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55【逢瀬⑧】
しおりを挟む怖かったけど、なんだろうこの感覚。
「あれは、けっこう癖になるんですよ」
ビッグ・サイズのコーラのカップを口に運び、ゴクゴクと美味しそうに飲みながら、飯島さんは笑う。
そうか、『怖いけど、又乗りたい』。
そう感じるこの感覚を『癖になる』と言うのか。
「そうですねー」
「じゃ、食べ終わったら、もう一回チャレンジしてみますか?」
少し意地悪そうにニヤリと口の端を上げる飯島さんに、ブルブルと頭を振る。
「食べた後に乗ったら悲惨なことになりそうだから、遠慮しておきます」
「それは、残念。高橋さんと二人で、またあの目くるめく感動を味わいたかったのに」
「あ、あははは……」
確かにある意味、『目くるめく感動』には違いない。
飯島さんと、遊園地。
意外と言えば意外だけど、似合っていると言えば似合っているかもしれないこの組み合わせ。
始めこそぎこちなくてギクシャクしていた私も、飯島さんの飾らない底抜けの明るさに引っ張られて、いつの間にか、このひと時を楽しんでいた。
明るくて行動的で、楽しくて。こういう人を、ネアカって言うのだろう。今まで、私の周りにはいなかったタイプの男性だ。
少し強引だけど、嫌味がないから、その強引な行動も思わず笑って許せてしまうようなところがある。この人は、きっと男女の別なく友人が多いのじゃないだろうか。
学生時代に比べれば、社会に出て揉まれた分、いくらか対人関係に進歩の跡が見られる程度の私からすれば、美加ちゃんとはまた違う意味で、羨ましい存在ではある。
「でも、よかった」
「はい?」
脳内で飯島さん分析に勤しんでいた私は、今までとは違う穏やかなトーンの声に引き寄せられて、彼の顔に視線を走らせた。相変わらずまっすぐ向けられる視線は、声と同じように穏やかで優しい。
「笑ってくれて、よかったと思って」
「え?」
その言葉の意味が分からず小首をかしげていると、飯島さんは鼻の頭をポリポリと書きながら私の疑問に答えてくれた。
「今朝電話を掛けたとき、高橋さんの声がものすごく沈んでいるような気がしたんです。ああ、何か嫌なことでもあったのかな? って。で、実際コンビニの駐車場で会ってみれば、泣きはらしたような目をしているし、ああ、これは何かあったなって」
それで少しでも笑ってほしくて断られるのを覚悟で強引にデートに誘ったのだと、そう言って飯島さんは笑った。
『何があったのか?』とは問わない彼の優しさが、ありがたいと思った。
『明るく陽気で仕事ができる大手ゼネコンの現場監督さん』
この人は、思った通りの人だ。
ううん、それ以上に、人の痛みを察することのできる優しい人。
正直に言って、私はこの人が好きだ。もちろん、『LOVE』ではなく『LIKE』。情愛ではなく、友愛。
だからこそ、伝えなくてはいけないことがある。今が、それを伝えるときだ。
ぎゅっと膝の上で両手を握りしめ、私は意を決して口を開いた。
「あの、飯島さん……」
「はい?」
「昨日のお話しなんですけど――」
本当は、昨日の二次会で告白されたときに、きちんと答えなければいけなかった自分の気持ちを伝えるべく、言葉を続けようとしたその時。
ピョコピョコと視界の端に何か見覚えのあるものが動くのが見えて、続く言葉を飲み込んだ。
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