ワケあり上司の愛し方~運命の恋をもう一度~【完結】番外編更新中

水樹ゆう

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79【親友⑭】

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こくな言いようだけど、俺も高橋さんも君の手助けはできても、その立場を変わってあげることはできないんだ。だから君自身に決めて欲しい。君が決めたことならば、俺は工務課の課長として出来る限り全面的にバックアップをする」

 終始一貫しゅうしいっかん。最初と変わらぬ穏やかなトーンの声が、閑散とした静かな駐車場の薄闇の中に、溶けるように吸い込まれていく。

 落ちる沈黙の深さは、まるで、美加ちゃんの心の痛みの深さのように思えた。
 答えを急かすことなくそのままの姿勢で待っている課長の顔を、美加ちゃんは真っ直ぐに見据えて、彼女の出した答えを告げた。

「警察には届けません。でも……許すこともできませんっ」

 つうっと、一筋の涙が、美加ちゃんの滑らかな白い頬を伝って零れ落ちる。その光景を、私は言葉もなく見つめていた。

 分かっている。
 課長の言うことは、正論だ。
 たぶん、美加ちゃんにとって、美加ちゃんの今後にとって、一番ダメージの少ない方法を提示してくれたのだろう。

 でも。
 頭で理解できることと、心で納得できることの間には、大きな隔たりがある――。

「君の気持ちは、良く分かった。悪いようにはしないから後の事は任せて、君はケガを治す事だけを考えなさい。いいね?」

 ポロポロと再び涙腺が崩壊してしまった美加ちゃんの顔を優しい眼差しで見つめながら課長はそう言うと、足早に自分の車に乗り込み、大木鉄工へと向かって行った。

「課長、一人で、大丈夫……でしょうか?」

 スン――、っと、鼻をすすりながら美加ちゃんは、課長の車が走り去った方角へ、心配そうな眼差しを向けた。

 一度は、美加ちゃんに暴力を振るった人物の元へ行く。

 私だって、不安が無いわけじゃない。
 でも、あの人なら、きっと。

「――大丈夫よ。心配ないわ」

 私は、自分に言い聞かせるように、はっきりとした口調で言った。

「はい……」

 頷きながらも、尚も不安が拭えないように目を眇める美加ちゃんに、ニコリと笑みを向ける。

 課長の言う通り、今は、美加ちゃんのケガを治すことが一番の優先事項だ。他の事は、後からゆっくりと考えればいい。

 課長は、課長の責務を果たしに向かっているんだから、私も、自分のやるべきことをやろう。

 よし!

 心で自分を鼓舞こぶし、私は、車のエンジンをスタートさせた。

「我が工務課の課長様は、鉄壁の営業スマイルと鉄の心臓を持っているから、ちょっとやそっとじゃやられたりしないわよ。さて、私たちはまず病院へGOね。じゃ美加ちゃん、シートベルトしてね」

 笑いかけると、美加ちゃんは微かに口の端を上げてコクリと頷いた。

 いつもの元気な笑顔からは程遠いその表情が、少しでも早く元に戻りますように。

 そう願わずにはいられなかった。


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