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78【親友⑬】
しおりを挟む幸いな事に美加ちゃんの右腕の傷は出血量の割には思ったよりも浅く、それでも念のため会社御用達の総合病院の夜間外来を受診しようと言うことになった。
私は美加ちゃんを助手席に乗せ彼女の軽自動車を運転して、コンビニから一時間ほど会社方面に戻った場所にある病院に向かい、課長は単身、自分の車で大木鉄工へと赴くことに。
私たちと別れて一人で大木鉄工に向かう事を告げた後、課長は、ようやく落ち着きを取り戻しつつある助手席の美加ちゃんに、私が座る運転席側の窓の外から顔を覗かせると、静かな声で問いかけた。
「今回の件。佐藤さんはどうしたい? このまま傷害事件として警察に届けを出す事もできるし、不問に伏すこともできる。ただ、君が自分でケガをしたのは事実のようだから、警察を介入させても、大木社長を罪に問えるかどうかは俺にも分からない。最悪は、痛くもない腹を探られて、相手方は無罪放免と言うこともあり得ると思う」
な……に? 何を、言っているの?
淡々と問う課長のその言葉を聞いた瞬間、私の怒りのメーターは一気に上昇し、信じられない思いで運転席から課長の顔を仰ぎ見た。
「課長……。それは、このまま何もせずに、泣き寝入りをしろと言うことですか?」
高ぶりすぎた感情が、語尾を震わせる。
まさか。よもや課長の口からそんなセリフが出るなんて、思いもよらなかった。
今回の事は、私の素人判断でも、相手方が十割方パーフェクトで悪い。
己が欲望を満たすために若い女の子を追い回して、こんなケガを負わせて、それで何の罪にも問えないなんて、そんな事が本当にまかり通るなら、世の中何を信じて良いのか分からないじゃない。
「そうは言っていない。ただ、こう言う問題はとてもデリケートだから、色々な事態を想定して慎重に進めた方が良い、と言っているんだ」
「それは、そうかもしれませんけど、このまま有耶無耶になんてできる事じゃないと思います。大木社長には、自分がしでかしたことの責任をきっちり取って頂かないと。今回は大事に至らなかったから良いようなものの、もしもまたっ……」
取り返しがつかない事になったら、どうするの!?
思わず、口から飛び出しそうになった言葉をどうにか飲み込む。
「高橋さん、君の言うことはもっともだが、一時の感情で物を言ってはけない。今一番大切なのは、佐藤さんの気持ちとこれからの事だろう? 一時の憤りを発散させて君はそれでも良いかもしれないが、後で辛い思いをするのは彼女自身なんだ」
「そんなっ、私はそんなつもりはっ!」
分かっている、というように課長は頷き、言葉を続ける。
「例えば、万が一。全てが誤解から生じた不幸な事故だと主張されたら、こちらが何と反論しようと証人がいない以上、第三者にはどちらが真実を言っているかなんて判断はできないだろう?」
「そ、それは、そうかもしれないですけどっ」
だからって、全てを無かった事にはできない。したくない。
「それに、もしも逆の事を主張されたら、どうする?」
逆? 逆って、何?
「あたしが、誘った……って、言って来るかもしれないって事ですよね?」
震えを含んだ声で美加ちゃんは、ようやくそれだけを口にした。
「そう。君の話を聞く限りでは大木社長は最後にその手の事を言っているし、その可能性も考えておいた方が良いだろう」
美加ちゃんの方が、誘った?
そんな、そんな馬鹿なこと。
信じたくない思いと、その可能性も捨てきれないと言う思いが、混乱する心の中で交錯する。
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