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69【親友④】

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 それにしても。
 知らぬは私ばかりなり、だったのね。
 しかし、さすがの飯島さんも、美加ちゃんにかかったら形無かたなしだ。

「ったく問題は課長ですよね」

 と、美加ちゃんの興味の矛先が課長に移って、ドキリとする。

 ふ、触れないでほしいなぁ。
 突っ込まれたら、嘘をつき通す自信がないわ……。

 そんな私の心配は、ばっちり的中し、美加ちゃんトークは炸裂した。

「いくら飯島さんの邪魔が入ったからって、せっかく雰囲気ばっちりのシチュエーションだったのに、課長ったら何もアクションを起こさないなんて、意外と根性なしですねっ。男だったら、こうもっとグイグイっと! ね!?」と、今度は、ぷんぷんと頬を膨らます。

 私に同意を求められても困ってしまう。
 それに、……アクションは、起こしたんだけど。
 さすがに、美加ちゃんにも、『帰り際、エレベーターの中で思いっきりキスしちゃいました』なんて言えない。

 美加ちゃんを信用していないからじゃなく、あれはやっぱり酒の席での事故。私自身が忘れたいことだから、今更話題にはしたくなかった。

「それでどうするんですか、飯島さんへの返事は?」

 フツフツと湧きあがった様子の美加ちゃんの怒りの矛先は、再び飯島さんに向けられた。

「きっぱり断った……んだけどねぇ。何だか『諦めませんから、そのつもりで』とか言われちゃってね。頭痛いのよ……」

「げ。マジですか? うーん。爽やかに見せかけて意外と粘着君? ってか何気に俺様入ってます?」

『爽やか系粘着俺様』

 眉をひそめる美加ちゃんに、「そ、それはあまりに気の毒よ」と思わず苦笑い。

 いい人だとは思うのよ、飯島さんは。ちょっと困った人ではあるけれど。
 
「……で?」

 頬杖をついた美加ちゃんは、チラリんと、意味ありげな眼差しと疑問符を投げてくる。

「え?」
「他にも何か、ありましたよね?」

 妙に迫力のある低い声音に、うげっ! っと、思わず口に含んだコーヒーを噴き出しかけた。

「な、何もないわ……よ?」

 ゲホゲホと、むせくり返りながら涙目でなんとか声を絞り出す。

――す、鋭い。

「……ふーん。隠すんだ。隠しちゃったりするんだ。先輩だけは、あたしに嘘を付かないって信じてたのに……」

 くすんと、悲しげな瞳でウルウルと見つめられては、もう降参するしかない。明らかにポーズだと分かっていても、無下むげにできないこの性格の脆弱ぜいじゃくさが恨めしい。

「……婚約者候補が、いたのよ」

 敢えて伏せていたことを、ボソリと吐き出す。

「え? 飯島さん、婚約者がいるのに先輩に告ったんですかぁ!?」

 美加ちゃんは若干ピントのずれた驚き方をして、声を荒げた。そのとたんピッと周囲の視線が集まり、『あははは』と笑顔を振りまき身を縮める。

「……声、でかいよ、美加ちゃんっ」
「……すみませんっ」

 二人でぼそぼそ、頭を寄せて囁きあう。

「婚約者じゃなくて、その一歩手前の候補ね。それに、婚約者候補がいたのは飯島さんじゃなくて谷田部課長の方なの……」
「えっ? だって、奥さんは?」

 訝しげに眼を瞬かせる美加ちゃんの反応は、もっともだと思う。私だってもの凄く驚いたよ。奥さんに会ったらそれはそれでショックだと思うけど、それを飛び越して、婚約者、それも候補だもの。

「奥さんは真理ちゃんの出産で亡くなったんだって……で、今は婚約者候補がいて、真理ちゃんと課長とその婚約者候補さんと三人で仲良く一緒に遊園地に来てた――のと、ばっちりバッティングしたと言うわけよ」

 一瞬の間があって。

「ええええーーーーっ!?」

 さすがに美加ちゃんも予想外だったのか。

 彼女は素っ頓狂な叫び声を上げ、ガタンと大きな音を立てて椅子を押し倒しながら立ち上がった。


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