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173【最愛⑫】
しおりを挟む単身者向けの割に浴槽が大きい所が、この部屋の最大の、お気に入りポイントだ。
――このくらいの広さがあれば、二人でも、余裕ではいれるなぁ……。
課長って、着やせするタイプだから、実は筋肉質な引き締まった体形してるのよね。
女にしては背高のっぽの私を抱え上げても、びくともしないし。
手も大きいしなぁ。
そんな課長と、二人で、オフ――
と、イケナイ妄想に走りそうになって、慌ててバチンと両頬を両手で叩く。が、一度膨らんだ妄想の種は、むくむくと膨らんでいく。
ナイナイナイ。
そんなの、絶対ナイから。
昔も今も、アリエナイから!
「何を、考えてるんだ私は!」
我ながら、恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
なんだか、昨夜から、テンションのアップダウンが激しい気がする。
やっと、やっと、積年の想いが通じたんだから。
「やっぱり、舞い上がってるのかなぁ……」
どうか、課長の顔を見たとたんに、この妄想を、妄想したことを、思い出しませんように――。
その夜。
七時を少し回ったころ、玄関のチャイムは鳴り響いた。
前もって六時ごろに、『今から様子見に寄るから、何か欲しいものがあれば、買っていくけど?』との、課長からの、帰るコールならぬ寄り道コールが入っていたので、心の準備時間はたっぷりあったはずなのに。
ピンポーン!
鳴り響いたチャイムの音と同時に、食事をテーブルに並べていた私の鼓動は、これでもかと大きく飛び跳ねた。全身金縛り状態で、ピキリと動きが止まる。
――き、来たっ!
大きく一つ深呼吸をして、乱れてもいない髪を、さっと手で整える。
変に背伸びをしてオシャレをしても、それこそ変だろうと思ったから、服装は、悩んだ末に、普段着の半袖Tシャツとジーパンに落ち着いた。
――課長は、私の様子を見に寄ってくれるだけなんだから。
そのお礼に、夕食を、食べて貰うだけなんだから。
お母さんだって、そう、進めてくれたんだから、何も、やましいことはない。
うん。
そう自分に言い聞かせて、小走りに進めた足が、玄関マットに蹴つまづき、たたらを踏んだ。
「うわっ」
踏みとどまろうと奮闘したけど勢いは殺せず、おでこがドアに激突。『ゴチン』という、ひょうきんな音が玄関に響き渡った。
「……大丈夫か?」
ドアの向こう側から笑いを含んだ課長の声が聞こえてきて、私は、おでこをさすりさすりドアを開ける。
「……大丈夫です。どうぞ、上がって下さい」
チラリ、課長と目が合いそうになり、慌てて視線を彷徨わせる。なんだか恥ずかしくて、課長の目がまともに見られない。チラ見しただけなのに、こんな、頬が熱くなってしまっている。
「それじゃ、お言葉に甘えて」
パタリと、背後でドアが閉まる。そんな些細な日常の音さえ早まる鼓動に拍車をかける。
――ああ、だめかも、私。
これ以上ドキドキしたら、心臓が持たない。
パンクしてしまいそうだ。
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