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51【逢瀬④】
しおりを挟むどうも私は、昔から『押し』に弱い。
相手が男性でなくても。
そう、例えば、相手が『お見合い斡旋を至上の喜びとする親戚のおばちゃん』でも。面と向かって自信満々・笑顔全開で意見を主張されると、まずきっぱりとは断れない。
相手が善意で動いてくれているのが分かるから。悪意が無いと分かってしまうから、無下には断れなくなってしまう。そして、『考えさせて下さい』的なその場しのぎの逃げ口上で、文字通りその場をしのぎ。後から、嫌になるくらい後悔するのだ。『どうしてきっぱりと断らなかったのだろう』と。
それが分かっているのに、毎度毎度どうして? と、自分でも思うけど。
「断れないのよねぇ……」
突き詰めれば、自分が嫌われるのが怖い――のかもしれないな。
「良い子ちゃんでいたいのよね、私って……」
そんな自虐的な分析に思わずため息を吐き、腕時計に視線を走らせればもうすぐ約束の午前十一時。飯島さんから電話を貰った一時間半後。私は、例の近所のコンビニの駐車場の隅っこに一人、所在もなく佇んでいた。
土曜日の今時分は結構お店も賑わっていて、駐車場も八割方埋まっている。空模様は、飯島さんの言った通り嫌になるくらいの晴天だ。
待ってるのは、言わずもがなの飯島さん。
やっぱりと言うか案の定と言うか、私は、『俺が車で届けますよ。ついでに、良かったらデートしましょう』と言う飯島さんの主張をきっぱりと断ることが出来なかった。
どうせ車で行くからと、家まで荷物を届けてくれるとの飯島さんの申し出を、『アパートが大通りから奥まった所にあって、駐車スペースがないので』と苦しい言い訳で丁重にお断りし、待ち合わせ場所をこのコンビニにしたのは我ながら頑張ったと思う。
まさか、いきなり部屋に上がらせてくれとは言わないだろうけど、万が一と言うこともある。それに。
『お気持ちは、とても嬉しいんですけど、実は好きな人がいるんです。だから、お付き合いはできません』
本当は、昨日言わなければいけなかった、飯島さんに伝えるべき言葉を脳内反芻する。
まさか好きな相手が谷田部課長だとは明かせないけど、正直な気持ちを伝えよう。それが、私を好きだと言ってくれた人への最低の礼儀だと、そう思う。
一番の問題は、きちんと言えるかどうか。
「ううっ、胃が痛い……」
暴飲暴食プラス恋の悩み。
木村課長じゃないけど、胃に穴が開きそうだ。でもここが踏ん張りどころ。
飯島さんが来たら、荷物だけを受け取ってお礼を言い、デートの件はしっかりと、お断りしなければ。
デートに誘ってくれる男性を待つ身としては、地味すぎる今日の格好の理由は、そのためもある。いつもの普段着の、シンプルな生成りのカットソーとブラック・ジーンズ。靴は、履きなれた白いスニーカー。化粧はいつもの、美加ちゃん曰く『のっぺらメイク』。黒縁メガネは、必需品。
ついでに、髪も首の後ろで無造作にひとくくり。おまけに、昨夜の不摂生で顔色は悪いし、夢の中で大泣きしたせいで瞼も腫れぼったい。
これが、高級服や特製メイクを剥いだありのままの、高橋梓。
二十八歳の等身大の飾らない『本当の自分』。
飯島さんには、ありのままの私を見て盛大に幻滅してもらって、その上でキチンとお断りしよう。
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