207 / 211
可愛い部下の愛し方【課長視点】
14 再会⑬
しおりを挟むどうやら梓も落ち着いて眠ったみたいだし、そろそろ自分の部屋に帰ろう。そう思いタクシーを呼ぶためにスマホの電話アプリを開いたその時、背後の寝室の扉がガタリと開いて、思わず体の動きを止めた。
油が切れたロボットのごとくのぎこちない動きで振り向けば、梓が扉にすがるように立っている。俯いているため表情は見えないが、おそらく顔面蒼白だろう。
「気持ち悪い……トイレ」
「えっ!?」
吐くのか!?
ぎょっとして立ち上がり、慌てて扉の所まで飛んでいき梓の体を支える。顔を覗き込めば、案の定真っ青だ。
「……吐く……」
「えっ!? ちょっと、待て! トイレまで頑張れっ」
おそらくこれがトイレだろうと目星をつけて玄関脇の片開きのドアを開くと、ありがたいことにそこにはトイレがあった。俺が便座のフタを上げるのと、梓が座り込んで便器を抱えて吐き始めたのはほぼ同時だった。
苦しそうに震えるその背中を、そっと撫でさする。
「今、水を汲んでくるからな」
もう吐くものがないのだろう、ふうふうと肩で息をする梓に言い置き、急いでキッチンから水を汲んだコップを持ってくる。
「ほら水だ。口をゆすいで、さっぱりするから」
「……うん」
梓は、こくりと頷き、素直にコップを受け取り口をすすいだ。が、俺にコップを渡すと、今度は「眠い……」といって、そのまま便器に顔を突っ込みそうになる。
寸前で後ろから体を抱えて、最悪の事態は回避成功。でも梓は、体の力をくたりと抜いてしまい、そのまま『数数』と寝息を立てて寝入ってしまった。
俺はトイレの水を流すと、梓を横抱きに抱えて寝室へと足を向ける。万が一吐いた時のために、横向きに寝かせてそっと顔を覗き込めば、少し疲れたような表情で静かに寝入っている。
これは、また気持ち悪くなって吐く心配がある。落ち着くまでしばらく様子を見た方がいいな。
梓が目を覚ます前。夜明け前に、部屋を出て行けば問題ないだろう。
そうと決まれば、行動開始。
とりあえず、風呂場から洗面器を拝借し、キッチンの隅に重ねてあった古い新聞紙を中に敷き詰める。あとは、風呂の収納ボックスからハンドタオル数枚とバスタオルも持ってきた。後は、水か。
再びキッチンへ向かい、少し気が引けたが冷蔵庫の中身を物色させてもらう。ペットボトルの水か飲み物があればと思ったからだ。おあつらえ向きに、ドアポケットに500mlのペットボトル入りミネラルウォーターが数本入っていたから、その中から一本抜きだし寝室へ引き返した。
梓は、さっきと同じ横向きのまま、静かに寝息をたてている。
吐いていないことにほっと一安心して、ベッドの床に胡坐をかいて座り込む。壁に背を預けて目を閉じれば、こみ上げてきたのは笑いの衝動。
こうして梓の面倒をみていることが楽しいなんて。
アルコールで頭がどうかしたんじゃないのか、谷田部東悟。
梓が具合い悪いというのに、彼女の側にいられるこの状況を嬉しいと感じている自分に気付き、俺は苦笑するしかなかった。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
鬼上官と、深夜のオフィス
99
恋愛
「このままでは女としての潤いがないまま、生涯を終えてしまうのではないか。」
間もなく30歳となる私は、そんな焦燥感に駆られて婚活アプリを使ってデートの約束を取り付けた。
けれどある日の残業中、アプリを操作しているところを会社の同僚の「鬼上官」こと佐久間君に見られてしまい……?
「婚活アプリで相手を探すくらいだったら、俺を相手にすりゃいい話じゃないですか。」
鬼上官な同僚に翻弄される、深夜のオフィスでの出来事。
※性的な事柄をモチーフとしていますが
その描写は薄いです。
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる