ワケあり上司の愛し方~運命の恋をもう一度~【完結】番外編更新中

水樹ゆう

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162【最愛①】

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――待って!

 半ば反射的に、ただ離れて行ってほしくなくて、私は歩き去る課長の左腕を右手で必死で掴んだ。そのまま、ギュッと両手で握りしめる。

「高橋……さん?」

 突然、後ろから腕を掴まれて強引に足を止められた課長は、驚いたように目を丸めている。

「待って……くだ……さい」

 荒れ狂う感情の波は震える言葉になって口からこぼれだし、それを聞き拾った課長は、身体を私に向けると優しく問いかける。

「どうした?」
「……待って、下さい」

 語尾の震えは止められない。それでも。

「帰らないでください」

 さっきよりも明瞭な声で、私は、自分の今の気持ちを素直に吐露した。
 明かりのない薄暗い部屋の中。そう広くはない玄関先で、カチリ――と、鍵を閉める音が響き渡った。ドアノブを掴んだまま動けない私は、背中から課長の両腕にフワリと抱き寄せられる。

「梓……」

 与えられる温もりと、耳元に落とされる甘く響く優しい声。
 ドキドキと限界点で拍動する心臓をなだめるように、背後から回された課長の腕を、両手でギュっと抱きしめる。でもそれは、更に心の奥に冷めようがない熱を溜めていく。

「私、ずっと言いたくて、でも、言えなくて……」
「うん」

 震える声で、どうにかそれだけを口にすれば課長は急かすでもなく、この期に及んでまだ迷っている私を励ますように、両腕に少しだけ力を込め言葉の続きを待っていてくれる。

 今言わなければ、たぶんこの先二度と口にはできないだろう、この想い。

「……私」

 なけなしの勇気を振りしぼり、私は、覚悟を決めて言葉を紡ぐ。

「私、課長のことが、好き……です」

 語尾がかすれ、溢れ出る想いと一緒にポロリと涙がひとしずく、頬を零れ落ちた。

――ああ、やっと、言えた。

 一番最初にやってきたのは、そんな安堵感。でも、落ちた長すぎる沈黙が、つかのまの安堵感をたちまち不安へと変えていく。課長は、私を背中から抱きしめたまま何も語らない。

――やっぱり、私のこの想いは、課長には迷惑でしかないのかな?
 そう……、だよね。
 お義父さんが勧める婚約者候補がいるのに、告白されたって――

「もう一度」

 ネガティブ思考に落ち込みかけたとき、ボソリと背後から呟きが落ちてきて、私は、はっと顔を上げた。

「……え?」

――何が、もう一度?

 言葉の意味が分からず目を瞬かせていると、両腕の戒めが解かれ、ゆっくりと正面を向かせられた。不安にかられて見上げれば、怖いくらいの真剣な眼差しが、まっすぐ向けられている。それも、かなりの至近距離で。

 両肩に乗せられた、大きな手の感触。
 ほんのり伝わる、体温。
 頬が、熱い。

 ただでさえ早い鼓動は、暴走を始める。
 ほとんど密着状態で、どこが接しているのかいないのか、よくわからない。

 息遣いすら届く距離で、課長は低い呟きを落とした。

「よく聞こえなかった」

――え?
 よく、聞こえ……な?

「だから、もう一度、言ってくれないか」

 それはまるで懇願するような、そんなささやき声。

「え、は……」

――はいっ!?

 もう一度言えって、もう一度言えって。

 あの、一世一代の勇気を振り絞った大告白を、もう一度しろって?

 う、う、うそっ!?



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