ワケあり上司の愛し方～運命の恋をもう一度～【完結】番外編更新中

１８６【最愛㉕】

　病院側の説明によると、突然飛び込みで具合が悪いと言って病院を訪れ、そのまま容体が悪化。持っていた母子手帳から、谷田部の家に連絡が来たのだそうだ。

　母子手帳に記載されていたのは、谷田部家の住所と電話番号のみ。
　父親の欄は、空白だった。

　そこで、課長が緊急で風間さんに、それまでの真里香さんの調査をしてもらったところ、同棲していた舞台俳優が半年ほど前からアメリカに拠点を移していたこと、真里香さんとはケンカ別れをしていたらしいことが分かったが、父親がその俳優なのかどうかは分からなかった。

　ただ、この半年は、自分の貯金を切り崩して生活していたようで、その貯金も底をつきかけているとのことだった。

　もし真里香さんが順調に回復すれば、また別の道があったのかもしれない。でも、運命の女神は少し嫉妬深かったようで、真里香さんは意識が回復することなく出産から三日後、この世を去ることになってしまう。

　真里香さんの命がもう何日も持たないだろうと医師から言い渡された谷田部家の人たちは、この数日間で選択を迫られることになる。

　赤ちゃんの戸籍をどうするかを――。

　本来なら、真理ちゃんは、『谷田部真里香さんの私生児』ということになる。
　でも、唯一の孫娘に、その重荷を背負わすのは不憫すぎた。

　真里香さんの母親である、志保子さんは「それじゃ、私たちの娘として育てましょう」と言ったそうだけど、さすがに年齢的に無理があるだろうと、旦那さんである総次郎さんに諭された。

　その時、「俺と真里香さんの子供として育てましょう」と提案したのは、課長の方だった。

　谷田部の後継を生すために、いずれ誰かと結婚しなければならないのなら、谷田部の両親の実の孫である真理ちゃんの父親として生きる方が良い、と課長は思ったそうだ。

　そして、真里香さんと課長の婚姻届けと、真理ちゃんの出生届けが役所に提出され、その二日後、真里香さんの死亡届が出された。

　それが、七年前の課長の結婚の真実。

「つまり、真理は戸籍上は俺の実子だが、血筋から言えば従姉の子供、つまり従姪いとこめいにあたる」

「そう……だったんですか……」

　課長は実質的な結婚をしていなかったし子供もいなかった。それはもちろん私にとっては喜んでいいはずの要素なんだろうけど、素直にうれしいと喜ぶ気持ちには、到底なれない。

　だってそれは、真理ちゃんが父親と信じて疑わない人が父親じゃないのを喜ぶのと同じことだ。

　実の父親と目される人は今ではけっこうな有名俳優だったけど、その名も含めて真理ちゃんの出生に関することは、胸の奥に閉じ込めてしっかりとカギをかける。

「分かりました。このことはけっして他言しません」

「……なんか、ごめん」
「え？　なにがですか？」

「ただでさえ『こぶ付き』なのに、ヘビーなワケありで」

　申し訳なさそうに言う課長に、思わず笑みがこぼれる。

「こぶ付きでも、ワケありでも、大好きですから大丈夫です！」

　ノープロブレム！！　どんとこいだ。

　確かに驚いたけど、大切な愛娘の秘密を隠さずに教えてくれた事実の方が、何倍も嬉しい。