オ・ト・ナの、お仕事♪~俺様御曹司社長の甘い溺愛~【完結】

水樹ゆう

文字の大きさ
7 / 138
第1章 人生最悪の一日の終わりに、おいしいマフィンを

07 エレベーターキス

しおりを挟む

 チン――。
 リズミカルな音を上げてエレベーターがとまる。

 私は、ドアが開ききるのも待たずに、勢いよくエレベーターに体を滑り込ませた。
 その時。フワリと、ほのかな甘い香りが、鼻の奥をくすぐった。

――バラの……香水?
 
 そう思った次の瞬間、飛び込んできた目の前の光景に、私の全身は瞬間冷凍されたサンマのように『ピキッ』と、固まった。

――え……。
 えええっ!?

 声を上げなかったのは、単に驚きすぎたせいだ。
 本当に驚いたとき、人は、声を出せないものらしい。

 エレベーターには先客が居た。
 二人だ。男女の、カップル。

 背の高い痩せぎすの背広姿の男が、女を抱き寄せている。
 抱き寄せられているのは、黒いタイトなワンピースを纏った、髪の長い女。緩やかなウエーブの掛かった色素の薄い長い髪が、女が動くたびにゆらゆらと揺れる。

 透き通るような白い肌。白い耳朶に輝く真っ赤な、ルビーのピアス。ピアスと同じ色合いの官能的な唇が、それ自体が別の生き物のように艶めかしく蠢いている。

 そう。そのカップルは、まるで外国の恋愛映画のような、濃厚なキスシーンを繰り広げていた。

――ひ、ひ、ひっ、ひえ~~~~っ!!
 な、何なのこれはっ!?

 は、は、初めて見ちゃったよ。
 生チューっ!

 それも、ばっちり、ディープ・キッス!

 とんでもないところへ、飛び込んでしまった。
 良く中を確かめなかった自分の迂闊さを呪いつつ、一瞬、降りて次のエレベーターを待とうかと迷った。けど、そんなことをしたら高崎さんとの待ち合わせに遅れちゃう。そう思いとどまった私は、なるべくカップルの方を見ないようにしてエレベーターの隅っこに行き、二人が降りるのを待った。

 でも、降りる気配がない。

 降りないの?
――あ。それとも、上に行くつもりで間違って乗ったとか?

 そんな、よけいな心配をしているうちに、エレベーターのドアは閉まり上昇し始めてしまう。ソロリソロリとパネルに手を伸ばして目的の最上階のボタンを押すと、すぐに手をひっ込めた。

 カップルの放つ熱いオーラが、むんむんと狭い空間に充満する。心拍上昇。私の鼓動は、ドキドキと派手なダンスを踊った。

 いくらエレベーターという個室の中でも、真っ昼間からキスシーンを演じているのは充分おかしい……と思う。

――私が乗ってきたの、気付いてるよね?
 ううっ、いたたまれない。

 でも気になるのが、人のサガってもので。
 まさか直見する勇気はないけど、ついつい鏡になっている壁越しに見てしまう。

 チラリ。私が視線を向けた、その時。まだキス真っ最中の男の方が、『チラリ』と視線を上げた。ちょっと鋭い感じの綺麗な二重の黒い瞳と、鏡越しにばっちり視線がかち合う。そして、時が止まった。ついでに、私の息も止まる。

 煩いくらいに跳ね回る鼓動の音が、頭の中にガンガン響く。

 早く、目を逸らさなくちゃ。

 そう思うけど。目が、離せない。視線が、外せない。

 一秒。二秒。三秒。
 鏡越し。蛇に睨まれたカエル状態で固まっている私に向けられていたその男の強い視線が、ふっと緩んだ。愉快そうに細められた目の表情が意味する所は、ただ一つ。

――わ、わ、笑われたっ!?

 ぶわっ。
 火が付いたように、顔が一気に熱くなる。

 私は、釘付けになっていた視線を慌てて引きはがしてうつむいた。
 酸欠の金魚みたいに下手な呼吸をしながら、自分の黒いパンプスに付いているリボンをじっと見詰める。

 うう、やだなぁもう。
 これじゃまるで、のぞき趣味の変態女じゃない。

 早く着いてよっ、エレベーター!

