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163【最愛②】
しおりを挟む――声が、小さすぎた?
やっぱり、後ろ向きっていうのが、まずかった?
「ほら、もう一度言って」
そんなこと言われても、あれには、かなりの精神エネルギーが必要で。
そう簡単に口にできる言葉じゃなくって。
「……ううぅっ」
思わずうなっていたら課長は私の両肩に置いていた手を放し、あろうことか、今度はその手を両頬に添えた。
「ほら」
あ、熱い――
上気した頬が、更に熱を帯びる。
「言わないと、いつまでもこのままだぞ?」
落とされる声が、更に近くなる。
羞恥心の限界点に達した私は、どうにか言葉を絞り出す。
「……すっ――」
「す?」
「好……き、で――」
再びの、愛の告白の言葉を遮ったのは、柔らかな唇の感触。
それはすぐに離れて、優しい囁きが落とされる。
「――ん? 何?」
……何って。
最後まで言わせてくれなかったのは、課長の方なのに。
チロりとその表情を伺い見れば、なんとなく目が笑っている、
……ような気がする。
これはもしかして、いつもの『からかいモード発動中』、なんだろうか?
先刻、私も課長をからかって密かな喜びに浸るっていう、新たな発見をしたけど。確かに、課長がいつもと違う表情を見せてくれてすごく楽しくて、しあわせ―な気持ちになったけど。
でも、でも、でもっ。
「ほら、もう一度」
「うううう……」
「ほーーら」
もしかして、さっきの仕返しっ?
「ん?」
って、目の焦点がぶれる寸前の近距離で視線をからめとられて、私は羞恥心で何も言えなくなる。
身を引こうにも背中は壁だし、身体はほとんど密着状態だし、両頬は両手てばっちり包まれているし、動くに動けない。
課長の、いじわる。いじめっ子!
人の一世一代の勇気の結晶で、遊ばなくたっていいじゃないのっ。
ぷうっと、子供みたいに思わず頬を膨らませたら、すかさず両手でふにふにっと引き伸ばされる。子供みたいなのは、私だけじゃない。
「なにほ、ふるんでふかっ」
抗議の声を上げれば、私の両頬の肉を引き伸ばして遊んでいたいじめっ子は、こらえきれないように、クスクスと笑いだした。
「ほーら、もう一度」
――ええい、もう、知らないっ!
こうなりゃ、ヤケだ!
そんなに聞きたきゃ、言ってやるぅっ!
大きく息を吸い込み、息を止めて。
「すっ……!?」
勢いよく口から飛び出しかけた告白の言葉は、またも、寸前で封じ込められてしまった。
「う……んっ……」
それは、一度目の軽く触れるような柔らかいキスじゃない。
少し深さを増した唇の感触に、与えられる熱に、思考がゆっくりと漂白される。
熱い――
どこもかしこも熱くて、何も考えられない。
ドキドキしすぎて、心臓が口から飛び出しそう。
かくんと、膝が笑ってしまって、力が入らない。
「ふっ……う……ん――」
自分のものとは思えない甘いトーンの声が、鼻から抜けて薄闇に溶けていく。
それが抗議の声なのか、熱に浮かされただけの甘い服従のサインなのか、自分でも分からない。とうとう立っていられなくなってしまった私は、すがりつくように課長の背に手を回し、ワイシャツの生地をギュっと握りしめた。
それを合図のように、頬を包み込んでいた課長の右手が頬の稜線を辿るように滑り落ち首筋にたどり着く。反射的に引きそうになる顎を親指で持ち上げられ、残りの四指がうなじの髪に絡みついた。
更に下に落ちた左手が、ふわふわと足元のおぼつかない体を支えるように、しっかりと腰に回されて。
もう、逃げられない――。
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