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幕 間 社長・不動祐一郎の独り言 (1)
46 既視感の正体①
しおりを挟む疲れの色は見えるものの、上機嫌で帰路についた茉莉を見送ったあと、俺は社長室でノートパソコンを睨みながら、茉莉を抱きしめたときに脳裏にひらめいた既視感について考えていた。
勘が外れていなければ、茉莉はおそらく二週間ほど前にホテルロイヤルのエレベーターの中で合った、あの女の子だ。
あの日は、俺と薫の正式な離婚が成立した日で、飯時だったこともあり二人で最後の晩餐ならぬ最後の昼食を展望レストランでとる予定だった。展望室に向かうエレベーターの中で、「これで夫婦解消なんだから、キスぐらいさせなさいよ」、そう言って、薫が珍しく自分からキスを仕掛けてきた。
どうやらエレベーターのボタンを押し間違えたらしく、下降していくエレベーターの中で俺たちは、最後の本格的なキスってやつを繰り広げていた。そして、エレベーターが地下駐車場に降りきり扉が開くと同時に、小柄な人影が滑り込んできたのだ。
やがて、ニューフェイスを乗せて再び上昇していくエレベーター。
さすがに他人の前でこれはまずいだろうと、薫の身体を引きはがしにかかるが、いかんせんがっちり抱き着かれていてどうにもならない。
同乗者が気になり、鏡張りになっている壁越しに視線をむければ、目を真ん丸に見開いて固まっている若い女の子と視線がかち合った。真っ赤に顔を染めたそのようすがまるで完熟トマトみたいだと、思わず笑ってしまったが。
そのあと展望レストランで女の子の近くの席に座った俺と薫は、思わぬ修羅場を目撃することになる。
ウエイトレスに促されて席についた女の子の前には、なんとなく見覚えがあるサラリーマン風の銀縁メガネをかけたヤサ男とお嬢様風の女。
盗み聞きするつもりはなかったが、なんとなく気になり意識を向けていたら、話はどんどん不穏な方向へ流れだした。どうやら、眼鏡の男がエレベーターの女の子の婚約者で、別れ話を持ち出しているようだ。
「婚約を白紙に戻したい」
「えっ……?」
「彼女は、白川佳奈美さん。僕の銀行の上司のお嬢さんだ。それに……」
少し言いにくそうに口ごもったあと、男は意を決したように、決定打を彼女に突きつけた。
『彼女は僕の子供を妊娠しているんだ』と。
「――は……?」
驚きで息をするのをわすれていたのか、女の子は大きく深呼吸をした。
「君には、申し訳ないが、そういうことなんだ……」
男の言っていることが信じられないのか、はたまたこの状況が馬鹿らしくなったのかわからないが、女の子はクスリと小さな笑い声をもらした。
「婚約指輪は、好きに処分してくれていいから。その、君も色々大変だろうから……」
さすがに、この言いざまはないだろう。
他人事ながら、そう思った。
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