 たらりたらーりと嫌な汗をにじませながら、切にそう願うも、エレベーターの上昇速度が上がるわけがない。痛すぎる沈黙に耐えながら、3Fを過ぎた頃。どうやら、キスは終了したらしい。女のクスクスという笑い声が、うつむく私の耳に微かに聞こえてくる。

 5F。10F。二人は、降りない。そして、ついに後少しで最上階。エレベーターは、ノンストップで目的階まで上がっていく。

 つまり、この熱々破廉恥カップルも展望レストランで昼食タイムらしい。と言うことは。
 ああ、後少しのガマンだ。

 やっと、この異常空間から解放される~。
心底ほっとしつつ、私は、腕時計に視線を走らせた。

 12:00ジャスト。

――うわっ、やばっ!!

 高崎さんはけっこう時間にきちっとした人だから、遅刻はタブー。
 一度、事故渋滞にはまってデートに15分遅れたときには、『余裕を持って出るように』と叱られてしまった。

 銀行員なんて仕事柄、時間に厳しいのだと思う。

 チン。
――着いた!

 私は、扉が開くと同時に、破廉恥カップルには目もくれず、猛ダッシュで、恋人の待つレストランへと駆けだした。

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

駆け引きから始まる、溺れるほどの甘い愛

玖羽 望月
恋愛
 【本編完結済】 番外編更新中  雪代 恵舞(ゆきしろ えま)28歳は、ある日祖父から婚約者候補を紹介される。  アメリカの企業で部長職に就いているという彼は、竹篠 依澄(たけしの いずみ)32歳だった。  恵舞は依澄の顔を見て驚く。10年以上前に別れたきりの、初恋の人にそっくりだったからだ。けれど名前すら違う別人。  戸惑いながらも、祖父の顔を立てるためお試し交際からスタートという条件で受け入れる恵舞。結婚願望などなく、そのうち断るつもりだった。  一方依澄は、早く婚約者として受け入れてもらいたいと、まずお互いを知るために簡単なゲームをしようと言い出す。 「俺が勝ったら唇をもらおうか」  ――この駆け引きの勝者はどちら? *付きはR描写ありです。 本編完結済 番外編掲載中です。 エブリスタにも投稿しています。

憧れていた敏腕社長からの甘く一途な溺愛 ~あなたに憧れて入社しました~

瀬崎由美
恋愛
アパレルブランド『ジェスター』の直営店で働く菊池乙葉は店長昇格が決まり、幹部面談に挑むために張り切ってスターワイドの本社へと訪れる。でもその日、なぜか本社内は異様なほど騒然としていた。専務でデザイナーでもある星野篤人が退社と独立を宣言したからだ。そんなことは知らない乙葉は幹部達の前で社長と専務の友情に感化されたのが入社のキッカケだったと話してしまう。その失言のせいで社長の機嫌を損ねさせてしまい、企画部への出向を命じられる乙葉。その逆ギレ人事に戸惑いつつ、慣れない本社勤務で自分にできることを見つけて奮闘していると、徐々に社長からも信頼してもらえるように…… そして、仕事人間だと思っていた社長の意外な一面を目にすることで、乙葉の気持ちが憧れから恋心へと変わっていく。 全50話。約11万字で完結です。

龍の腕に咲く華

沙夜
恋愛
どうして私ばかり、いつも変な人に絡まれるんだろう。 そんな毎日から抜け出したくて貼った、たった一枚のタトゥーシール。それが、本物の獣を呼び寄せてしまった。 彼の名前は、檜山湊。極道の若頭。 恐怖から始まったのは、200万円の借金のカタとして課せられた「添い寝」という奇妙な契約。 支配的なのに、時折見せる不器用な優しさ。恐怖と安らぎの間で揺れ動く心。これはただの気まぐれか、それとも――。 一度は逃げ出したはずの豪華な鳥籠へ、なぜ私は再び戻ろうとするのか。 偽りの強さを捨てた少女が、自らの意志で愛に生きる覚悟を決めるまでの、危険で甘いラブストーリー。

