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56【逢瀬⑨】
しおりを挟む――あれ?
脳裏をよぎる既視感にドキンと鼓動が跳ね、ゆっくりと視線を巡らせる。
私から見れば前方。食事スペースの脇の煉瓦敷きの通路を元気に歩いてくる小さな人陰に、さらに深まる既視感。女の子だ。パステルピンクのワンピースに赤いサイドポーチを肩から斜にかけた、とても可愛らしい女の子が、私の方に近づいてくる。
好奇心と希望に満ちあふれた黒目がちの大きな瞳と、ほんのりと上気したプクリと丸みを帯びた頬。彼女が動くたびにツインテールの髪がひょこひょこと上下して、その白い頬をサラサラと撫でる様はまるで子ウサギのようだ。
少女の面差しは『ある人』を思い起こさせ、私の鼓動はますます大きく跳ね回った。
まさか。そんな偶然、あるわけがない。
他人の空似よ。他人の空似。
ほら、子供って、みんなよく似ているもの。
「高橋さん? どうかしましたか?」
「あ、いいえ、なんでもないで――」
不安を払拭するように呟いたその言葉は、最後まで発することができなかった。なぜなら。
「あれ、お姉さん。パパのカイシャのドウリョウの高橋さん?」
私のテーブルの前で足を止めた少女が、ニッコリと邪気の無いエンジェル・スマイルでそう声をかけてきたからだ。
キュッと下がる目じり。
小首を傾げる様は、まさに天使。
「えっと……」
確か、名前は。
「真理……ちゃん?」
「はい、谷田部真理ですっ。パパが、おセワになってます!」
少女はあの時のように、『ペコリ』と礼儀正しくおじぎをする。
「あれ? 谷田部ってもしかして課長の谷田部さん?」
「はい、カチョウの谷田部東悟ですっ」
珍客乱入に目を丸める飯島さんの呟きに、その子、真理ちゃんはニコニコ笑顔で大人顔負けの挨拶をした。
ドキドキドキと、鼓動が限界点で暴走する。
この子がいるってことは、十中八九。
「真理、一人で先に行ったら迷子になるって……」
少女を追って歩いてきたその人、谷田部課長は、私と飯島さんに気付いてさすがに絶句した。そして、課長の腕に手を添わせて優雅な足取りで歩いてきた美しい女性に、視線が釘付けになる。
おそらく何某のブランドであろう、品の良いライト・ベージュのワンピーススーツに身を包んだその人は、私たちに気付くと、自然なウェーブのかかった栗色の髪をフワリとなびかせて、課長の隣で微笑んだ。香水だろうか。風に乗って届いた甘いフローラルの香りが、鼻腔をくすぐる。
「東悟さん、この方たちは?」
凛と澄んだやわらかい声が、凍りついてしまった私の鼓膜を震わせる。
なんでまた、こんな所でこんな状況で鉢合わせするのか?
宝くじも当たったことがないのに、なぜ、こんな天文学的なぶち当たり方をするのか。
――やっぱり、週末は呪われている。
今度ばかりは、私はそう確信した。
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