オ・ト・ナの、お仕事♪~俺様御曹司社長の甘い溺愛~【完結】

水樹ゆう

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第1章 人生最悪の一日の終わりに、おいしいマフィンを

07 エレベーターキス


 チン――。
 リズミカルな音を上げてエレベーターがとまる。

 私は、ドアが開ききるのも待たずに、勢いよくエレベーターに体を滑り込ませた。
 その時。フワリと、ほのかな甘い香りが、鼻の奥をくすぐった。

――バラの……香水?
 
 そう思った次の瞬間、飛び込んできた目の前の光景に、私の全身は瞬間冷凍されたサンマのように『ピキッ』と、固まった。

――え……。
 えええっ!?

 声を上げなかったのは、単に驚きすぎたせいだ。
 本当に驚いたとき、人は、声を出せないものらしい。

 エレベーターには先客が居た。
 二人だ。男女の、カップル。

 背の高い痩せぎすの背広姿の男が、女を抱き寄せている。
 抱き寄せられているのは、黒いタイトなワンピースを纏った、髪の長い女。緩やかなウエーブの掛かった色素の薄い長い髪が、女が動くたびにゆらゆらと揺れる。

 透き通るような白い肌。白い耳朶に輝く真っ赤な、ルビーのピアス。ピアスと同じ色合いの官能的な唇が、それ自体が別の生き物のように艶めかしく蠢いている。

 そう。そのカップルは、まるで外国の恋愛映画のような、濃厚なキスシーンを繰り広げていた。

――ひ、ひ、ひっ、ひえ~~~~っ!!
 な、何なのこれはっ!?

 は、は、初めて見ちゃったよ。
 生チューっ!

 それも、ばっちり、ディープ・キッス!

 とんでもないところへ、飛び込んでしまった。
 良く中を確かめなかった自分の迂闊さを呪いつつ、一瞬、降りて次のエレベーターを待とうかと迷った。けど、そんなことをしたら高崎さんとの待ち合わせに遅れちゃう。そう思いとどまった私は、なるべくカップルの方を見ないようにしてエレベーターの隅っこに行き、二人が降りるのを待った。

 でも、降りる気配がない。

 降りないの?
――あ。それとも、上に行くつもりで間違って乗ったとか?

 そんな、よけいな心配をしているうちに、エレベーターのドアは閉まり上昇し始めてしまう。ソロリソロリとパネルに手を伸ばして目的の最上階のボタンを押すと、すぐに手をひっ込めた。

 カップルの放つ熱いオーラが、むんむんと狭い空間に充満する。心拍上昇。私の鼓動は、ドキドキと派手なダンスを踊った。

 いくらエレベーターという個室の中でも、真っ昼間からキスシーンを演じているのは充分おかしい……と思う。

――私が乗ってきたの、気付いてるよね?
 ううっ、いたたまれない。

 でも気になるのが、人のサガってもので。
 まさか直見する勇気はないけど、ついつい鏡になっている壁越しに見てしまう。

 チラリ。私が視線を向けた、その時。まだキス真っ最中の男の方が、『チラリ』と視線を上げた。ちょっと鋭い感じの綺麗な二重の黒い瞳と、鏡越しにばっちり視線がかち合う。そして、時が止まった。ついでに、私の息も止まる。

 煩いくらいに跳ね回る鼓動の音が、頭の中にガンガン響く。

 早く、目を逸らさなくちゃ。

 そう思うけど。目が、離せない。視線が、外せない。

 一秒。二秒。三秒。
 鏡越し。蛇に睨まれたカエル状態で固まっている私に向けられていたその男の強い視線が、ふっと緩んだ。愉快そうに細められた目の表情が意味する所は、ただ一つ。

――わ、わ、笑われたっ!?

 ぶわっ。
 火が付いたように、顔が一気に熱くなる。

 私は、釘付けになっていた視線を慌てて引きはがしてうつむいた。
 酸欠の金魚みたいに下手な呼吸をしながら、自分の黒いパンプスに付いているリボンをじっと見詰める。

 うう、やだなぁもう。
 これじゃまるで、のぞき趣味の変態女じゃない。

 早く着いてよっ、エレベーター!

 たらりたらーりと嫌な汗をにじませながら、切にそう願うも、エレベーターの上昇速度が上がるわけがない。痛すぎる沈黙に耐えながら、3Fを過ぎた頃。どうやら、キスは終了したらしい。女のクスクスという笑い声が、うつむく私の耳に微かに聞こえてくる。

 5F。10F。二人は、降りない。そして、ついに後少しで最上階。エレベーターは、ノンストップで目的階まで上がっていく。

 つまり、この熱々破廉恥カップルも展望レストランで昼食タイムらしい。と言うことは。
 ああ、後少しのガマンだ。

 やっと、この異常空間から解放される~。
心底ほっとしつつ、私は、腕時計に視線を走らせた。

 12:00ジャスト。

――うわっ、やばっ!!

 高崎さんはけっこう時間にきちっとした人だから、遅刻はタブー。
 一度、事故渋滞にはまってデートに15分遅れたときには、『余裕を持って出るように』と叱られてしまった。

 銀行員なんて仕事柄、時間に厳しいのだと思う。

 チン。
――着いた!

 私は、扉が開くと同時に、破廉恥カップルには目もくれず、猛ダッシュで、恋人の待つレストランへと駆けだした。

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