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130【計略⑲】
しおりを挟むあれほど知りたかった、別れの理由。
でも、こんな形で、知りたくはなかった。
どうして私は、こんな大切なことを、あの人以外の口から聞いているのだろう?
私は、膝の上に置いた両手を、力いっぱいギュッと握りしめた。こうでもしないと、口から負の感情があふれてしまいそうだから。
――ひどい。
聞きたくないと、はっきり言ったのに。
こんなことをして、何が楽しいの?
衝撃の余波をおしのけて、心の奥底からフツフツとわき上ってくるこの感情は、怒りだ。
「――捨てる神あれば拾う神あり。あいつにとって幸運だったのは、叔父夫婦に跡取りがいなかったことだな」
私は、尚も楽しげに話しを続ける目の前の人物に、まっすぐ怒りの眼差しを向けた。でも彼は、まったく動じない。
「さすがに、叔父も、事の成り行きに気が咎めたのもあるのだろうが、一番の要因は、叔母が強く東悟を跡取りにすることを希望したからだそうだ」
あの人の苗字が、榊から、谷田部に変わった経緯――。
「父親の残した負債の肩代わりと、今後かかってくる母親の医療費の負担。その代わりにと、叔父が東悟に出した条件は、叔父、谷田部総次郎の後継として必要な才覚と知識を養うこと――」
父親の残した、莫大な負債を清算するため、
母親の命を明日に繋ぐため、
提示された条件――。
「そして、もう一つ。ゆくゆくは、叔父が決めた女性と結婚し、谷田部の後継を生し育てること」
飲まざるをえなかっただろう、決められた未来――。
どんなに知りたくても知りえなかった、あの人の過去をすべて語り終えると、まるで勝利の美酒に酔いしれる独裁者のように、彼は不敵な笑みを浮かべて言った。
「分かってやってくれるか。好き好んで君と別れたわけじゃない。あいつは、泣く泣く君を手放したということを」
「……」
尚も収まらない怒りのエネルギーを、どうにか体内に封じ込めながら、私は考えていた。
――この人は、いったい何がしたいのだろう? と。
聞きたくないと言った、あの人の過去をすべて暴露して、まるで、あの人に同情しているような口ぶりで。でも、その実はけっして同情などしていないと分かってしまう、私に向けられる鋭利で冷ややかな眼光。
なんにせよ、ここまで聞いてしまえば、この先を問わないわけにはいかない。
一つ大きく息を吐き、まっすぐ彼を見据えたまま、私は彼に問うた。
「それであなたは、私に、どうしろというんですか?」
「君がしたいように」
――私が、したいように?
「どういう、意味でしょう?」
「君は、あいつを、東悟を好いているのだろう? 九年前と変わらず、女としてね。あいつにしても、同じだろう。だから、相思相愛の者どうし、ヨリを戻してはどうかと言っているんだ」
――そんなこと、大きなお世話だ。
あなたに、何の関係があるの?
そう、言ってやりたいけど、喉元まで出かかった言葉をぐっと飲み込む。
今は、この人の魂胆を知る方が先決だ。
どんな言葉をぶつけたら、あの鉄面皮から、本音が聞きだせるだろう。
素早く考えを巡らせ、静かに口を開く。
「課長には、婚約者候補がいるのに――ヨリを戻せと?」
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