【完結】エリート産業医はウブな彼女を溺愛する。

花澤凛
恋愛
第17回 恋愛小説大賞 奨励賞受賞 皆さまのおかげで賞をいただくことになりました。 ありがとうございます。 今好きな人がいます。 相手は殿上人の千秋柾哉先生。 仕事上の関係で気まずくなるぐらいなら眺めているままでよかった。 それなのに千秋先生からまさかの告白…?! 「俺と付き合ってくれませんか」    どうしよう。うそ。え?本当に? 「結構はじめから可愛いなあって思ってた」 「なんとか自分のものにできないかなって」 「果穂。名前で呼んで」 「今日から俺のもの、ね?」 福原果穂26歳:OL:人事労務部 × 千秋柾哉33歳:産業医(名門外科医家系御曹司出身)

15歳差の御曹司に甘やかされています〜助けたはずがなぜか溺愛対象に〜 【完結】

日下奈緒
恋愛
雨の日の交差点。 車に轢かれそうになったスーツ姿の男性を、とっさに庇った大学生のひより。 そのまま病院へ運ばれ、しばらくの入院生活に。 目を覚ました彼女のもとに毎日現れたのは、助けたあの男性――そして、大手企業の御曹司・一ノ瀬玲央だった。 「俺にできることがあるなら、なんでもする」 花や差し入れを持って通い詰める彼に、戸惑いながらも心が惹かれていくひより。 けれど、退院の日に告げられたのは、彼のひとことだった。 「君、大学生だったんだ。……困ったな」 15歳という年の差、立場の違い、過去の恋。 簡単に踏み出せない距離があるのに、気づけばお互いを想う気持ちは止められなくなっていた―― 「それでも俺は、君が欲しい」 助けたはずの御曹司から、溺れるほどに甘やかされる毎日が始まる。 これは、15歳差から始まる、不器用でまっすぐな恋の物語。

デキナイ私たちの秘密な関係

美並ナナ
恋愛
可愛い容姿と大きな胸ゆえに 近寄ってくる男性は多いものの、 あるトラウマから恋愛をするのが億劫で 彼氏を作りたくない志穂。 一方で、恋愛への憧れはあり、 仲の良い同期カップルを見るたびに 「私もイチャイチャしたい……!」 という欲求を募らせる日々。 そんなある日、ひょんなことから 志穂はイケメン上司・速水課長の ヒミツを知ってしまう。 それをキッカケに2人は イチャイチャするだけの関係になってーー⁉︎ ※性描写がありますので苦手な方はご注意ください。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※この作品はエブリスタ様にも掲載しています。

俺様外科医の溺愛、俺の独占欲に火がついた、お前は俺が守る

ラヴ KAZU
恋愛
ある日、まゆは父親からお見合いを進められる。 義兄を慕ってきたまゆはお見合いを阻止すべく、車に引かれそうになったところを助けてくれた、祐志に恋人の振りを頼む。 そこではじめてを経験する。 まゆは三十六年間、男性経験がなかった。 実は祐志は父親から許嫁の存在を伝えられていた。 深海まゆ、一夜を共にした女性だった。 それからまゆの身が危険にさらされる。 「まゆ、お前は俺が守る」 偽りの恋人のはずが、まゆは祐志に惹かれていく。 祐志はまゆを守り切れるのか。 そして、まゆの目の前に現れた工藤飛鳥。 借金の取り立てをする工藤組若頭。 「俺の女になれ」 工藤の言葉に首を縦に振るも、過去のトラウマから身体を重ねることが出来ない。 そんなまゆに一目惚れをした工藤飛鳥。 そして、まゆも徐々に工藤の優しさに惹かれ始める。 果たして、この恋のトライアングルはどうなるのか。

極上Dr.の甘美な誘惑―罪深き深愛の果てに-(旧題:sinful relations)

雛瀬智美
恋愛
*タイトルを極上Dr.の甘美な誘惑―罪深き深愛に溺れて-に変更いたしました。 メインキャラの設定の見直しのため、随時、加筆修正版&次話を更新していきます。 「もう会うこともないだろうが……気をつけろよ」 彼女は少し笑いながら、こくりと頷いた。 それから一緒に眠りに落ち、目覚めたのは夜が明けた頃。  年上男性×年下少女の重ねる甘く危険な罪。両片思いのすれ違いじれじれからハッピー甘々な展開になります。 階段から落ちたOLと医師のラブストーリー。

処理中です...