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第1章 人生最悪の一日の終わりに、おいしいマフィンを
04 逃れられない現実③
しおりを挟む思い立ったが吉日。善は急げ。いざ、就職活動開始!
意気揚々と、さっそく行動に移したのは良かったが、現実はそんなに甘くはなかった。
ご近所のコンビニでもらってきた、求人雑誌、プラス、本日ナイスタイミングで入っていた新聞の折り込み広告を、ダイニングテーブルの上に所狭しと広げ、これを片っ端からチェックしてみたけれど仕事が見付からない。
『いいな』と思うものは、『短大卒以上』の文字が書かれていて、大学に在学中の私は、対象外。
「社員の方が、お給料いいんだろうなぁ……」
ため息交じりで、でも目は皿のように見開いて、求人広告&求人雑誌の隅から隅まで何度もくまなくチェックする。でも、二十歳女子の選べる職業は、とても限られていた。
かろうじてあったのは、コンビニとスーパーのアルバイト。それも毎日ではなく、週三日とか四日の短時間。これじゃ、たぶん食費を稼ぐのが精一杯だ。
――はぁっ……。
張り切っていた気持ちが特大のため息と共に、空気の抜けた風船のように、しゅるしゅるとしぼんでいく。
世の中厳しい。
『世間の荒波を越えて』なんてフレーズをたまに耳にするけれど、私には、荒波を越えるための船すら、否、オールの一本すらないのだ。
パラパラと、早くもあきらめの境地で求人雑誌をめくっていると、やたらと景気のいい数字が目に入った。
★フロアレディ募集!
時給4,000円以上!
40歳位まで 未経験者大歓迎!
全額日払いOK
ノルマなし
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応募はこちらまで。
090-××××-××××
ナイト・レディ
――じ、時給4000円!?
ごくりと唾を飲み込み、私は思わず、脳内皮算用を開始した。
4000円×6時間
24000円。
週5日働いたとして、
24000×5日×4週
その答えは。
――よ、480000円!?
「そ、そんなに貰えるの、このフロア・レディって……」
呆然と呟く。
なんなんだ、この素敵な金額は。
でも、どんな仕事をするんだろう?
広告の隅から隅までチェックしてみても、肝心の仕事の内容は、書かれていない。と言うことは、書くまでもなく、誰もが知っている一般常識なのだろうか?
コンビニとスーパーのアルバイトが、時給1000円に満たないことを考えれば、その数倍もの金額をもらえる職種って――。
「フロア……って、『床』だよね? レディは、女性だから……」
『床女』という、ある意味、酷くアブノーマルな単語が浮かんだ私は、そこでいったん思考をとめた。
こういう時の、インターネット。
いそいそと、スマートフォンでネット検索してみると、それが『スナックやバーなどの接客係の女性』、いわゆる『ホステスさん』を指す言葉だとすぐに分かった。でも、そっち方面の情報に疎い私には、イマイチどんなことをするのか、具体的に想像ができない。
眉根を寄せて首を傾げていると、ピロロン、ピロロンスマートフォンが鳴った。
メールの着信音だ。
『高崎和彦』
――高崎さんだ!
着信窓に表示された名前に、どきんと鼓動が跳ねた。
きっと、彼も新聞を見たに違いない。
たぶん、心配してメールをくれたのだろう。
そう感じて、沈んでいた気持ちがぷっかりと、浮上する。
高崎和彦。二十七歳。
私よりも七つ年上の彼は、父の会社のメインバンクの融資担当者で、去年の暮れに婚約を交わした私の婚約者だ。
婚約と言っても、結婚は大学を卒業してから。
二十歳という私の年齢を考えれば仕方がないことだけれど、やはり父は当初、この婚約は早過ぎると反対した。でも、高崎さんの強い要望により、半ば強引に成立した経緯があった。
もちろん、そこには、私の意志もちゃんと反映されている。
彼は、私が初めて好きになった、いわば『初恋の人』
未来を、共有する『家族になる人』。
そして、絵本作家になりたいという私の夢を、心から『応援してくれる人』。
結婚の意思を彼から告げられたとき、正直言うと、私も、すぐには決心がつかなかった。
まだ学生だし、なにより、私には叶えたい夢があったから。
でも、その迷いを告げたとき彼は、『結婚したって、夢は叶えられる』と、その夢ごと私を欲しいのだと、そう言ってくれた。彼は、今の私にとって、心強い最大の味方だ。
『大事な話がある。今日の昼12時に、ホテル・ロイヤルの展望レストランで待っている』
――ホテル・ロイヤル?
婚約の時使った、結婚式場がある全国チェーンの、大きなホテルだ。
『大事な話』
やっぱり、お父さんの会社のことだろうか?
それとも、別のこと?
こんなふうに、呼び出しを受けたことは、初めてだ。それに、いつもとは違う簡素な文面に、何故か、胸の奥がザワザワと騒いだ。
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