ワケあり上司の愛し方~運命の恋をもう一度~【完結】番外編更新中

水樹ゆう

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151【真実⑮】

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 入って来た時と同様に、さっそうとした足取りで病室を出ていく先輩美人女医さんを見送った後、私と課長も病室を後にした。

 既に消灯時間を過ぎているのか廊下は薄暗く、ダウンライトのわずかな明かりだけが足元を照らしだしている。静まり返った長い廊下に、二人の足音だけが虚ろに響き渡った。

 課長は、私の歩調に合わせて、ゆっくり隣りを歩いてくれている。肩が触れ合うほど近くに、いてくれている。なのに、この一種独特な夜の病院の雰囲気にのまれて、寒いわけでもないのに思わず背筋に震えが走った。

 季節はまだ残暑が厳しい八月も後半。半袖のブラウスでも蒸し暑さは感じても、けっして寒さに震えるような時期ではないのに。

――なんだか、怖いな。

 夜の病院には、あまりいい記憶がない。
 中2の時、交通事故で息を引き取った父の亡骸と対面したのも、こんな蒸し暑い夏の夜の病院だった。

 突然襲ってきた、混乱と悲しみと、絶望。そんな記憶が染みついた場所。

 だからかもしれない。こんなふうに、恐怖心がわいてくるのは。

「顔色が悪いな……」

 不安な気持ちが表情に出てしまったのか、課長は、歩調を緩めて気づかわしげに顔を覗き込んでくる。

「本当に、平気か? 俺相手に無理しても、仕方がないぞ?」
「大丈夫ですってば。顔色が悪く見えるんなら、きっとお腹が空いてるせいですよ」

 私は、自分のお腹をさすって、腹ペコ部下をアピールする。

 実際は気が張っているせいか、そんなに空腹感があるわけじゃない。でも、言葉を口にしたとたんに、お腹が空いてくるから、人間の身体って不思議だ。

「腹が……って、そうか、夕飯がまだだったな。そういえば、俺も腹ペコだ」

 課長も自分のお腹に手を当てて、クスリと笑う。

「帰りに、何か食べて行く……って、わけにはいかないか」

 言葉を濁した課長の落とされた視線をたどれば、その先には、私の胸元が。

――あ……。

 思わず足が止まり、胸元をクシャリと隠すように右手で掴んだ。

 白いブラウスには、嫌な事件の名残りのように、赤い染みが散らばっている。もちろん血ではなく、ワインの色だ。でも、他人が見たら、ギョッとすること間違いなしだろう。

「……すみま――」
「すみませんは、ナシな」

 口を突いて出た、本日、何度目だろう? の詫びの言葉は最後まで発することなく、課長に制されてしまった。

「で……」
「でもも、ナーシ」

 ピッ! っと、長い人差し指が、私の口を封じる。

……うっ、そ、そんな。

 意地悪小僧みたいな目で、見つめないでほしい。



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