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188【最愛㉗】
しおりを挟むギュッと、背中に回された両腕に力が込められる。
「でも、ちょっとだけ、つまみぐい」
「……へ?」
――えっ?
耳元に落とされた言葉の意味を理解するよりも早く、私の体はグラリと九十度傾いた。
背中にはフローリングの硬い感触。
目の前には、東悟の、まっすぐな視線。
熱を帯びたその強い視線に射すくめられて、私はただ見つめ返すことしかできない。
向けられた視線の熱が、私の中にも同様の熱を灯していく。
引き寄せられるように、唇が重なり合った。
そっと、触れるだけの、優しいキス。
でも、その向こう側に内包されている激しい情熱の気配を感じて、怯えにも似た何かが私の中に生まれる。
――先に進むのが、怖いわけじゃない。
ううん。
やっぱり、怖いのかな。
ここにいるのは、二十八歳のいい年をした大人の女で、東悟が知っている十代の女の子じゃない。
お酒なら、時間が経つほど熟成されて美味しくなるだろうけど、人間にその法則を当てはめてもいいものなのか、分からない。
若さと言う特権をなくした今の自分に、女としての魅力があるの?
東悟を、がっかりさせたりしない?
……かなり、自信がない。
そんな心配が先に立ち、眉間にシワが寄ってしまう。
東悟は、それを、この行為に対する拒絶と感じてしまったらしい。
神妙な表情で聞いてきた。
「……嫌、だったか?」
「ち、違うよ! そんなんじゃなくて。その、なんていうか……。私、あまり自信がないから」
「自信って、なんの自信?」
「ええっと、色々な面での自信が……」
主に『重力には逆らえない、微妙なボディーラインの変化』とか。『曲がり角を既に曲がってしまったかもな、お肌の質』とか。
正直に上げたら、爆笑されそうな気がして、ごにょごにょと語尾が口の中に消える。
「色々って?」
何かを察したのか、東悟はにっこりと笑みを浮かべて言う。
――いや、そこは、ツッコミっこなしで。
と言うより、私の言葉の意図、しっかり分かっているでしょう、その笑顔は。
「ちゃんと言ってくれないと、分からないぞ? いずれ夫婦になろうって言うのに、隠し事はしてほしくないな」
別に、『隠し事』なんて大げさなものじゃないけど、そんなふうに問われると、言わなきゃいけないような気がしてくる。
「……私、昔とは違うでしょ?」
「どこが? ぜんぜん変わってないと思うけど?」
それはそれで、問題だと思うけど。
「クリスマス・ケーキなら、即廃棄処分の年齢だし……」
「なんだよそれ。なんで、クリスマス・ケーキと同列なんだ?」
私の言い回しがツボに入ったのか、東悟は、愉快そうに眼を細めてクスクスと笑う。
「本当に、こんなのでいいの? ……返品、きかないよ?」
言葉にした瞬間、東悟は、耐え切れないように、盛大にふきだした。そのまま、私の肩口に頭を突っぷして、苦しそうに笑い転げている。かなりアレな体勢だけど、色っぽい雰囲気には程遠い。
――そんなに笑わなくってもいいじゃない。
けっこう、深刻で真剣なのに。
いたく傷ついた私は、むうっと、無言で眉間にシワを寄せた。
「いや、ゴメンゴメン。バカにしたんじゃなくて」
なおも喉の奥で笑いながら、東悟は悪戯っぽく、私の顔を覗き込む。
その眼差しがあまりに優し気で、少しドキドキしてしまう。
「昨夜さ。君のお母さんが、まったく同じ言い方をしたんだ。『ああ、母娘なんだなぁ』って、思わず感動したというか」
「お母さんが?」
……あの人。
私が寝落ちしている間に、いったい、どんな話をしたんだ?
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