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第1章 人生最悪の一日の終わりに、おいしいマフィンを
06 逃れられない現実⑤
しおりを挟む「何か、『いいお仕事情報』しらない? できれば、社員として働けるところ」
天にもすがる気持ちで見つめる私の視線の先で、美由紀は『う~ん』と腕組みをする。
「社員かぁ……」
と、美由紀は呟き、何故か遠い目をした。
やっぱり、大学在学中・二十歳女子の社員採用って、難しいのかな。
「一つ、心当たりがあるにはあるけどさ……茉莉、どんな仕事でもいいの?」
「いい、いい! 全然OK!」
脈有りな美由紀の言葉に私は、ブンブン、頷いた。
この際、社員として雇ってくれるなら、職種の選り好みなんかしない。
まずは、生活の基盤を作らなきゃ。
「お給料はまあまあ良いんだけど、仕事の内容がねぇ。特殊っていうか、あんまり女子向きじゃないっていうか……」 と、美由紀は呟くように言って又、遠い目をした。
――特殊だろうが女子向きじゃなかろうが、お給料がもらえるなら内容なんて二の次。
内容よりも、まず就職よ!!
「まあ、茉莉っぺはお嬢だけど、根性はあるからね」
両手を胸の前でしっかり組んで、まるで神様に祈るようなポーズを作って熱い視線で見詰めていたら、美由紀はそう言ってクスリと口の端を上げた。
「面接、するだけしてみたら? 話、通しておくからさ」
――神様、仏様、美由紀様!
愛してるよ、美由紀ちゃんっ!
『株式会社 FUDOU』
私は、ノアールから家に帰る道すがら、美由紀に書いて貰った面接先の会社の住所と簡単な地図のメモをニンマリと見詰めた。
会社の所在地は、私が住んでいる隣の市だ。 美由紀は、私の家から車で30分くらいだろうと言っていた。
『株式会社FUDOU』かぁ……。
聞いたことない会社だけど、この際雇ってくれるなら私にとっては救世主だ。
『仕事の内容を説明する』という、美由紀の申し出を、あえて断った。
それがどんな種類のものでも、私は頑張る!
心の中は、熱く燃えていた。
もうレッツ・お仕事モードだ。
「って、あれ? そう言えば、美由紀の話って、なんだったんだろう?」
美由紀と別れてすぐ、そのことに気付いた。
自分のことばかり話して、美由紀のことを聞くのを忘れていた自分にちょっと舌打ちする。
電話で聞いてみようか?
スマートフォンをウエストポーチから取り出し、表示窓に視線を走らせると、
―11:20―
デジタル表示にギョッとする。
いけない。
高崎さんとの待ち合わせの時間がせまっている。
ホテル・ロイヤルはそれなりの格好をしていかないと、かなり浮く。さすがにこの格好では、まずい気がする。
私は、急いで家に戻ると、ジーンズを濃紺の膝丈プリーツスカートに着替えて、メイクもそこそこに家を飛び出した。
免許取り立ての、若葉マーク。
亀なみのトロトロ運転で後続車に迷惑をかけつつ、やっとの事で、ホテル・ロイヤルの地下駐車場に車を滑りこませた。
平日で、駐車スペースが空いていることに感謝しながら、コンソールのデジタル時計に素早く視線を走らせる。
―11:55―
やった、ギリギリセーフ!
私は、ハンドバックをひっつかみ、車を飛び出した。
カンカンカンカン――
人気のない薄暗い駐車場にパンプスの足音を忙しなく響かせて、エレベーター前に猛ダッシュ。
ああ、もう。
レストランに行く前にトイレに寄って、メイクを直したかったけど、もうそんな時間はない。
レストランは、最上階の展望ルーム。
私は、エレベーターのドアの前で腕時計とにらめっこをしながら、エレベーターが下りてくるのを、今か今かと待ちかまえていた。
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