ワケあり上司の愛し方~運命の恋をもう一度~【完結】番外編更新中

水樹ゆう

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58【逢瀬⑪】

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真理まり、よしなさい。ご迷惑だよ」

 すうっとしゃがんで真理ちゃんと自分の目線を合わせると、課長は静かな声でそうたしなめた。でも、真理ちゃんは意に介した様子もなく、ニコニコと更に自己主張を続ける。

「パパは、玲子れいこさんと一緒にお散歩してきていいよ。真理だけここで、ハンバーガーを食べるから。せっかくのデートなんだから、二人っきりでお話ししたら?」

――ええっ!?

 ニコニコと天使の笑顔で可愛らしいピンクの唇から発せられた、少し皮肉すら感じられる大人顔負けのセリフに驚き、まじまじと発言主の顔に見入ってしまう。

――うわぁ、さすがに課長の娘。
 この年で、このセリフを言ってしまうのか。

「真理、いいかげんに……」
「東悟さん。私も、そうしていただけると嬉しいですわ。二人だけでお話ししたいこともありますし」

 困ったように眉根のしわを深くして、なおも娘の説得を試みる課長の言葉は、りんと響く美しい声にさえぎられてしまった。

――で、『ですわ』?
 リアルで初めて聞いたセレブリティあふれるその物言いに、作った笑顔が引きつった。

「でも、それでは……」

 たぶん、『私たちの迷惑になるから』と続くはずの言葉を飲み込み、課長は短く息を吐いて私たちに視線を向けた。

 部下としては、ここは上司サービスで『お子さんはお預かりしますから、どうぞお二人で』と言うべきだろう……。そうは思うけど、あまりの事の成り行きに脳細胞が付いて行かず、巻き添えを食った言語中枢は上手く働かず、笑顔は最早引きつったまま能面のように固り、活動停止中だ。

――ああ、私って、使えない……。

「別にいいですよ。俺、子供好きですから。あずささんもいることだし、喜んでお預かりしますよ」

 美女と将来美女になりそうな現天使に熱い視線を向けられて、明らかに困っている様子の課長に助け舟を出したのは、私ではなく飯島さんだった。

『申し訳ない。すぐに戻るので、よろしくお願いします。何かあればスマホに連絡を』と言い置き頭を下げて、課長は真理ちゃんを私たちに預けると、美女を伴い遊園地の散策に出かけた。

 それにしても。

「真理ちゃんのママ、とても美人さんねぇ。高橋さん、びっくりしたよ」

 まめまめしく飯島さんがオーダーを取って買ってきてくれたハンバーガーと、ポテト、オレンジジュースのメニューを、美味しそうに口に運ぶ真理ちゃんに、さりげなく話を振ってみる。

 飯島さんは喫煙タイムとかで少し離れた灰皿の置かれた喫煙コーナーに行っていて、ここにはいない。真理ちゃんはポテトをハムハムと飲み込みながら、不思議そうに小首を傾げた。

「玲子さんは、真理のママじゃないよ? パパの婚約者コーホだもん」

――え?
 ママじゃなく、婚約……者コーホ?

 各々の単語の意味は分かるけど、それが脳内で意味のある文章にならない。簡単に言うと、意味不明。

「真理のママは、真理を生んだ時に死んじゃったから、真理にはパパしかいないの」

 ほんの、五、六歳の少女が口にするには重すぎるその事実を聞き、なんて言っていいのか分からない。

「そう……なんだ」
「うん。でね、玲子さんはパパの『ノチゾイ』さんになるよていなんだって」

 後添のちぞいさん。

 奥さんが亡くなっていたという事実も、現在進行形で婚約者候補がいるという事実も、私には関係のないこと。

 そんなこと、分かっている。でも……。

 モヤモヤと胸の奥にわだかまるこの感情を、何と呼べばいいのだろう。

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