくれるだろう。
そんな想像をしていたら、落ち込んでいた気持ちが少しだけ浮上してきた。
美加ちゃんパワー、恐るべし。
こういう時こそ、友達ってありがたいってしみじみと思う。こうして、その存在だけで、私に元気をくれるのだから。
本当、美加ちゃんの存在は、私の癒しだ。
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